第16話 頭上の機械(あれ)

「誰か撮ってなかったの? 残念ね」

「もうちょっと戻るの早ければ見られたのになあ、ベルは?」

「はい、距離を取るよう観客の整理もしていました」


 共有リビングのいつものローテーブルを囲んでユニットメンバーがそろった。

 寮で噂になったのが良かったのか悪かったのかは分からない。

 公国から来た二人がいるということが明らかになってしまった、でもまあ仕方ない。


 あ、マントの人! と言われたが、マントを着ているのはイワウである。

 蜘蛛の人! とも呼ばれた。ちょっと意味が分からないが蜘蛛はこわい。

 またあれやってね! 私はなにをすればいいんだ。とにかく全身が痛む。

 

「で……、スマホがなんでそういうことになってるの?」


 小村千早が見る先、私の隣、長椅子に座ったイワウがにこにこをしている。

 その美しい顔立ちや楽しげな表情でなく、もっと上、彼女の銀髪にみんなの視線が注がれている。

 

「勝ったからな、わたしたちは」


 黒い光沢を呈する四角い機械を彼女は指差して回答した。

 照明を受けてか、それとも自ら光を発するようにきらきらと銀髪が輝く。みんなは月光の髪色に見とれている、のでもない。

 編まれて縄のように一本になった長い髪は耳元から頭の上をぐるっとまわって反対側の耳に沿っている。どうやってそんな優美な髪型にするのか編む術は私に分からないが、でも。


 鉤――それは先の折れ曲がった細い金属である。


 鉤が二つ、鷹が獲物を捕らえるようにがっしりとして、彼女が首を振っても動かないし、ここまで歩いてきたときにも頭頂部に固定されて微動だにしない。


 鉤は黒い画面の両端を押さえて彼女の結った髪に留められている。


 冠を頂くように、光の消えたスマホを頭にのせて、


「考えてみると聖王様の言うとおりだ、日本には知らないものがたくさんある。いいものもある。悪い奴らが来たってわたしたちは負けないのだから、しばらくここにいることにした」


 全ての未知に対して彼女は勝利を宣言した。 

 頭上のスマホは勝利の証だそうだ。

 黒い画面の硬い光沢は宝石のように見えなくもない。

 

 イワウに投げ飛ばされた後、いや、なぜだか全く分からないんだけど、役目を果たすことができると信じて疑わない彼女を見るうち、もう少し余裕を持ってイワウを説得した方がいいと思い至った。急いだって仕方ないし、私は役目をおそれて本当の意味で役目を捨てきれていないのではないか? 

 あいまいな気持ちでイワウを説得しようとするから失敗する。

 

「1年したら公国にもどる、それまでいてもいいよ」


 彼女もすぐに帰るとは言ってない。

 今朝捨てようとしたものは袋ごと私の居室に戻った。マントを捨てても別に役目を捨てたことにはならない。

 

 日本ですべきことがあるんじゃないか? 公国では知りようがなかった別の何かをここで見つけることができるかもしれない。


 パラッパーパラッパーパラッパー

 寮の外のどこか遠くで鳴る爆音が風に乗って耳に届き、やがて聞こえなくなった。活気のある色音、どこかで祭りか?



 今はそれより……。

 ベルに聞いたら、ウェブサイトは私たちがこわがるようなものではなかったが、


「蜘蛛はいなくても好きじゃない、私はいやだ」


 イワウはスマホの一般的な使用を拒否して、


「行ってきまぁーす」


 共同部分を清潔を保つ方法を決めるために、

 そのままの姿でユニットリーダーの集会に向かってゆく――


 彼女は一応、スマホは持っている――

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