第2章 進んじゃう布教
第19話 味噌は何にでも合う
「僕にはあんまり向かないかな、本日のメニューのどれがガツンと腹に溜まりそうか決めるので頭がいっぱいで卒業後なんて考えてないし、30分後にどれくらい空腹になるかを常に考えてるからね」
トマト鍋、ご飯大、具だくさんの豚汁、季節のジェラート(苺)を選択しながら火狩がイワウの布教をまず断った。他のメンバーも各自の料理を選んでテーブルに集まる。
――みんなが公民になればいいんだよお!
さっきの言葉を脳内で繰り返しながら、日本への長い渡航中ほとんどずっと私に持たせていた旅行鞄について私は思案を続けていた。
棺を造った時に余ったブナ材を小さく分けた木片――聖符がぎっしりと詰まった鞄は再び閉じられてテーブル脇に安置されている。
聖符の使い道は一つしかない。
もしかしてイワウは最初っから日本で布教するつもりだったんじゃないか?
そうでなければ他に聖符を持ち出す意味がない。
役目の放棄を誤魔化してイワウを連れ出したつもりでいたが、私が迷うのとは関わりなく何かを彼女は自分で決めていたのか?
探る視線を当人に向けると、
「分かるよ、そうだよね。わたしもそっちにすればよかったかな? 聖王様のチキン香草焼き美味しそー」
自分の選択した、サバの味噌煮とこちらの手元を交互に見ながら言った。
しばらく視線を巡らせた後、やっぱり自らの選択に間違いはない! という顔を見せた。
5人が姿勢を正して動きを止める。
じゃあ、まず……。――そうだね、せーの。
「「「「「いただきます」」」」」
「考え事して選んだら変な組み合わせになっちゃった、だんだん香草焼き羨ましくなってきたじゃない……私トマトは嫌いなの、理由は今は言いたくない……だから言いたくないって言ってるでしょ。で、どうやったら公民になれるわけ?」
麻婆豆腐を大きなスプーンですくいながら小村千早が問いかける。
聖符は握ったら手の平の中に納まるか少しはみ出すぐらいの大きさで、厚みはちょうどスマホぐらいの薄さに揃えられている。
正確には分からないが旅行鞄の中に少なくとも100枚以上、もしかしたら200枚近くあるかもしれない。それだけあったら重い。手が千切れそうに重かった。
聖棺の保管された墓地から大量の聖符を……。
眼を向けると、銀髪の上、スマホがギラッと黒光りする。
汁にサバ、味噌は何にでも合うな、とうんうん頷いていたイワウが箸を止めて。
「簡単なことだよ、ちゃんと聖符があるからね」
心配しなくてもいい、と千早に優しく言った。
来日前に布教を意図していたことを私は確信する。
森から運ばれたブナの木はとても太く、何枚も巨大な板が切り出された。その半分にも及ばない量の材だけが組み合わされて棺となった。聖符は棺と同じ材で作られている。
――彼女は聖棺である。
「本当に行けるなら行ってみたい気持ちはあるわ、木の欠片? 聖符ってどう使うの? もしかして魔法? きっと魔法と関係があるでしょ、え?……魔法って、ほら呪文を唱えたり、竜に挑んだり……」
聖王様、竜ってなあに? ――世界で最も危険な獣だ。
ふーん、でも来たらどうやって追い返す? ――たぶん逃げるしか手はない。
「来たら、わたしたちは戦うしかないよ」
口元に味噌を付けたまま彼女は竜を倒そうと眼を光らせた――
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