第21話 竜をなだめる


 コンコン、コンコン


 消灯時間が近づいてみんな居室に戻った。

 自室に入って学ランを素早く脱ぎ去って、半透明ごみ袋に入ったままのマントの隣、備え付けの棚の上に投げ出した。

 居室を横切って反対の壁の梯子に足をかけ、垂直に伸びる頑丈な手すりに力を込めてひょいっと飛び乗るようによじ登って寝床に入る。

 間近の天井を見ながら出来事を思い出していると、背中で床が続けて鳴った。

 さっき勢いよく入ったので向こう側に響いたのかもしれない、今度からは気を付けよう。

 

 上下に重なるベッドが壁に埋まるように隣り合う部屋を仕切る、ごく浅い洞窟みたいに開いた壁のくぼみ、その奥はやはり壁である。彼女の部屋から見たら上部の壁が出っ張って、その下に自分の寝床があるように見えるはずだ。


 多分、奥の枕元に旅行鞄を置いてすぐ隣で彼女は横になっているような気がした。こちらの部屋から見ると梯子近くの壁を挟んで向こう側に聖符がある。

 

 ――今日は布教の成果はない。


 公国に興味をもっていた千早も聖符に手を伸ばそうとはしなかった。

 重々しい気配を察したのかもしれない……。公民になる方法――受け取った聖符に名を入れてイワウに帰すことの他には説明しないまま、今日はいいか、という感じで聖符を鞄に仕舞って、彼女は話題を変えた。

 

 ――1年したら公国にもどる


 言葉を思い出して、気持ちを想像してみる。


 ――うんそうだよ、聖王様は何言ってるの? 

 ――日本で暮らしていいこともあるよ、そうだね、味噌とかね。

 ――役目があるから帰るけど。

 

 当たり前でしょ? という顔が思い浮かべながら、もう少し先に思考を進めようとした時――


 コンコン

 

 背中の床が再び打たれた。


 身体をずらして横向きになって、鳴ったところを確かめる。

 綿入りの敷物を床から取っ払ってしまって、同じところを叩くと、


 コンコン


 返事があった。それとも、じゃあおやすみーの意味? などと考えているうち、


 コンコン?


 再び鳴る、今のは疑問を含んでいた。

 叩いて遊びたいというわけじゃなく、何かを問いかけている。多分、彼女は――

 

 千早は公民になってくれるかな?

 たくさん持ってきたけど聖符足りるかな?

 竜が来たらわたしが睨みつけておくから奴の羽根をもげる?

 公国に帰るまえに倒したいから寮の周りを探す?

 奴の言い分も聞いてみる?

 寂しい時に火を噴いてただけっていうかもよ?

 大人しくするって言うならゆるしてもいい?

 波が立つ日に空に炎を上げて島のみんなに知らせるのはどうかな?

 見張りの仕事をくれてありがとうっていうかもよ?


 イワウの考えそうなことを想像した。


 コンコン?


 再び疑問が投げかけられる。聞こえているよ、の意味で叩き返した。

 少し間を置いて。


 コンコン


 これは、じゃあおやすみー、だ。

 安眠を願ってこちらからも返した。


 綿入りの敷物――布団をなおして仰向けに戻る。

 背中の床の向こう、聖符の隣で眠る彼女のことを考える。

 

 公民の魂を運んでも私たちは海の泡と消えるのに、イワウは役目を果たすことに迷いがない。


 そうする理由があるんじゃない?

 

 もっと私は知るべきだと思う――

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