第9話 それは男湯
「そのマントとか、脱がないと濡れそうじゃない? ……手伝おうか? へえやっぱり結構重いんだなあ」
共有リビングの壁にあるフロアマップを確認してから、キッチンと反対側に向かうと男子浴場の入り口が見えた。
イワウと小村千早はそのまま居室エリアの方へ、そして脇の通路を横に入って行く。
女子浴場の入り口は、居住エリアの境界となる細い通路、その奥まったところにあるらしい。各フロアに一つずつ設けられた浴場は男子と女子で隣接しているが入り口は分かれている。
「この程度で済んで良かったのではありませんか?」
英国風の上着を脱いで真っ白く薄い肌着――シャツの姿になったベル。手首のボタンを順番に外して袖を外側に折りたたんで、見える腕はさっき3人分――正確にはイワウの鞄も私が持っていたから4人分の荷物を軽々と浴室まで運んだ。
――風呂掃除を1週間。
2階以上の各階には4ユニット・20人分の居室がある。共同で使用する浴室があるから、ユニットCのメンバーは1週間風呂掃除ぃ、という宣告を先ほど受けた。
寮で共同生活をするのだから掃除は誰かがよい頻度で行う必要がある。本来は4つのユニットが順番に行うものを私たちが1週間だけ続けるにすぎない。底知れない管理人が課すペナルティとして、驚くほど簡単、負担とも言えないように思えた。ベルの言うとおりだ。
ただ、私たちは3人いるが、あっちは2人だ。イワウは水遊びが好きだし……、もう女子たち壁の向こう側、あとは小村千早の活躍に期待するしかない。
更衣室でほぼ裸の男が3人。
長身からそう見えていたが鶴来火狩は細くはない。均整のとれた身体で機敏に動いて
ぱぁん、と私の背中を叩いて笑顔を見せながら、
「腹減ったなあ、さっさと終わらそう」
作業を開始した。彼は自然と人をやる気にさせる。
火狩みたいに言えば、遊ぶイワウも作業に取り組むかもしれない。
「ここは火狩さんに任せて、向こうやりましょう」
浴室に入った私たちはデッキブラシとスポンジを使って床や壁を擦る。
水を勢いよく放出する機械の操作をベルが教えてくれた。お湯も出るのか!
透明な袋は水を通さず、汚れたものを仕舞うのに都合がよい。
しかしこんなことに使っても大丈夫? 高価な品ではないのか?
「その心配は要らないはずです、袋1枚がいくらかは私も知りませんが」
作業しながらビニール袋の価値について話を進める。
「羊でいうと何頭ぐらいだろうか?」
「いいえ、硬貨で買えるぐらいの、ですから1000円を超えないはずです」
知っている。日本や英国では金貨や銀貨でなく特別な紙を使って物を売ったり買ったりする。でもベルも日本に来たばかりで知らないことが多いらしい。念のため私たちはビニール袋を慎重に使うことにした。
風呂を掃除するのも初めてのことで、楽しいペナルティだと言って大きな肩を揺らす。
イワウも作業を喜んでいるのかもしれない。
ガラァァぁ
「手が遅いぞ! 怒られない程度に手を抜いて、さっさと終わらせて飯に行こう!」
更衣室の掃除を一人で済ませた火狩は、横に動く扉を音を立てて入って来て、散乱していた小さな椅子や浅い桶を手際よく拾って壁際に置いてゆく。
**
「聖王様! すっごい広かったよ! 夕食の後にお湯で一杯にして裸で入るんだって、あったかいお湯だよ!」
私たちが男子風呂の掃除を終えて共有リビングで待った後、イワウがたったったと通路で手を振りながら言った。後ろから小村千早がお駆けて来るのも見える。
お風呂掃除はどうだった? うん楽しいね、明日もやろう。
「あと靴下濡れた」
それはもう仕方ないね。ああ、それに入れたのか、後で干そう。
リビングの天井から声、
「ピンポンパンポン(声)、各ユニットのリーダーは6時に共有ラウンジに集合してださい、最初だから繰り返しますよ、リーダーはラウンジ集合です、ピンポンパンポン(声)」
ビニール袋に入れた靴下を掲げるイワウに4人の視線が集まる――
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