第32話 布教ですけどね
浴場にも夕方のチャイムが響いた。
鐘が合図となって入水口から勢いよくお湯が噴き出して浴槽の底を叩きはじめる。
あと10分もすれば早風呂勢――まだ浅い湯に寝そべってじんわりと身体をあたためる者たちがやって来る。
湯を張る滝の音が響く中、
「これはきれいに見えるし乾いてるな」
顔色を戻したイワウはぺたぺたと壁際に歩いて行って、並べて積んでいた風呂用の小さな椅子の一つ手にとってしばらく眺めた後で戻ってきて床に置いた。
すとん
早く早くせよ、という目つきで見上げられた私たちはそれぞれ椅子を抱えて戻ってきた。
男子浴場にユニットメンバー5人が輪になって座わる――
「来世の国にはすぐ着いちゃうかもしれないし、ゆっくり色んなところを見てまわって隅々まで探せばいいんだよ、簡単なことだよ」
棺となって海をわたるのだから気にしないでいいと言うイワウ。
じっくり探せばいいのに聖王様は心配しすぎだよ――そうだろうか? 金魚の国は大陸の真ん中にあったりしないか? ――海を探した後に陸を探せばいい話。
「ふーん」と眺めるだけの千早。
「もし探しても見つからなかったら僕の聖符は置いていってくれ」
「「そんなことはできない‼」」
火狩の提案を一緒になって否定した。
一度託された聖符を置き去りにはできない、きっと長い旅になるだろうなあ、それ。
「へえ」と何度か頷く千早。
「一度は失ったんだ、また会えるかもしれないと思うだけで十分に――」
「ちゃんと連れてゆくっ!」「私たちは選ばれた者だ!」
役目への不信の言葉を遮って打ち消した。
「ベル? あなたどう思う」
「二人は聖王と聖棺なのですね。公民を来世の国へ連れてゆく、そう信じていると理解しました」
「3人の信仰をあなたはどう思う」
「私自身の考えの表明を保留します」
ベルは明言を避けてから、
「ただ、ユニット内でプライベートに過度に深入りするのは危険かもしれません。一方でメンバーのうち3人が同じ信仰を共有していることは無視できない事実です。リーダーがこの潜在的な問題を主体的に解決すべきです」
ユニットの抱える問題と解決の主体を提示した。
イワウが?
浴場で視線が集中する。
湯かさが増して、上から注ぐお湯の音がごぼごぼとした響きに変化しはじめている。
「ユニットメンバーの問題の解決はリーダーの役目だね……分かったよ」
うんそうか、と頷く。
あっ今すっごくいいこと思いついたよ、という顔で、
「みんなが公民になればいいんだよ!」
彼女らしい提案を行った――
魂を来世の国へ運ぶ役目を改めて説明するイワウ。
もう止めなさいって、あんまり言うと迷惑ですよ。あちらは日本人と英国人ですよ。
「へえ……じゃあ私を連れて行ける?」
「行けるッ!」「え?」
千早の反応に私の呼吸は止まりかけた。
驚き慌てすぎてぼんやり視界が霞む、いや湯気だ。
通路の方がざわつきはじめる気配――
私たちは急いで建て付けの悪い引き戸を順にくぐった。
あ、椅子を戻してない。
やっと掃除終わりましたー、実に大変でしたー、という雰囲気で掃除中の案内看板を回収し、朝風呂勢たちの横を通り抜けた。
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