第29話 LEDは眩しすぎる
森の中で方角を見失って彷徨う。焦燥を抑えきれず叫び声を上げる直前、
ぼっかり空いた陽の当たる場所――鬱蒼とした木々はここだけ避けて茂っているみたい。そよそよとなびく地面の草と、僅かに露出した岩肌を暖かな明るい光が照らしている。
草を食んだり、びょんびょんと跳んだりする小さな生き物が、森の闇に入って行ったと思ったら、すぐに光の元に戻って来た。
彼らは群れを成して、また楽しげに草に顔をうずめている。
直接目で見ると残像が残るほど強力な照明――LEDパワーⅢが水面近くに設置されて草を鮮やかに輝かせている。
透明な板が四方を囲んで満たされた水――管を通って外部の機械の中で濾過されもう一方の管で水槽に戻り、常に循環して澄みきっている。
びっしりと底に生える草や、奥に配置された背の高い草もソイルに植えた苗から育て増やしたそうだ。
奥深い森にある不思議な場所が、やや暗く狭い部屋の中で別世界のように明るく輝いている。
――生物部の水槽である。
「すごいねえ、見にきてよかったよ……」
水槽に頬を貼り付けたままの体勢でイワウが言った。
眼がうすーくなっているのは光源が近くて眩しいからに違いない。見えてる? 強すぎる光は眼によくないから少し離れよう。
「たしかに……元気そうだなあ」
金魚を見たことがない私たちと、約1年ぶりに水槽に近づく火狩。
生物部で小魚を飼っていると聞いて、放課後に3人は部室の扉を叩いた。
たまに見に来てくれる者がいるんだ、と話す部員の二人。
生物部は彼らだけで、新入生の勧誘を続けているが成果はまだないそうだ。
き れ い だ ね
細長い形をした水槽の短い方――正面から横に回ったイワウの顔が水の向こうに見える。隠れた草からちょこんと鼻先を出す小ぎつねみたい。
反対側で見ている私に向かって彼女は唇を大げさに動かして声を発さずに気持ちを表した。
私も向こうに見えるようしゃがんで頷いて同意を示した。彼女は続けて、
き ん ぎょ ?
残念ながら生物部には金魚はいないらしい。
小さなわりには素早く泳ぐ魚――アカヒレは、身体は透明に近いが光の当たり方によって銀色に光る。尾びれは朱い。
金魚とは違うが同じ淡水で暮らす小魚の仲間で、稚魚ではなく成長してもこの大きさだということが、生物部の二人と火狩の会話を聞いて分かった。
LEDパワーⅢは、パワーⅡの欠点が見事に改良されている。水草を鮮やかに見せて育てるには良い照明は欠かせないらしい。
ま ぶ し い
さらに細い眼をしているイワウ。魚たちが軽やかに泳ぐ。
は な れ ろ
ガラスに口を近づけて動かして私は注意を喚起してから、イワウを引っ張ってきた。
水槽の正面に私たちが戻ると、いつの間にか移動されて置かれた椅子がある。座るようにと生物部の先輩から勧められた。
まだイワウの手の先がつむった両眼の上に置かれている。
眼が疲れたのだ。瞼に見える残像を楽しんでいるだけかもしれない。
先輩が出してくれた紅茶とビスケットを指の間から見て喜ぶイワウ。
「またいつでも見に来てよ」
先輩は入部してほしいとは言わず、
「魚好きなの?」
あんまりそういう感じじゃないけども、と聞いた。
「まだ小さいのは捕れても逃がす。こんなに小さいと網にもかからないから初めて見たな、海にはいないと思うよ……へえ海にも?」
公国の漁獲についてイワウが説明をするうち、
食べるわけではなく観賞用として飼われていることに驚く公国人うち二人。
羊は毛を取るために飼う。
アカヒレは見るために飼われている。
水槽を見た時は、金魚の国もこんなにキレイなのかなと思った。
アカヒレにとって水槽は天国のような場所なのか? 分からない。
教えてくれアカヒレ! ――彼らは軽やかに泳ぐだけで返事をした。
似たような水槽で飼っていたらしい。
火狩の金魚は名をヒラという。しっぽがひらひらしてるからヒラだ。
彼には彼の天国があるのかもしれない。
金魚の国へ火狩を連れて行かなきゃいけないのに、
私たちはまだ何も分かっていない――
**
「あなたたち何か隠していること私にない?」
寮に帰るとラウンジで待っていた様子の小村千早がソファから立ち上がって、公国人3人に聞く。
「進展があったら速やかに報告しなさいよ? イワウ、返事は保留しといてもいいんだからね? しばらく放っておいてもいいよ、二人から選ぶ必要なんてないんだから」
恋については全く進展はない、そして、魔法の訓練を今夜もちゃんとすると確かに約束すると私と火狩は解放された。
おそろしい、針を1本でも飲んだら人は死ぬと思う。
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