第13話 ゴミは分別
「マントは着てはいけないの?」
居室の窓から爽やかな光。寮の周りの雑木林から鳥のさえずりが聞こえる早朝。
上着を襟元までボタンで留めると、真っ白なシャツは隠れて見えなくなった。両脚を細く包む衣は上着と同色だ。日本では伝統的な衣服らしい。
学ランに身を包んだ自分を洗面所の鏡で見ると、明るい髪色のせいかもしれないが日本人にはあまり見えない……、と思ったが、制服姿のイワウを見て考えなおした。
白い生地は同じなのかもしれないが形が違って、立体的に縫製されてぴったりと身体に合っている。ブレザーと呼ばれる上着は大きい襟の形をしており、シャツの胸元が見える、理由は分からないが麗しい。腰を包む布は重みで膝まで垂れて、これも彼女の両脚にとって実用性は乏しいように見えるが、優雅である。
でも日本の女子高校生には全然見えない。
銀の髪とか薄い肌色のことより、上からはおるマントをまず脱いだほうがいいな。
「だって……急に雨が降って来たら?」「建物の中に入ればいい」
「空気が冷えてきたら?」「屋内の空気は常に暖かい」
「手についた汚れをとったり、口のまわりを拭ったりは? ……ん、この薄い布は何? へえ専用の? ハンカチっていうの、でも持って歩くのが面倒だよ」
小さな布は私の手に戻った。
そのまま通路を歩いていくイワウに、リビングで待っておくよう伝えて、私は居室に一度戻ることにした。
――居室に居住者以外の者が立ち入ることは一切禁止。
――違反者は退寮処分となる。
昨夜のうち、居室のデスクの置かれていた「寮生活のしおり」に記載された注意事項を読み、自室には他の者が入れないことが分かった後、居室を仕切る壁に埋め込まれ2段ベッドの下段で向こうの天井を彼女がコンコン叩き、こちらの床をコンコン打って返事をするというイワウ発案の遊びを随分と続けた。その後、公国から持ってきた旅行鞄の中身や衣類を整理して、もう不要と判断したものをまとめていた。
私は手を伸ばして縛った袋の口をとる。
「いいんじゃないかな、コートに指定はないから大丈夫だと思う、最高にかわいい、なあベル?」
「私も同意見です」
「男どもは甘い! 歩いてすぐなのに寮生にコート必要ないでしょ、ねえ脱ぐのは難しい? 手伝うからちょっと私に貸してくれない?」
制服を着たメンバーたちがイワウを囲んでいる。
会話の内容は近づきながら見てて分かった。
「おはようアスタ、制服ぴったりだな、さすが似合ってるようんうん」
「ねえあなたって誰にでも同じこと言うんじゃない? おはようアスタ」
「おはようアスタさん」
鶴来火狩が共同トイレの方を指差しながら、
「可燃ごみはダストルームに持っていけば……」
何かに気付いて言葉を途切らせて、私の説明を待って見つめる。
「日本でもおそらく英国でも入手することはできないでしょう。アスタさん、手のものをどうするつもりですか?」
「何か勘違いしたんでしょ、それは捨てるものを入れる袋、知らなかったんでしょ、ねえ……えっ?」
いっぱいになった「半透明ごみ袋」の縛った口を私は握っている。
「質のいいウール、薄いけどきっとあったかい、それは見たら分かる。丁寧に縫製してるからほつれたりしない……旅先で縫いなおすのは難しいからかな、あのお話の主人公もそういうの着てたのかな、……疲れて希望を失いかけたあの時もそういうの着てたのかな、そう思いながら大好きな本を昨日読み返したところ……なんだけど、で? 本当に捨てんの?」
火狩とベルは黙って見つめ、千早は怒気を収めて問いかけた。
固まっていたイワウの眼の奥底が光る。
彼女が口を開こうとする前に、
「公国には戻らない、このマントは捨てる」
日本で暮らしてゆく、何度も繰り返した説明が冗談ではないことを私は伝えた――
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