第6話 蛍光ペンです
「じゃあ僕から? 高校3年間を楽しもうって気持ちだから、その先は全く考えていないな、未来のことは考えない、過去は振り返らない、それが僕のポリシーかな、だから入試で成績がトップになれなかったことは全然気にしてない、このセリフって僕はさっきも言った?」
残された時間で順番にリーダーへの抱負を語ることになった。
子ぎつねに戻ったイワウの順番は最後にまわされた。
今だけを考える――なんという創意あふれる生き方だ! 冗談を交えて未来を語ることのできる鶴来火狩という男に私は憧れを抱いた。
横では、なんて愚かなことを、という冷めた眼差しをしていたイワウが、やっぱりすぐに帰ったほうがいいんじゃない? と言いたげな視線をこちらに送る。
「たかが5人でもユニットをまとめる大変さは、まさに今、みんなが感じているところだし、雑務をあるし、他のユニットとの折衝もこなすのは正直面倒だ。そんな寮内のごたごたに巻き込まれずに外でプライベートを満喫したい、と考えていたのだけど、あれ、過去を振り返ってしまったかな、ポリシーに反する行為だね、まあとにかくやるとなったらやるさ、はい次、」
ねえ聖王様、それ頂戴――だめっ! もうすぐ夕食だと思うよ。
「ねえ、このマイク代わりの蛍光ペンいる? そういう比喩っていうか候補者演説的な小道具、ベルでも意味分かんないでしょ、へえ分かるの、二人には聞く必要もないね。抱負っていうのじゃないけど、ラッキーだと思ったのは事実。おとぎの国から来た人と話してるのは世界中で私たちしかいない、これは宇宙人に会うより希少よ。だから、ユニット組んでもサバサバと割り切って暮らすより、真っ向から勝負すべきだと思ったわけ、だっておとぎの国でしょ、ファンタジーの世界! そういうの好きなの……それだけ、はい次、」
宇宙人ってなあに? ――さあ?
千早が手に持ってるやつのキレイだねえ――不思議な色合いだ、何だろうねあれ。
「はい、マイクをありがとうございます。私は全く別の理由から立候補しました。もちろん公国は遠く海を隔てていますが英国の隣国の一つですし、お二人には初めて会った方とは思えない親しみを覚えています。はい本当に……。私は自分の名に賭けて嘘を付きません。ええ、そうです。お二人を目にして、漠然と抱いていた印象を改めて認識しました。この寮には不思議が多い。それを知りたいということ、それが私が立候補する理由です」
英愛寮の管理人がどうも変であることに話題が移りそうになるのを私たちは戻した。
残った時間は僅かだ。共有リビングの片隅、電話をする機械が壁に取り付けられていることを私たちは確認した。
手渡されて受け取る――どうやらインクが内部に入ったペンらしい。
チュニックの腰から垂れ下げていたポケットの中身を取り出す。
透明な袋に入ったビスケットと……、いいや食べるために出したんじゃないよ。
丸めていたのを広げてさっとペンを横切らせると鮮やかな黄色の筋ができる。
おお! 遮る私の腕を掻い潜ろうとしていたイワウも驚きの声。
「こんな色合いを初めて見ました、皆さんが当然に知っていることを私は何も知らない。……これは羊皮を薄く伸ばしたものですけど? 羊皮紙? へえ、私は自分の使っていたものすら知らなった。鶴来火狩さん、……いいんですか、火狩の言う方針と同じように、日本で生きることだけを考えています」
私たちには今しかないのだ。
そして蓋をしめた蛍光ペンがイワウの手に渡った――
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