第33話 ミュージカルです

 ――むらさきの国の人々の髪はみんな紫です。


 ――でもチハヤのは少し変わってほとんど青に近い色をしてましたので、目立たないように短く切ったら撫でても撫でても逆立って青紫色の綿毛みたいです。


 ――魔法の杖を振るたびに綿毛が揺れるのでみんなチハヤのことを笑いました。


 ――歩いているとたくさん揺れてしまうので、チャイムが鳴ったら誰よりも先に駆けて帰ります。


 ――つかれたつかれたと言いながら走ってると道端に咲いていた白爪草の花が一つもなくなっています。


 ――おかしいなあと言いながら道を外れてて見て回っても葉っぱだけが残っています。


 ――森の手前まで進むと三つ葉の葉っぱの上で大きな竜が寝ころんでうんうん唸っていました。


 ――耳を澄ますと、くるしいくるしいたべすぎた、と言うのが聞こえました。


 ――おい綿毛、水を汲んできてくれないか? 竜がチハヤに気付いて言いました。

 

 ――綿毛と呼んだことを謝ったら考える。腹を殴ってやりたいのを堪えて答えました。


 ――でも唸ったままでいるので仕方なく井戸から水を汲んで飲ませようとしましたが、桶が重く手元がくるって竜の頭にぶちまけました。


 ――長い舌で水をなめとった竜はヒトの姿に化けて美しい青年になりましたが、お腹をまだ押さえています。桶をぶつけた顔の顎のところも赤くなっていました。


 ――ルリカラと名乗った竜は、ヒトに化ける魔法しか使えないことをすっかり白状しました。


 ――色を変える魔法を探してる、チハヤより深い青色の髪をしたルリカラは里に下りてきたわけも言いました。


 ――その髪の色を変えるのか? とさらに尋ねると、いいや全部の紫を青に変えるといいました。


 ――二人は握手をして色を変える魔法を探しはじめました。


                 第1話おわり


「……どう? まだ見せるつもりなかったからここまでしか書いてないし途中なのに読んでもらうの悪いなあと思ってるし、正直にいうと続きがどうなるのかあんまり考えてなくて、結局どうなるのかってもし聞かれてもよく分かんないんだけど、その……どう……かな?」


 賑わった食堂。

 5人が囲むテーブルに料理はまだない。白い天板に千早がおずおず置いたのは縦線と横線が均等に引かれた紙だった。まず千早の隣にいたベルが手に取って紙に書かれた文章を読んだ。

 深く頷いて、数枚の紙は火狩に手渡された。火狩も黙って頷く。

 次に渡された私はイワウと肩を寄せて一緒に読んだ。

 彼女は1文目からずっと腹を抱えて笑い続けている。


「ひい、ひい、面白いねえ」

「ほ、本当? ねえ本当に面白い?」

「すごくいいね、こんなに笑ったのは久しぶりだよ」

「本当! そんなに?」


 いつもと雰囲気が違う千早に、男子たちは緊張の面持ちで互いに視線を送った。


「……どう? 男子には分からない……かな?」


 気を遣いながら尋ねる千早を見て、火狩がにこっと笑って、


「僕らだって少年マンガだけ読んでるだけじゃないから分かる。これは小説だ、物語が始まる部分だ。チハヤ――千早のことじゃなくて物語の中のチハヤは、可愛い、人と違うところを気にする繊細なところもあるけど竜に物怖じしないし、ルリカラと一緒になって世界を変えちまおうって豪胆さがあるところが可愛さを増してるね。可愛いって言ってるけど、チハヤのことで千早のことを言ってるわけじゃないからな」 

 

 顔を赤くしている千早に弁解する火狩。

 彼はベルに視線を向け、助けを求めた。


「千早さんは、物語や脚本も書くつもりですか?」

「脚本は関係ない、何で?」

「あなたの舞台を観たことがあるからです」

 

 どうやら千早は舞台女優として権威ある賞を受賞しているらしい。

 小村千早とは別の名をベルが発すると、ぶるっと震えて彼女は立ち上がった。

 よく聞いてよ、私の最後の歌だからねと言って、


「細い道に一人きり

  分かれてたところまで戻れるかしら

   灯りも消えて今夜は月も見えない、名を呼んだら助けてくれる?」   



 旋律に言葉を乗せ、千早はささやき声――でも騒がしい食堂中にとおる声で歌いはじめた。

 

 声を聞いた生徒たちは箸を止め、息も忘れる様子で彼女を見つめる。

 何か特別な力が使われている――これは魔法か?

 食堂が千早の声に縛られて動きを完全に止めている。


「右には闇が腕を組んで冗談を言って

  左の孤独は手を取ってステップを踏んでる

   私はもっと楽しむべきかしら、名を呼んだら助けてくれる?」


 千早を見て、珍しく驚きの表情を浮かべるベル。

 火狩は呆然としたまま、イワウは次は何かと期待している。


 語尾を伸ばした「う」の音が高く低く旋律を奏でていたのが止まって訪れる静寂。

 千早が息を吸って肺を満たした――


「踊りながらで先に進もう、相手には困ってない

  あなたの眼も口も鼻もこんなところで見えやしない

   もしかしたら右があなた? いいえこっちの方があなたかしら

    どっちだっていいや! 明るくなるまでずっと!

 右あなたも左のあなたもきっと本物だ、名を呼んだら助けてくれる?」


 テーブルの周りで踊っていた千早が一周まわって元の場所に戻ってきて、

 繰り返した問いかけは最後だけ、だんだんゆっくりと唱えるように歌われた。


 ――静寂。


 ――ベルが大きな手を打つ音を合図に食堂に拍手があふれる。


 まだ鳴りやまぬ中で着席した千早はユニットメンバーの顔を順に見て、


「舞台はもうやらない、私は小説を書くと決めたの」


 チハヤの物語を書くという選択を彼女は宣言した。

 さっき、話の先どうなるか分からないと自分で言っていたのに……。


 女優としての才能があることは間違いないと本人は断言する。

 今の見て分かったでしょ? という顔。

 でもそれは選ばなかったもので、戻ることのない分かれ道のもう一方のことだと彼女は説明した。

 

「小説は1年ぐらいかけてまだこんな感じだけど、でも楽しいよ、舞台ほど才能ないけどね、書いたものを褒めてもらって本当に嬉しい」


 小村千早は俯いて表情を隠した。


「むらさきの国、ちゃんと完結させる、から」


 ん? うん? 


「ああ、そういうことか!」と明るい笑顔のイワウ。

 

 ん? どういうこと?

 へ? みんな分かるの?

 4人は納得した様子……?

 むらさきの国には紫の髪色の民が住んでいる、竜もいる。チハヤとルリカラは青い。


「わたしたちは、ちゃんと千早を連れてゆく、むらさきの国に」


 未完の物語の国へゆくことをイワウは宣言した――

 私は一瞬意識を失って、自分の名を呼ばれて戻って来た。 


「アスタ……それで、えっと、あなたは私の小説どう思う? どう、かな? だめ……かな?」


 私は急速に、胸のうちで物語の一語一句を思い出して確かめた。


「とにかく次の話が読みたい、すぐに読みたいという気持ちだ」


 わあ、と見たことのない表情で喜ぶ千早。


 私たちがゆくのはむらさきの国なのか?

 チハヤとルリカラが探し出した魔法で青の国になっちゃわない?

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