第22話 棺は叩くと鳴ります
「聖王様が言ったんだよ」
早朝、窓を開けて雑木林を見つめているイワウを見つける。まだ青白く澄んだ光が、振り返った彼女の綺麗な顔と、頭上のスマホに当たって光っている。
日が明けて間もなくリビングには他に人はいない。
窓辺で肩を隣にして、外を向いて私たちは話をはじめた。
ブナの木が運ばれて、棺が完成したらイワウが墓地から王城に来た。あれから10年も経っている。
――私たちは来世に行けない、こわいと思わないか?
「聖王様が言ったんだよ」
彼女はさっきの言葉を再び繰り返して、
「わたしは、木の棺になるのは窮屈そう、って言ったら、いい匂いがするよって」
お祭りの最中、初めて会った時の出来事だ。
棺は祭壇に飾られていたので私たちは裏からこっそり回り込み、棺に鼻や頬を強く押し付けて肌に木目の痕を残したり、よじ登って中に入って寝そべった。身体が小さかったので横に並んでも内部にはまだまだ余裕があり、棺の底から見える四角い空にゆっくりと雲が流れてゆく。
二人しかいない棺の中の世界、10年前の空気が共有リビングによみがえって私たちを再び包む。
当時と同じ、彼女はじっと私の顔を見て何も言わずにいる。でもまとう雰囲気を急に変えて、
「来世の国までどのくらい時間がかかるのか分からないから、海に入って足で漕いで棺を押そうかな? そしたらちょっと楽になるかな?」
彼女は声音を変えて、幼い私の言ったとおりに再現する、まだ続けて、
「ほら木目の痕がまだ残ってる、この手を握り返せ、棺の時にはそうか……こうやって叩いたら返事できるかな?」
コンコン?
コンコン
コンコン?
コンコン
二人で棺の内側を拳で叩く音を思い出した。
窮屈?
いいえ
本当に?
全然
「夜の海はこわいなあ」
私の声真似のはずなのに全然こわくなさそうに言う。
声をいつもに戻した彼女は、
「窮屈に感じたら手を握るか、棺を鳴らして返事をする」
ちっともこわくないけどね、という横顔をする。
陽が少し昇ってきて空の明るさが増している。
空が明るくなるみたいに止めようもなく美しくなってゆく彼女は、初めて合った日から私のことを信じすぎている。
「おっはよー、早いなあ天気いいしなあ」
元気のいい声で振り向く。ぼさぼさの髪の毛は火狩の端正な顔立ちを引き立てている。
「二人は隣部屋だろ? ラッキーだな、千早は寝てる時はダンサーみたいだよ……僕は下段だからひどい目に――」
通路から近づく千早に気付いた火狩はラウンジに向かって逃げ出して行った。
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