第11話 ユーリンチーおいしい

 1階まで降りてラウンジ横に入ったら、入口の近くで縁が少し盛り上がった板――トレイを各自が取った。人は疎らだ。厨房とこちら側を仕切る鉄製の台の上には、大きな棚が置かれており、器に入った料理が並べられている。


「今日は収穫祭か? 人が少ないのはなぜだろう」 

「聖王様、わたしは先に食べててもいいじゅる?」


 ラウンジに人を呼びに戻ろうとする私を鶴来火狩が止めた。

 何種類か用意された料理を選んで取るカフェテリア方式だと……、好きなものをとる、パンや、白い穀物を蒸したようなもの――白飯は好きなだけとれる。

 好きなだけ! そんなことが許されるのか? この世界の秩序はどうなっているの? 

 走ったら危ないよっ! トレイを両手でもって急ぐイワウに呼びかける。


 イワウは随分迷ってから白身魚のユーリンチーソースがけを取った。ポテトサラダと味噌汁はどのメインメニューにも同じく付いてくる。旬の果実のヨーグルトあえ、パンを三つ。私も選ぶ。

 空いたテーブルの中に座ると、ベルが透明な器に入った水を人数分運んできて配った。ちょっと空白の瞬間があってから、火狩と千早は何かを唱えた。

 今はどういう意味? ……感謝を示す言葉を述べるのか。

 私たちもそうしよう、ベルも? じゃあ。 


「「「いただきます」」」


 食堂の閉まる7時ぎりぎりまでテーブル食事を続けた。


「え、明日の朝にも祭りが?」

 最後に私たちだけになって、棚に残ったパンを取ろうとするイワウが手を止めて驚く。そんなには食べられないかも、と不安の表情で見つめる。

 あれはいくらなんでも焼きすぎじゃないかな? ――たしかに次の収穫まで備蓄が持つのか心配だ。

 でもイワウはパンをさらに二つとって、元々ビスケットの入っていたビニール袋に入れた。


「1日2回、パンとスープ、魚か肉の塩漬け……うんいつも同じ、特別な料理は収穫祭の時にみんなで食べる……あとは人が死んだ時にもお祝いする」

「お祝い? 日本語間違ってない?」

「ううん正しい、間違ってはいない」

「そう? 誰かが亡くなったら祝うんじゃなくて悔やんだり悲しむんじゃない?」

「何が悲しいの?」

 小村千早の問いかけに、さらにイワウが問いかけて重なる。

 首を傾げて様子を見る小村千早。

 あなたは何を言ってるの? という表情をイワウも浮かべている。

 

 閉店時間を迎えた食堂から出てラウンジに戻って、思うまま立ち話をしているうちに疑問がぶつかり合って会話は途切れた。ベルや火狩も二人の様子を眺める。


 理由ははっきりしている。千早は日本人だ、ベルは英国人だが似たようなものだ。公国のことを知らなくて当たり前だしここで説明する必要もない。が、堂々と本名を名乗るイワウに日本人として暮らしてゆくことを納得させるのは今はまだ困難に思える。思案しているうちに、二人の会話は再開する。


「わたしはイワウ・サンクタイッドだよ」

「……? もちろん名前は憶えているって」

「じゃあ分かる? え分からないの……そうなの? 千早は物知りかと思ったら何も知らないんだねえ」


 ――ああそうか、と気付く顔をしてから、暗闇を怖がる子どもに言うように、


「わたしと聖王様で運ぶんだから心配をしないでいいよ」


 優しい笑顔を見せて、


「わたしたちが【来世の国・ナーシュ】にちゃんと届けるからね」

 

 一歩進んで二人は近づく、かなり背が高い千早にイワウは少し上を向く恰好で、


「ナーシュでもパンはおかわり自由だと思うよ」


 どう安心した? という表情を千早に向ける――



 アーシュ公国の王城に隣接する墓地には、聖王、つまり私の木棺が保管されている――蓋がないこと、二人は十分に入るぐらいの大きさが特別な棺であることを示している。出発前に見たいというイワウと一緒に墓地に行ったことを私は思い出す。

 ブナ材で造られた棺の滑らかな表面を撫でながらぐるっと周って元の位置に戻った時、日本に行って戻ってこないことを告げようかと少し迷った。でも、イワウが今度は逆に周りはじめたのを見て、もう何も言わずに来日することに決めた。騙したと言ってもいい、だが後悔はしていない。


 ――彼女はイワウ・サンクタイッド。


 聖王は自分の棺に乗って海をわたり、来世の国・ナーシュに公民の魂を導く。

 棺は聖王の死まで人の形をとっている。


 彼女は聖棺だ――  

 


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