第10話 あの機械です

「行ってきまぁーす」


 英愛寮の建物の中央部分は5階分の天井と床が取り払われており、どの階からも夜空の闇が見えた。各階の間は大きな階段が折り返してつながっている。

 元気な声を出してリビングから出ていったイワウの背中はすぐに階段の下に消える。追っかけて手すりまで寄ると、イワウは2段飛ばしで降りてゆくのが見えた。

 階段を降りきって左右を見渡して何かを見つけそちらに向かう。

 そしてもう彼女の姿は見えなくなった。

 

 よい機会かもしれない。そう考えることもできる。

 聖王でなく、彼女は聖棺でない、そうやって日本で生きてゆくんだから。

 他のリーダーも同じ寮生で共同生活を一緒にする仲間と呼んでもいいし、管理人は少し変だけど寮生の生活を守る立場の者のようだし大丈夫……か?


 わたし一人で行くのなんで、聖王様は? ――リーダーはイワウなんだよ。

 あみだくじ持ってった方がいい? ――皆で決めたリーダーが行くんだから要らないよ。

 一人で行って大丈夫? ――ああ大丈夫。


 ……本当に大丈夫か? 握る靴下の水気が袋に溜まる。


 聖王様がいうならいいか、だったらいってきまぁーす、役目、役目。

 彼女は今、イワウ・サンクタイッドを名乗っただろうか? 


「心配! って顔してる、過保護ね、ミーティング終わるまで待つの?」 

「アスタは待つだろうし僕も待つよ……おお、ユニットらしくなってきたねえ」


 小村千早の視線を受けて頷いたベルがお茶を淹れにキッチンに向かった。

 柔らかな長椅子に座ってラウンジのことを気にするのを潜めて話す。


「消灯したら星が見えるか気にならない?」 

「食堂は……7時までだね、間に合わなかったらそれはまあその時考えよう」

 

   **

 

 戻ってきたイワウが長椅子に座り、声に出す。


 ① 各フロアの共用部分(リビング・キッチン・浴場・トイレ)を清潔に保つこと

 ② ユニットメンバーの問題を解決すること

 ③ ユニット間の問題を解決すること

 

 管理人からユニットリーダーの役目として説明を受けたらしい。管理人はこれらのことに原則関与しないから勝手にしてね! とも言ったそうだ。

 他の新寮生のリーダー7人に挨拶をして、2階の4ユニットのリーダーが集まったけどお腹が空いてふらふらしているうちに共用部分の清掃方法は明日集まって決めることになったということ。

 イワウは何て挨拶したの? ――私はイワウ・サンクタイッド、アーシュ公国の聖棺、選ばれた者! ――うんそうか。

  

「みんな機械をもってた、あの機械がいるんだって」


 何だそれ。


 イワウは親指と人差し指を伸ばした両手を胸のあたりで近づけて四角い形の空白を作って見せた。そのくらいの大きさで? 

 

 表と裏があって、表は黒い時とそうじゃない時がある ――奥深い意味が秘められていそうだね。


 四角い形を保ったまま両手を上にずらす。

 イワウの指で囲まれた枠の中で私たちの視線が交差した。


「そういうんじゃないな、機械だよあれは」

 

 手は離れて指は宙を向いた。彼女は思案の表情をして、


「片手で持って……こんな風に……あーそれだ! 千早のそれ、みんな持ってるねぇ、それはなあに?」


 四角い機械は、指で叩くと絵が動く。


 日本のほぼ全国民が持っている機械。へえ英国でもか。


 私たちはスマホを入手しなければいけない――

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