第7話 あみだくじは運命です
「なんかいい匂いするね」
初めて見るものを子ぎつねがくんくんと嗅ぐようにして、ペン先がかすめて濡れた鼻の頭をマントの内側で使ってぬぐう。大丈夫、口のまわりはキレイだよ。
「ひぃひぃ……っッゅん」
我慢しようとしてくしゃみをしてから、何もなかったような真面目な表情をして、
パチン、と白い手がペンの蓋を閉じる。
「まあ、甘いものは公国より少し多いかもしれない、だけど家の屋根に穴が空いているのは残念……あれも透明なやつ? このイワウ・サンクタイッドにも知らないことはある……え黒瀬? それは聖王様が付けたごっこ遊びの名前、ずっと日本人の真似して遊んでるんだよおもしろくないね」
ともかく日本語は上達している。が、
堂々と本名を名乗るのは……もうどうしようもできない。
イワウだって日本の生活で変わってゆくし、ごっこ遊びではないとちゃんと気付く。きっと彼女は泣かずに我慢する。
【サンクタイッド】は二人で公国に漂着してから、育ての親からもらった名前、ということにした。
「役目があるのに、本当はないって言ったり聖王様はちょっとおかしい、日本まで遠かったからな? リーダー? わたしたちは選ばれた者だよ、」
何を言ってるの? という顔をしながら蛍光ペンを火狩の手に戻した。
だんだん居住エリアの方が騒がしくなって、楽しげな声が聞こえはじめた。
リーダー選出が済んだユニットはもう居室に行っているらしい。
胸に付いたポケットにペンを戻した鶴来火狩は膝に両腕を置いて両手を組み、座ったまま少し前かがみになった。余裕のある笑顔を見せてから、
「あの管理人は期限をのばしてくれそうにはないから、例えば、あみだくじで一人を選んでその結果に文句なしってのは? 僕はそれでも構わない……あれは何であみだくじって言うんだろうなあ、まあいいか」
人数分の縦線にたくさん横線を入れて……、その先の一つに当たり、リーダーの選出がそんな方法で? 日本という国が急に分からなくなる。「あみだくじ」には何か神聖な力が作用しているのですか?
「いいよ、それでも私たちが選ばれる」
イワウが賛同を示したところで鶴来火狩はすかさず選出方法に同意する者に挙手を求める。
5人の手がそろった――
再び広げられた羊皮紙はローテーブルの天板でくるっと丸まる。
もう一度平らにして、巻きぐせに従おうとする四隅を押さえる4人。
残った鶴来火狩が、胸の蛍光ペンを使って縦線を描いていく。
さっき私が引いた1本の線はそのままにして、さらに4本が足された。
5本の線、これが私たちユニットメンバーを示している。
「順番に横線を入れていこう、じゃあ……」
彼は隣に少し身を寄せて、一隅を押さえていた小村千早の手の上から覆うように内側に指先を置く、重なりそうな手のままで二人はもう一方の手で蛍光ペンをやり取りした。
「わあ、そのぐるぐるって描くのいいね!」
横線を足していく小村千早の一つに喜ぶイワウ。
「次はあなたがする? 線は他の横線につながらないように注意して、分かる?」
「うん分かった」
押さえる手とペンを交代しながら、千早は優しい口調で説明した。
「いくつ描いていいの? そうか、みんなも描きたいか」
次がベル、そして私が最後に線を足して、あみだくじの線が完成した。
イワウのぐるぐるが目立つ。
4人が背を向け、残った火狩が当たりの星印を入れた5本の線の端っこは羊皮紙を丸めて隠された。
順番に自分の線を選んで署名を入れてゆく。
イワウ・サンクタイッドの署名は私の隣にある。
最後に鶴来火狩が署名を終える。
もう一度羊皮紙が広げられて四隅を4人が押さえる。
鶴来火狩は別の、鮮やかな赤い蛍光ペンを出してイワウに手渡した。
当たりを示す星のある線の端にペン先が置かれる。
鮮やかに発色するインクがじわっと広がる。
そしてイワウのペンは動き出す――
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