第18話 棺は木でできている
「4つのユニットで当番持ち回り。わたしたちは1週間連続でお風呂の当番だから、今日はトイレ掃除もやらないとだめだよ、お腹空いたから早く終わらせよう」
マントもスマホの冠も特に問題はなかった様子。
戻ってきたイワウは、決定事項を端的に伝えた。
メンバーを作業に促す方法は、火狩方式だ。
中央が吹き抜けている寮の建物は、ぐるりと回ると同じところに戻って来る。
リビングから、私たちの方でない居住エリア(ユニットBとL)の北側通路を通って共同トイレに至った。
「この建物はトイレが多すぎる、自分の居室にもあるんだからこっちは使わないことにすれば掃除しなくても済むのに」
明日のミーティングで決めると彼女は言って、
「今日は約束したから仕方ないね。あとはお風呂が終わったらリビングに集まろう、じゃあね!」
男たちに手を振って中に去ってゆく。
**
「あらかじめ脱いでおけばいいんだよ、簡単なことだよ」
私たちより早く掃除を終えてリビングで待っていたイワウに靴下について尋ねると、当たり前でしょ、という表情を返された。もう大丈夫らしい。
掃除はどうだった? という視線を送ると、小村千早はゆっくりと頷いて問題ないことを示した。
「もう眼が慣れてきて、髪型が普通に見えてきた。最高にかわいい、なあベル?」
「同意見です」
「男たちは甘い! でもさっきお風呂でマント貸してもらったから許す」
ラウンジへの階段を5人で降りる。
ふと、もう私にすることなく、イワウは勝手に自分で進んでゆくような予感を覚えた。あまり変わってない気がしてたけど、彼女はもう子どもじゃない。
ユニットリーダーとして私たちをまとめながら寮生活を送り、役目ではない何かをちゃんと選びとる。
日本に彼女を連れてくるまで――数日前までがイワウと私の二人で過ごした間になるかもしれない。役目でない何かを私が選ぶように、彼女も別のもの選びとっていゆく……。
初めてあった頃のブナの香りが鼻腔に蘇る。
清らかに漂う中から幼い姿の彼女が現れる。
1階まで至ってラウンジの大理石の床を踏んだ。
想像の中、幼いイワウは靴も靴下も脱いで、ぺたぺたと音を立てて走り回る。
追いかけるともっと早く駆ける。こっちを振り向きながら走るのでそのうちに転ぶ。泣くのを我慢している彼女。
「聖王様、早く食堂に行こうよ」
ラウンジの中央で突っ立っているのを呼び掛けられているのに気付く。
もう食堂の入り口近くまで行って私を待っている。
こちらに手を振りながら消えつつある幼いイワウの幻影に目を細めて、私は一歩を踏み出そうと脚に力を込めた。
一歩――
「1年なんかきっとすぐだね、帰ったらユーリンチーも食べられないから今のうち食べておかなくちゃ……、え今日はないの? ん? 本当に帰るよ? そうしたらもうみんなとは会えないな」
二歩――
「みんなはずっと寮で暮らすのか? ふーん、そう、高校3年間、へえ」
三歩――
「あ! そうだ! ちょっと待ってて」
急に走り出した彼女は、私の真横を素通りして大階段に向かう――
ザザぁぁ
途中で激しく転んだがすぐに立ち上がって昇ってゆく。
2階に姿が消える。しばらくして現れた彼女は旅行鞄を両手で掴んで、やや慎重に階段を下りて1階に着地する。
私たちは歩み寄るようにしてラウンジの中央に来た。
しゃがんだ彼女が旅行鞄を開ける――
懐かしい香りがする。
「よかった、ちゃんと【聖符】は持ってきたよ!」
なんでこんなに重いの? ――へへ秘密。
日本に来る途中の会話を私は思い出した。
聖符――棺と同じ材の木片。
一つを手に取って見せながら、
「みんなが公民になればいいんだよお!」
彼女が布教を開始する――
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