最後の花火

ヤン

最後の花火

「今日、オレのうちで花火やろうよ」


 あと一時間でライヴが始まるというタイミングで、サイちゃんが突然言った。僕たち三人は、「え」と言って、その後何も言えなかった。


 花火と言えば、主に夏にやる物だろう。今は、晩秋。外は冷たい風が吹いていて、もう冬なんじゃないかと思うくらいだ。それなのに、何故、花火?


「何黙ってるの? 来るよね?」


 サイちゃんの言葉に、水上みずかみ高矢たかやが腕組みをして、


「花火? 何で、今頃」

「昨日、家で見つけたから。でもね、いつ買ったのかも忘れたんだけど。ま、いいじゃん。やろう」


 サイちゃんが、にっこりと微笑む。僕と高矢と杉山すぎやまはじめは、お互い顔を見合わせた後、サイちゃんの方に向き、頷いた。才ちゃんは満足そうに、「だよね?」と言った。


 ライヴが終わった後、サイちゃんの家に行った。お屋敷のようなこの家の広い庭で、僕たちは花火をするのか、と不思議な気持ちになった。部屋に通された後、


「ちょっと、ここで座って待っててよ。準備するから」


 楽しそうに、サイちゃんが言う。僕たちは、言われた通りに椅子に座った。ばあやさんが、四人分の飲み物を持ってきてくれた。サイちゃんは忙しそうなので、僕たちで先に飲むことにした。一口飲んだ高矢が、息を大きく吐き出して、


「サイちゃん、何かものすごく楽しそうだよな」

「ね? さっきのライヴより、全然こっちのが楽しそう」


 杉山創……スギちゃんも高矢の言葉に同意を示した。僕も同感だった。ライヴの時のサイちゃんは、いつだってニコリともしない。それが、今はどうだろう。鼻歌を歌いながら、バケツを右手に下げて庭に降りて行っている。僕たちのバンド・アスピリンのファンがこの姿を見たら、絶対にびっくりするだろう。


 僕たちが飲み物を飲み終えたちょうどその時、サイちゃんが、「準備出来たよ」と声を掛けてきたので、三人で庭に向かった。そこには、大きな袋に入った花火がたくさんあった。


「さっきも言ったけど、これ、いつ買ったかも覚えてないから、ちゃんと花火としての役割を果たすかわからないけど」


 サイちゃんはそう言うと、袋を豪快に破って、何本ずつか僕たちに手渡した。サイちゃんが火をつけてくれるが、一向に役割を果たしてくれない。たぶん、湿気が来ているのだろう。


 サイちゃんも花火を手に取って火をつけたが、同じことだった。


「もう、これ、無理だろ」


 高矢が、一番に根を上げた。両手を腰にあてがい、僕たち挑戦者を見る側に回った。その内、スギちゃんも、「やーめた」と言って、見る側になってしまった。


 僕とサイちゃんは、諦めずに立ち向かって行った。そして、とうとう最後の一本になってしまった。線香花火だった。サイちゃんは、それを手に持つと、ニヤッと笑って、僕に渡してきた。


「はい、キョウちゃん。これで最後。最後の花火だよ」

「最後だね」

「頼んだよ」

「えー、やだな。そんなプレッシャー、掛けないでよ」


 僕がサイちゃんに抗議していると、高矢とスギちゃんが、「キョウちゃん、頑張れー」と、さらにプレッシャーを掛けてきた。思わず溜息をついた。


「じゃあ、頑張ります」


 一体何を頑張ればいいのだろう。


 サイちゃんが、僕が手にする花火に火をつけた。またダメだろうか、と思った瞬間だった。何とも可愛らしく、パチパチと燃え始めた。思わず花火から目を離し、


「やった」


 大きな声で言ってしまった。三人も僕のそばに来て、「おー」と声を上げた。


 燃え上って美しい姿を見せた後、だんだんと小さくなっていった。この、寂しくなる気持ちはなんだろう。


 燃え尽きようとしている、正にその時だった。サイちゃんが、僕の肩をポンと叩いた。その振動により、花火の先が、ボトンと落ちてしまった。最後の花火、強制終了。


「サイちゃん。なんてことしてくれるんだよ」


 思わず非難の声を上げたが、彼は薄く笑って、


「え? 何のこと?」


 言い返す気力を奪われる、サイちゃんの一言に、僕は肩を落とした。それ以上この件に関しては何も言わず、花火の残骸をバケツに入れた。サイちゃんは、僕のすぐ後ろに立って、


「さすが、オレのだね」


 彼にとって僕は、母親違いの弟。どんなに優しくしてくれても、本当はいい気がしないだろうな、と思ってきた。それなのに、弟と呼んで、こんなに優しい顔をしてくれるなんて反則だ。涙が零れてしまった。サイちゃんは、僕の頭をなでなでしてくれながら、


「何で泣くんだよ。オレ、いじめてないし」

「だって、本当は嫌われてるんじゃないかと思ってたのに、そんなこと言うから」

「何で嫌われてるとか思ってるの? オレ、初めて会った時からずっと好きなのにな」


 笑って言う。信用出来ない。そう思いながらも、心は温かい。


「僕も、サイちゃん好きだよ」


 僕がそう言うと、サイちゃんは微笑み、「だよね?」と言った。     (完)




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