第26話 小さな生き物
「へえ! 本名はそうなんだ……。イワウさんは……うん、前に何度か聞いたから知ってる、イワウ・サンクタイッドだろう?」
私が本名のアスタ・アーシュを明かすと、鶴来火狩は驚いた顔をしたがいつもと変わらない調子で話す。
「わたしはイワウ・サンクタイッド、これで日本人ごっこは終わりだ!」
先に言われたのが気に食わなかったのか、火狩を睨みつけてイワウがもう一度名乗った。
――空は暗くなって雨粒は見えなくなり、降っているのか止んだのか分からなくなっている。
「日本人が死んだら誰が運ぶの? それとも火狩が選ばれた者なのか?」
「……いや僕は違うね」
彼が言うには、死後がどうなるかは人によって考えが違うらしい。
魂なんて存在しないとか? ――魂なしにどうやって生きている?
天国に召されるとか? ――誰が運ぶんだと聞いている? 火狩か?
地獄に落ちるとか? ――なんでそんなところにわざわざ運ぶ? 火狩か?
何かに生まれ変わるとか? ――ちゃんと運ぶよう託したか? うっかり忘れたのか?
「まあ、うん、君たち二人が魂を運ぶ役目を担ってることは分かったよ、うん」
「あ! そっか分かった、今日の授業で聞いたのがそうか……」
私と火狩の腕に頭をもたれた体勢、暗い空に向いた顔を晴れやかにして、
「選挙か? 選挙で選ぶのか⁇ 日本人は変だなあ」
彼女は声を出して笑ってから、
「火狩も公民になればいい」さらりと布教する。
やめなさい、軽々と言ってはいけないよ。
「ちゃんと選んでおかないから日本人はうっかり生まれ変わってしまうんじゃないか? もしかして知らないのか? 大事なことだから選挙とやらでもっと言うべきだと思うよ」
日本の選挙制度は多くの課題を抱えていると聞いたが……、多数決で選んだ者が本当に役目を果たせるのだろうか? 正しいやり方なのか? 火狩に聞くとやっぱり来世とは無関係で、現世の統治者を選ぶものらしい。
「わたしたちに任せておけばいい」
やめなさいって、私たちは既に多くの負担を抱えすぎている。
「僕はやっぱりやめとくよ」
断った火狩が握る私の肩にかすかな緊張が伝わる。
彼の横顔はいつものとおりで表に出していない。
でもやっぱり気付いたイワウが、暗い空を見ていた顔を私と同じ方に向けて、
「心配しないでいいよ、わたしたちががちゃんと連れてゆくから」
子どもに言い聞かせるよう火狩に言う。
彼は表情に迷いを見せてから、ふう、と力を抜いて、
「金魚の国……死んだ金魚が行く天国があったら僕を連れてってくれ」
苦しそうにつぶやいた。
1年ほど前に幼い頃から家の桶で飼っていた朱い小魚を失くしたそうだ。
金魚の国……聞いたことがない。
知らなかったが、羊の国もあるのだろうか?
まだ私が想像のできないうちに――
「分かった! わたしたちがちゃんと連れてゆく」
見知らぬ国へ彼を導くことをイワウは決めた――
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