第14話 スマホ知らんよ
彼女は動揺しているのかもしれない。
食堂での朝食を済ませ、寮から登校して入学式に参列した後、クラスに分かれて自己紹介の時にも「わたしは選ばれた者ぉ! 聖棺である!」とかではなく、ぼそっと「名前はイワウです……」と言っただけだった。
昼休みの時間になって、同じクラスの者たちは周囲を取り巻いて話しかけても彼女は黙ったまま反応しないので、やがて諦めて去ってゆく。
「日が昇って気温が上がってきたかなあ」
透明な袋に入ったパンをたくさんと四角い容器に入った牛乳を抱えて戻ってきた鶴来火狩が、窓際の座席でぼーっとしているイワウを見て、窓の外に向きなおして言った。
一瞬びくりとしてイワウは黙ったまま、マントに付いた頭巾をかぶる。
机に広げて置かれたパンの中から、中にジャムが入っているというものを選んで、こちらに背を向けた。火狩も千早もベルも話しかけるが応答はない。
何も言わずに食べる彼女の感情を私はうまく想像できない。
午後から5限の数学ⅠA、6限に国語総合の授業。
他の生徒がノートと呼ばれるものに何か書き込んでいる。何を書いているのか分からないが、教師の話す内容を聞きながら私も購買で入手したノートに日本語を書いて学ぶことにした。
横に目をやると、頭巾のイワウはノートも教科書も閉じたままの机を見つめている。
**
英愛寮に戻ると私宛てに荷物が届いていた。
2階の共有リビングには今は私たち二人しかいない。
茶色い箱をローテーブルで開く。何重にも包まれた箱や透明な袋を外すと、昨日手配したスマホが現れた。
表と裏があって、表は黒い時とそうじゃない時があるがあるはずだが……指で叩いてみても反応はない。ボタンのようなものも押してみるうち、
「ウェブサイトに行って戻ってきたのか?」
ようやく発せられた声に振り向く。
フードに隠れて彼女の表情は読み取れない。
「ベルに頼んだ。ウェブサイトで商いを行う者から寮に届けられるよう、スマートフォンを使って手配したと聞いた」
「一人でウェブサイトに行ったんじゃないのか……ならいい」
居室に向って去ろうとする背中に声をかける。
「話をもう一度聞いてほしい、イワウにも大事なことだと思う」
立ち止まった彼女は背中を向けたまま頭巾を外して、
「日本に来るのは遠かったからちょっと疲れてしまったのかな、と思ったよ、今はそうじゃないって分かっている」
まだ振り返らずに、
「公国で育った羊の毛でできている……育てたのも、紡いだ糸も織った布も、仕立てたのも私たちなのに……、本当に帰らないって言っているって分かった、でも何で帰らない?」
緊張を隠した声。
私は歩いて行って彼女の後ろに立った。
「私たちには重すぎる。日本では誰も役目のことなんて知らない、誰かが負わなくたっていいはずだ! もう聖王なんて嫌だぁ!」
説得しようとしたら単にすっごい情けない感じになった。
振り返ったイワウと向かい合う。
大丈夫だよ帰ろうよ? ――帰ったら役目があるから嫌なんだよ。
視線でやり取りするうち、
ヴぅぅぅん
ローテーブルに放っておいたスマホが鳴動する。
驚いた私たちが注視する中、黒い画面に絵が表示されて、
――こんにちは
画面に白く表示される文字、この機械は会話するのか?
――国と言語を選んでください
機械が私たちに存在を問いかける。
「私たちはアーシュ人! 言葉はアーシュ語だ!」
スマートフォンを手に取って叫ぶイワウ。
――音声入力をオンにしますか?
「何を言っている、黙れ!」
「危険だ! その手を離せっ!」
彼女の手からスマホを奪おうした私の手が重なり、二人は叫ぶ。
「あれー、もうスマホ届いたの? なんか元気ねえ」
ラウンジから階段を上がってきた千早が、二人一緒にスマホを握る恰好の私たちを見つけて言う。
「スマホ? 知らんそんなもん、こうしてやるっ!」
イワウのもう一方の手が、私の手を払いのけた――
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