第27話 魔法には訓練を

「え、訓練なしで唱えた? 私が言ったことちゃんと聞いてたの? 毎日100回を1週間って言ったよね? 最初から誰も正しく使えたりしない。誤った魔法でもし世界の均衡が崩れたらどうすんのよ? これはペナルティとしてもらっておく」


 エビフライが取り去られたミックスフライ定食はずいぶん寂しくなった。


「なんで僕のまで取るんだ⁉」


 千早によるエビの集約に鶴来火狩が憤るが、


「傍に付いていながらあなたが情けないからに決まってるでしょ! ……あ、タルタルも頂戴」


 添えられたソースもごっそり奪われた火狩はテーブルに置かれた醤油に手を伸ばす。


 ――日本での公国人が3人になってしまった……。

 ――いや、まだ聖符のやり取りをしていないから正式ではない。


「ユニットメンバーの問題の解決はリーダーの役目だね……ほら火狩」

「くれるのか? そんなにも!」

 

 鮭のバターホイル焼きを分け与えるイワウ。

 しめじだけじゃなくて鮭の身も皿に受け取った火狩は涙ぐんでいる。


 ――やっぱり正式に増えてしまう気がする。


「魔法というのは何ですか?」


 ナイフとフォークを優雅に操ってハンバーグを切りながらベルが尋ねた。

 ほとんどの者が寮では上着は脱いでしまう、すぐにスウェットに着替える者もいる。食堂をちょっと見渡してもベルのように学ランを着たままの者はいない。

 風呂で見る姿よりも身体にまとう迫力をおとなしくしているが、潜められた風格が漂っている。

 

「恋のことが分からないって言うから私が訓練してるのよ……いいえ、火狩、関係なくない。アスタよりも必要な気がしてきた、ダメ、やっぱりあなたにこそ訓練をしてもらうことにする」


 やや一方的に火狩にも訓練が課された。

 あなたもどう? という視線が送られた先で、


「いいえ、私は結構です」


 ベルは千早の誘いをきっぱり断って、こんがり焼けた挽肉とすりおろした大根を大きな口に入れた。


「さっき聖王様が言ったやつか? 私も言うか?」

「いけません、男子から言ってもらいましょう」

「そういうものか? 知らなかった。やっぱり千早は物知りだな」


  **


 居室に戻って、窓際のデスクに備え付けの椅子に座ってみる。

 カーテンを開けてみる――雨はまだ降り続いている様子。

 立ち上がって、棚のある壁を向き、やっぱりベッドの方に向きなおした。


 小村千早に命ぜられてするわけじゃない。

 自分の心を改めて確かめようと私は喉に意識をやった。


「あなたと……」

「あなたと……」

「あなたと……」


 3回唱えるうち、胸の中でまだ形をとらずにいたものが集まりはじめる。

 意識せず、わざと考えないまま放っておいたものが寄り合わさって固まってゆく。

 暗い中でまだ形を見ることはできず、手で探り、指でなぞって確かめようとする。

 その時――


 ガーンガーン

 ガーンガーン


 向かい合っていた壁が鳴動する――

 揺れているのは壁? それとも私か?


 せぃぉぅさまぁ!

 

 壁の向こうから彼女の声が聞こえたような気がした。


 髪が放つ銀の光か?

 頭上のスマホの黒光りか?

 

 よく分からない眩しい一筋が私の心の底を照らし、

 形になっていたものがすっかりと姿を見せた。


 ――役目を捨てることはできない。


 当たり前のことである。

 公国を離れ遠くに来ても別の誰かに私がなったりしない。

 日本人ごっこはもう終わったのだ。


 ――そもそもお前らナニモン?

 

 デカルトの言葉が脳裏をよぎる。


 ――もちろん守るよマイルール


 聖王だ、役目を担っている。残念だよデカルト……。


 私はヤンキーになれない――

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