第8話 寮にはチャイムが必要

 既に描かれた線の上を太いペン先がおおって走り、重なった線は、コマドリの胸の色に似た赤橙色に変わってゆく。


 1番目のぐるぐるを楽しむイワウ。


 短い直線を過ぎて、ペン先は階段を上るように海側に向かって一番端の縦線に至った。

 その縦線のずっと先には最後に書いた鶴来火狩の名がある、すっとそのまま行き着けば、と私は想像する。彼がリーダーになることを望む自分に気付いた。

 冗談を言いながら、面倒だしやりたくないと口にはしながらも全力を注いでユニットメンバーを正しいところへ導くような気がした。しかし、

 直線を遮るぐるぐる――楽しそうなイワウ。

 鋸の歯のように鋭角を繰り返す線――ベルが描いたのを見てイワウが悔しがったやつ。

 赤橙色ははしごの中央まで戻る、残りは半分あまり。

  

 イワウ・サンクタイッド

 石沢アスタ


 二人の名前は、中央寄り、ベルと小村千早にはさまれた位置にある。

 鶴来火狩とは反対の一番端がベル、火狩の隣が千早。まだ先に横線が多い。


 ベル・ネイファスト――巨躯と呼べる恵まれた体つきから不思議と威圧感はない。立体的に縫製した英国人らしい服がぴったりと彼に合って荒々しさを封じているのかもしれないが、整った顔をしていつも穏やかに話す彼の声は耳に心地よい。ベルがリーダーでもいい。彼がふさわしいのかもしれない。


 小村千早――同い年、違っても一つだけのはずだが、イワウと比べると何というか全然違う。毛糸で編んだ上着がきっと彼女には小さすぎるのか張り付くような様子で、細いとも細くないようにも見える身体からは何かいい匂いがする。言葉の一音一音をはっきりと発してよく通る、歌うような声で話すので自然と皆の耳に届くし、黙っていても凛々しい迫力を感じる。彼女こそふさわしいのかもしれない。


 イワウは蛍光ペンの握りを変えてもっと先端近くを持った。


 右に左に行ったり来たりしてまた戻ったペン先、横線がまだ多い。

 あみだくじは後半に入る。


 辿る道筋を先に読もうとするが、ペン先は急激に速度をます。


 最初に小村千早が描いたぐるぐるを抜ける。

 誰かの横線、ぐるぐる、ぐるぐる、

 階段が続いた先には火狩の縦線がある、そして――

 

「「「「「…………」」」」」


 最後まで至ったペン先がぐるっと楕円を描いて一つの署名を囲んだ。

 


「「「「「…………」」」」」


 パチン、と白い手が蓋を締めて、蛍光ペンが鶴来火狩に差し出される。

 まだ羊皮紙の端を押さえながら、もう一方で彼は受け取って、


「このあみだくじは居室に飾っておこうか? 公正な選出を示すものだし記念にね。……結局そうなるんじゃないかって予感がしてたよ僕は」


 ゆっくりと蛍光ペンは鶴来火狩の胸に仕舞われた。 

 僕たちはまだ四隅を離さずに、複雑に行き来した赤橙色を視線で辿って、最初の星印と最後の署名のつながりを、何度目かの確認を行った。


「間違いはないわね、この羊皮紙は私の部屋に飾ったらダメ? いいの⁉ わあすごい……これはみんなのもの、はいはい分かってる分かってる」

「ではどうぞよろしくお願いします、時間がありませんので連絡を済ませましょうか」


 そして新リーダーは一人ずつに視線を向けてから、へへっと笑って、


「ほらね! 当たり前だ、選ばれた者! わたしはイワウ・サンクタイッド!」


 選出の完了を宣言した。

 この選出が本当の意味で正しいのかは分からない。本当の意味とは?

 とにかくまた一つ何かが動きはじめた気がした。イワウの未来? 分からない。

 でも今はいい。

 羊皮紙を丸めて小村千早に渡しているイワウに管理人へ連絡した方がいいと促す。

 

 壁に走って行って電話をとるイワウ。

 


「……はい、ユニットCのリーダーはイワウ・サンクタイッドと聖王様です……。いいえ、わたしと聖王様が選ばれた者です。聖王様というのは……はい。……いいえ、わたしです、……いいえ、わたしと聖王様がそうです、…………いいえ、それは何ですか? わたしは――」


 黙ったまま電話を壁に戻した新リーダーが振り返って。


「聖王様とわたしがリーダーだよね?」


 そして英愛寮に鐘が鳴る――5時だ。


 共有リビング、天井のどこかから管理人の声。


「ユニットCは期限に間に合わなかったと判断します、ペナルティがあります」


 ペナルティ、私たちに何かが課せられる。


 日本で生きてゆけるのか? 


「聖王様ぁ、わたしたちがリーダーだよね⁇」 

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