第3章 今度はごっこじゃない

第37話 強がってもいいじゃない

「彼女を怒らせてしまったようです、後はよろしくお願いします」

「イワウさんのことは僕らは言われなくたってやるさ」

「過保護ねえ、彼女のやりたいようにやらせなさい。というか放っておきなさい。でもベル、あなたには話があるから、お茶を持ってきて」


 そっと地面に降ろされたイワウは、巣穴に逃げる子ぎつねみたいに居室に戻って行った。千早に命じられたベルはキッチンにお茶を汲みに去り、残った3人がローテーブルを囲む。

 

 ――私は公民の二人に伝えるべき言葉を選りすぐろうとする。

 

 落ち着かない胸の辺りをぎゅっと掴んでも騒ぐばかり、妙にすかすかと何か抜け落ちてしまったみたいで思考を進めることができない。まとまらない思いを千切って握り潰すみたい形にしてゆく。


 私たちには来世がない、消えるのがこわいと彼女は言わなかった。

 隠して役目を果たそうとしていたのか? いつからか分からないがそうだろう。

 公民は私たちを信じていて、彼女は聖王の私を信じている。多分まだ今も……。

 信じすぎていたんだ――私を信じても泡に消える結末は変わらない。

 こわいぃと私が言うから言えなかったのか?

 役目を果たすしかないと信じさせたか?

 深く勘違いしたままの彼女を止めなかったし、日本に一人で来るのが嫌で連れて来た。私は結局イワウと一緒に役目を果たそうとしただけで、自分がこわいのを避けただけである。

 イワウはちゃんと正しい方を選び取るんじゃないか? 

 そして夜の海に私は一人で残るのだ。 


 こわいぃ、こわすぎるうぅ。


 ――ぐっと堪えて気持ちを表さずにとどめ、別のものに変えようと試みる。

 

 役目は二人でしか果たせられない。

 聖王と聖棺、私とイワウ。選ばれた者だ。


 大丈夫か? と心配そうな表情で火狩がこちらを見ている。

 3千4百と9枚のうちの一人。彼を金魚の国まで運ばなければ……できるなら運んでやりたいけども。ふーうと息を吐いて目を横にずらすと、


 何をバカみたいに考え込んでるの? という顔の千早。

 迷っても仕方ないじゃない、じゃあいっそ、そいつと腕を組んで踊ってみたら?

 そう言うような気がした。闇と孤独のほかに踊り手が加わる。いや、彼(迷い)は大抵いつも傍にいる。踊る相手には困らない。

  

 ――精いっぱい私は強がった。


「聖王は一人でも公民の魂を運ぶことが……できる」


 私の宣言に二人はそれぞれ驚いた顔をした。

 自分の言ったことを確かめるためにもう一度繰り返す。


「私は一人でも役目を果たせる」


 全部のむらさきを青に変えてやろうとする程度の決意である。

 

「へえ本当に?」「無理すんなアスタ」


 迷いと両手を組んでステップを踏みながら少し進んでみると、元々の気持ち――こわいぃ、じゃない別のものが現れた。

 

 ――もう情けないところをイワウに見せたくない。

 

「せいぜい頑張りなさい」見抜くような目つきで千早が言った。

「まあ応援する」こちらに手を伸ばした彼は私の肩に手をおいたが、

「適当なこと言わないで、あなたが応援したってなーんにも変わんないからね、イワウの好きにさせたらいいじゃない」と睨まれて手を引いた。


「じゃあベルに何を聞くつもりだよ? ……あ、……おお! ビスケットもあるじゃぁん!」


 紅茶の香りを漂わせてベルが戻って来た――


  **


「はい、抱き上げて……お姫様だっこと呼ぶのははじめて知りました。はい、そのような意図はありません。確かに言いましたが、可愛いというのは客観的な事実です」


 ダメだわー、思ったよりダメだわー、という顔をする千早は、ふうと息を吐いて真面目な表情に戻して目的を問い直すと、


「イワウさんは役目を行い続けてその先を避けようとしているのだと推測しました。彼女は自分で気付いていないようなのでお知らせしました」


 ダメだわー、思ったよりダメだわー、という顔をしてから、後はアスタあなたがやりなさい、という視線をこちらに送ると千早はティーカップを優雅な仕草で口に寄せた。


 私は密かな思惑にベルを利用することにした。


「ベルはイワウがヒトだと思う? ……客観的な事実だし、そうだね間違いない、じゃあヒトとして接することを続けてほしい……そう、リーダーとしてヒトとして、当たり前だけど」


 役目を捨てるという選択肢を考えたことないんじゃないか?

 彼女は端から選ばなかったというか、私が日本人ごっこをして遊んでいるだけだと思っていたに違いない。

 経緯はともかく私は既に役目を選び取っている、じゃあイワウは?


 ――彼女のやりたいようにやらせなさいよ。


 イワウを連れてきたのは、やっぱり正しかったのかもしれない。

 当初はこういう形になるとは想像しなかったが、今なら、日本人としてずっとここで暮らす、という可能性を彼女に示すことができるように思えた。


 闇と孤独と迷い、彼らとすっかり息を合わせて私は踊りはじめる――

 


 


 


 

  



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