第15話 ウェブはさわれない
振り上げようとした腕を私はつかんで抑える。
力がこめられた細い腕が押し戻そうとして二人の動きが止まった。
イワウが握るスマホは床に向けて光を放つ。明暗を変えて揺れる光は、私たちの存在に対する問いかけを続けている。イワウは自分の握る手にじっと目を向け、火照る横顔は殺気立って、不穏な光への恐怖を隠している。
――視界の端でラウンジから人が何人も昇ってくるのがわかった。
「ゆっくり離すんだ、一度離れよう」
十字の形に組まれた私たちの腕の緊張を保ったままで呼び掛けると、彼女は食いしばっていたのを緩め、視線を変えずに気配だけこちらに向けて、
「おかしいよ、光る機械の問いに応えてわたしたちが日本を選んだらどうなる? 世界に絡まる蜘蛛の糸は? これはきっと何かの罠だ」
殺気を保ったまま、早口だが諭すように彼女は言う。
力が強められて腕が上がってゆくのを私はとどめながら。
――2階共有リビングに人が集まりはじめている。
「それは火狩たちにもう一度聞くから今は分からない、手を離してくれぇ!」
「わたしたちはウェブサイトに関わるべきじゃなかった! おそろしい何かを呼び寄せてしまったんだ! わたしたちの身体にはまだ見えない糸が付いている!」
胸の高さでとどまっていた彼女の手、さらに上に持ち上げようとする力が加わるのを感じた瞬間、すばやく真下に引かれるのと同時、彼女は背中を向けて私の懐に入る。鋭い回転に沿って引き回されるようにして、彼女をつかんでいた私は腕ごと身体を転がされた。床がごろんと鳴る。
――おお! 周囲がどよめく。
這いつくばった私が見上げると彼女は青ざめた表情をして、だけどスマホの片手を天に掲げた。間に合わない――
「糸にわたしたちが絡めとられたら誰が公民を導くのか! それとも聖王様は蜘蛛を迎え撃つつもりか? またわたしに言わずにか!」
震える声が響く。
手と指に怒りが集まって彼女の手が握りなおされる。
止めようと伸ばす私の手の平は虚しく宙にあって彼女に届かない。
――リビングの観客に緊張が伝わる。
片手を高く上げたまま、イワウは床に転がる無様な私に顔を向ける。細めたまぶたがかかる青い瞳が私を見据える。
連れて来たことを私は後悔していない、言葉を尽くしても公国では納得させることはできなかったはずだ。でも何かを言うことに意味はあったか? なぜ連れて来たのか、イワウを置いて一人で来るということもできたのか? ……、瞬くのを見ながら思案を巡らせるうち触れてなかった自分の思いに気付く。
「恨めイワウ、一人で来るのがおそろしかった……役目も、逃げるのも、ウェブサイトの蜘蛛もこわいぃ」
膝を立てて、それからゆっくりと立ち上がった。
まだ同じ体勢でこちらを見つめていたイワウと目が合う。
挙げた手を降ろしながら彼女は近づいて私と対峙する。
ぎらりと睨んでから、すっと横を通って私の背中に回り込む。
そしてじろーっと視線を送りながら正面に戻ってきた。
サッサッ、サッサッ
スマホのない方の手が私の両肩を払って、
「糸は今は見えない……奴らが来たら二人で追いかえそう、わたしたちならできるよ」
彼女が言い切った。なぜ彼女が私を信じているのかは分からない。
スマホを見ると画面は暗くなって、叩いても反応はなくなっている。
「光が消えているな、機械に私たちは勝った」
はははと笑うイワウ。
まばらな拍手がどこかで鳴っている――
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