第23話 ラップバトルです

「雨雲みたいな色だねそれ、どこか行くの?」


 放課後、寮に戻ってすぐ朝から思案していたことを実行に移した。


 どんよりした空色の厚手の生地、手首足首と腰の部分は伸縮する特殊な帯が使われていて、他の部分はゆったりと布が余りながら上半身と下半身をおおう作りになっている。


 ――スウェットの上下である。


 厚手の生地は暖かく肌触りはやわらかい。鶴来火狩から借りた衣は雨雲みたいな見た目だが着心地がよい。意気込んで居室から出たところで後ろからイワウに呼び止められた。


「食品や雑貨を売る小型の店舗へ向かう、そこに集う者たちへ会いにゆくんだ……それは大丈夫、コンビニはいつ行っても営業している」


 二人はラウンジを出てエントランスをくぐる。雑木林の小道を抜けると校舎が見える。前庭を横切った私たちは正門から長く続く坂道を下りはじめる。

 やがて私たちに気付いた下校途中の者たちが怪訝な顔でひそひそと顔を寄せて話している。


「みんなこっちを見てるね、聖王様の灰色熊みたいな恰好がやっぱり変なんだよ」


 たしなめる彼女はマント姿で、頭上のスマホは黒光りして空の雲を映している。

 

 ――目立っているのはイワウの方だと私は思う。


 ともかく……雲は低く垂れ下げってきている。春先の空気は冷たく、スウェットのまま雨に打たれれば体温を奪うと思われた。

 やっぱりマントを取りに戻ろうと伸びる袖を引っ張る彼女。

 この恰好でないとダメなんだってさ。 ――ふーんこの国はやっぱり変だな。

 

 空の様子を確かめながら私たちは早足で坂道を下った先、分岐路で道を誤りながらも目的地に至った。


「本当だ、みんな同じ格好してる、じきに雨が降ると彼らは分からないのか?」

 

 頑丈そうな四角い平屋がある。一面は全体にガラスが張られて中の様子――やたら明るい照明の下、色鮮やかな物品が陳列されているのが外から見ることができる。

 店舗の前には硬い地面が広くとられている。

 

 出入り口のそば、硬い地面にじかに座って大声を上げる者たちが男女含めて5人。年頃は私たちと同じぐらいに見える。


 そっと近づいて、ヤンキーたちが座るところ、少し間隔が空いたところに私たちはそっと身を寄せて座って輪に入った。

 

「ぎゃはははは、ん? 誰?」

「えーこの子、頭にスマホ付けてるー、かわいい!」

「知ってんの? 誰のダチなん?」

「意味わかんね! けど外人は何着ても似合う説、証明完了だわー」


 やたらと陽気な者たちだ。

 聖王様、この人たちはみんな寒くないのか? ――そうだな、聞いてみよう。


 問いに対して無言で示されたのは筒状の容器。

 エナジードリンク、飲むと元気がでるらしい。回し飲んで寒さを耐えるそうだ。

 面前に差し出され、顎で合図されたので、おずおず口にすると、苦くて私は激しくむせた。

 

「ぎゃははは、外人イケメン、エナドリでむせる」と言いながら彼は私の背中をさする。

「路上で酒飲むとマジで風邪ひくからな、あと補導されっからヤバい」

「店でお湯を汲んでくるよ!」

 青髪の女子一人が店内に消えた。布が買えないのか素足が太ももまで露わになっている。


 ――彼女が無事に冬を越せたことに私は安堵した。


 青髪の女子はやがて戻って来た。エナジードリンクの空容器に汲まれたお湯は沸騰したてのように熱かったので、私たちはふうふうと冷ましながらすすって飲んだ。

 熱いから気を付けて。――なんか意外とすっごくあったまってきたねえ。


 ヤンキーとは貧しくとも心優しい民のことではないだろうか?

 雨が降り出す前に、目的を果たそうと一人に問いかけた。


「ヤンキーはルールに縛られずに生きる民だと聞いた、本当か?」


 彼は少し間を置いてから、常に手に持っていたスマホの画面を一度叩いた。


 ビュルビュルビュル、ドゥン、トゥルルー、ドゥン、トゥルルー


 風の音に負けずに野外で音楽が流れはじめた。

 一気に飲み干した彼は、エナドリの缶をマイクにして、


「思ってもみない疑問、これって俺らへいちゃもん?

 でも確かな俺のデカルト、教えてやんよ頭タルト!

 もちろん守るよマイルール、お前は生きているーう?

 エナドリの中身は電気ポッドから、分かんないお前はイディオットだから、 

 質問するのはいつもポリス、俺ら清涼飲料飲み干す、

 そもそもお前らナニモン? 他人に聞くなら身分証カモン」


 やたらドンドンと響く音楽に合わせて、詩を吟ずる黄髪の男。

 明るい歓声が他のヤンキーたちから上がる。一緒になってイワウもなんか喜んでいる。


 ――そしてエナドリの容器が私に手渡された。


 ビュルビュルビュル、ドゥン、トゥルルー、ドゥン、トゥルルー


 音楽はまだ続いている。

 黄髪の男――デカルトはじっと見て、こちらのアンサーを待っている。

 ぎりっ、と空容器を私は握り直した――

 

「日本に来た聖王、塵芥ちりあくた懊悩おうのう

 生まれ持ったもの、青の眼と役目、

 負った公民の来世、泡になる私の浮かばない背、でも捨てきれない、これは? 自己紹介遅ればせ、

 では問うデカルト、本当に確か、見合うと? こっちがいうべき、頭タルト!

 マイルールとはなんだ? 家がないのか? ノー・ルーム?

 季節が巡ればまたくる冬、まだ汲むお湯?

 エナドリより、装いないのか? 心配、来冬ついに凍えないか心肺?」 


 私は左胸を親指で差した体勢、音楽はまだ鳴っている。

 黄髪の男――デカルトに次のアンサーを求めるか?

 

「聖王様! がんばれー」

「え、金髪は王様なの、じゃあ私もそっち」「ワタシもー」

  

 はしゃぐ女子たちを見て、あーあ、という顔のデカルトが私に笑いかけて、

 

「お前ら、火狩のダチか?」


 聞けば火狩はよくコンビニに来るらしい。

 お湯を汲みなおして私たちはもう一回みんなで飲んだ。

 

 コンビニの店長も健在であった。

 竜はこの辺りでは見かけないらしい。


 寒かったがヤンキーたちといると楽しかった。

 心優しい民だ、公国を思い出してしまう。

 

 多分、別の何か、私たちには他の何かが必要だ――

 

 

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