第5話 多数決は食べられません
選ばれなかった者として生きよう、役目より大事なものがきっとある――
やさしく手をとり視線を逸らさずに言うと、彼女の瞳の驚きが怒りに染まる。
ビスケットをのみ込んだ口をさらにかたく閉じてゔぅぅー、と唸り声で威嚇する子ぎつね。もっていた透明な袋に入れた分をローテーブルに置き、その手でつくった拳で私をたたく。
殴打される痛みに耐える私の顔を見て面白がる小村千早。
「許された時間は残り30分ほど、選出の方法を決めましょう」
ゆったりと紅茶を飲みながらベルは切り出して、
「今のところ、アスタさんとイワウさんが自薦している、ということもできます。二人のどちらを選ぶか、それを選出する方法を決めてはどうですか?」
混乱する状況を整理して解決策を示した。
共有リビングの他のユニットの者たちはいつの間にかどこかに去っている。
「まあ、多数決が一番早いかな、立候補者は自分に投票するし、僕たちの3人の投票で決まるだろうね、僕はそれでいいけど、みんなは?」
一人一票。ここでは私の意向には他の者と同じ価値しかない。これが多数決か……。
ここでは一般の民なのだ、胸に突き上げる感情を隠すうち、
「私たちは二人で一緒です、それは決まっていることです」
習得しはじめている日本語で話すイワウ。
これからどちらか一方をリーダに選ぶんだよ、と説明する私を遮って、
「聖王様がリーダーなら私もそうです、私がリーダーなら聖王様もそうです」
「方法は満場一致しないと選出に進めないわね……、ベルなんとかして」
「いいえ、イワウさんの意図が分かりません、公国の兄妹には特殊なつながりがあるのでしょうか、異文化というより異世界に近いですね」
――そう日本は公国と何もかもが違う。
お茶が甘い、イワウが好きなビスケットも甘い。人を選ぶには多数決だ。
イワウは一人でふらぁーと背を向けて歩いてゆく。透明な板が付いた大きな窓のほう。
紅茶も飲み干したところで、残った私たちも長椅子から立ち上がった。
丘の尾根の端に位置する英愛寮は急な斜面に囲まれ雑木林が茂っている。
窓辺に立った5人が見晴らしのよい景色の遠くに視線をやった。
「ほら! 海はどこかでつながっているし、ずっと遠くで公国にもつながっている、日本も公国も変わらない、同じだよ」
私たちはアーシュの民であるし、聖王と、そして聖棺だ! 青い眼が言っている。
曇りのない表情、その横顔に夕陽が差している。
――どう伝えればいいんだろうか?
どうやっても彼女の信じるものを叩き壊すしかないことを改めて知る。
幼い頃に、いや今でもよく転んで擦りむいた膝を見つめる彼女の表情が脳裏に浮かんでは消える。
「まあ、ね……仕方ない、リーダーは僕がやってもいい、アーシュから来たばかりの二人には難しすぎる役職だし、押し付けてうまくやれずに困るのも僕たちだし……言っとくけど本当にやりたくないんだから」
「私たちがリーダーですけど?」とイワウ。
「日本語うまいね、今覚えたの? 君たちがあー、つまり、急にリーダーの仕事に興味が湧いてきたので僕がやるってこと」
「私たちがリーダーですけど?」
鶴来火狩とイワウの不毛なやり取りがはじまって、すぐに、
「では私も立候補します。理由は同じく、急にリーダーをやりたくなったからです」
「あらそう、偶然ね、私もたった今そう決めたところ、私こそリーダー」
イワウは戸惑いの眼をこちらに向けて助けを求める。
「聖王様、私たちがリーダーですけど⁉」
**
一泉高校入試スコア
黒瀬イワウ 100000 特殊1科(配点×10)
鶴来火狩 999999 一般10科
ベル・ネイファスト 999998 選択5科(配点×5)
小村千早 999995 一般10科
石沢アスタ 999990 特殊1科(配点×10)
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