第12話 ベッドは上下です

「ネット……網のことか、ウェブ……蜘蛛の巣のことだろう?」


 スマホと呼ばれる機械に話題は変わった。

 四角い機械には見えない糸がつながっていて、世界中がその透明な糸でぐるぐると巻かれているらしい。私たちも?

 両腕をひっくり返したり、かかとを上げて足の裏を見てから、くるっと回って自分の背中に視線をやるイワウが、何か付いてる? という表情をするので首を振った。

 パンの欠片を払い落とすような仕草をしばらく続けて、


「蜘蛛の巣の地(ウェブサイト)に行く? ……本当に必要なことか? ふーん、へえ、でも行くなら昼間の明るい時、晴れている日に! 今はやめておこうかな」


 ためらうイワウ。ウェブサイトにはきっと見たことのない何かが潜んでいる。

 心配しないでいいと今度は千早がイワウをなだめている。

 

 ぽっかりと中央が空いた構造になっている英愛寮の建物は、城壁みたいにぐるっと空白を囲んでいる。私たちは2階に上がり、共有リビングと浴場を素通りして先の通路に進んだ。

 南側の居室区には10人分の居室が並んでいる。

 各扉には羊皮紙じゃなくてもっと真っ白く薄い――コピー用紙とやらが貼り付けてある、大きく「C」と記されているのが私たちの居室らしい。


「これは僕らで居室を決めろってことだよねえ、中を一度見てみる?」

「待ちなさい、女子の部屋になるかもしれない部屋を勝手に見ないでくれる」

「これはリーダーが解決すべき事項です」


 結局、すぐに決まった。

 何でもいいから決めてしまおうということになって、小村千早の持っていたあみだくじの署名の順に並ぶことに全員が賛成したからだ。

 

 じゃあねまた明日、と手を振って別れて自分の扉を開けると、さらにもう一つ扉がある。

 傍には「土足厳禁」の注意書き――その意味をおぼろげに理解して靴を脱ぎ、一段踏み上がって、


 ガラァ


 浴場と同じように横に引いて扉を開ける。

 居室奥の窓際にはデスクと椅子が見えた。右側の壁には棚が備え付けられている。

 横に目をやると引き戸の隣に扉がつづいている。内部の小さな空間には浴場でみたシャワーや洗面台。あちこちを触ってみると、やっぱり赤色のところを回すとここでもお湯が出る仕組みだ。

 水場の小部屋から戻って左側の壁を見ると、奇妙に下半分が大きくせり出している。その上を覗き込むと寝具があった。

 横に付いたはしごを昇って寝床に入るらしい。

 壁の高い位置に横穴みたいにして壁面が掘ってくり抜かれ、中にベッドが設けられている。不思議な構造だ何のために……? その時。


 ガーンガーン

 

 せり出した下側の壁の内側から音がする。

 

 ガーンガーン


 位置が変わり、今度は寝床の下から音が響いてくる。

 加えて別の何か……ぃぉぅぁ、――分からない。

 はしごを登って寝床に這う体勢で耳を近づけてみる、ぃぉうあ、――人の声かもしれないか……?

 寝具をはぎ取って床に耳を付ける、いおうあ、――?


 ガーンガーン


 突然の打撃音が耳をつんざく――ぃぉぅさまぁ!


 ベッドは上下2段に並んでおり、それが居室の壁を区切っている。私の方では上部のはしごで昇ったところにベッドの入り口があるが、隣のもう一方の居室――イワウの部屋はきっと壁の上半分がせり出して閉じた逆の形になってると分かった。

 そしてイワウが下から叫んでいる……。

 まだ耳がわんわんと鳴っている中、こちらの寝床――向こうの天井を軽く叩いて返事をした。

 すぐに3倍量ぐらいの打撃音が返ってきたが、やがてコツっコツっと音が軽くなって場所を変え、右に左へ散ってゆく。

 やがて慎重に加えられた一打が音を変えた、そこだけ空洞のような響き。

 コンコン

 もう一度、同じ音色が確かめられた。静寂。

 コンコン?

 尋ねる感じに鳴った。再びの静寂。

 こちらから叩くと同じように鳴る。 

 コンコン? コンコン コンコン! コンコン コンコン‼ コンコン

 

 聖王様ぁ、聞こえる?


 多分そう彼女は言っていると思う。

 自分がイワウを騙して日本に連れて来たことについて改めて考える。

 

  **


 ずっと前の幼い頃、城にブナの大木が森から運ばれてきた。

 まだ残っていた枝が落とされてから、一人では動かせない鋸で何日もかけて縦に挽かれて巨大な板が何枚もできる。幾つかの違う大きさに整えられた板に細かく手が加えられ、その後に組み合わされた。


 初めて会ったのは完成を祝う祭りの時だ。

 

「わたしはイワウ・サンクタイッド」


 少女は人にしか見えない。

 まだ爽やかな木の匂いのする棺。いつか彼女は魂を棺に戻すのか。

 二人がかりで公民の魂をナーシュに送り届ける――私たちの役目だ。

 海の泡に消える私たちに来世はない。



 今、公民の来世を捨てた私は日本にいる――

 2段ベッドの下で彼女は役目を捨てていない――


  **


(居室と2段ベッドの組み合わせ)

 2006号室 ●(別ユニットの誰か) ↓ベッド上段

 2005号室 ベル・ネイファスト   ↑ベッド下段

 2004号室 石沢アスタ       ↓ベッド上段

 2003号室 イワウ・サンクタイッド ↑ベッド下段

 2002号室 小村千早        ↓ベッド上段

 2001号室 鶴来火狩        ↑ベッド下段 

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