4

 アベルは、先ほどまで作業をしていた場所に戻っていた。緩んでいた添え木を直して回っている。


 レティシアが歩み寄ると、ぴくりと一瞬だけ体を震わせ……何事もなかったかのように作業を再開していた。


 いったい、何を話せば良いのかさっぱりわからない。話したいことや聞きたいことはたくさんあるが、とても聞ける雰囲気じゃない。


 だから、レティシアはずっと言いたかったことを、言うことにした。


「あの、アベル様……あの時は、ありがとうございました」

「……ああ」


 ぽつんとそういいながら、手を休める気配はなかった。


「あの……私、重かったでしょう?」

「ああ」


 今度は即答だ。傷ついた顔を、隠せなかった。そんな顔を横目でチラリと見たアベルは、またぽつりと告げた。


「命の重みだ。軽いはずがない」

「……え?」


 尋ね返しても、もう応えてはくれなかった。つんと向こうを向いたままだ。仕方なく、別の話に切り替えた。


「あの……あの時だけじゃなくて、以前助けて頂いたことも、ありがとうございます」

「以前? 何の話だ」

「昔、大きな木に登って下りられなくなった時があって……でも空を飛ぶ魔術を駆使して助けて下さった方がいたんです。あの人は……アベル様、ですよね?」


 アベルはレティシアの方を見ようとはしないが、言われたことについて、何かを考え込んでいた。


「……ああ。あの時の……」

「そ、そうです。あの時の子供です」

「なんだ。あの間抜けはお前か」

「ま、間抜けって何ですか!」

「自分で登っておいて下りられないと泣き喚いていた様を間抜けと言わずして何と言う」

「うぅ……!」

「あの時は、お前のためじゃない。リュシアンが心配そうに泣いていた。だから助けた……それだけだ」

「そう……だったんですか」


 レティシアは、思わず俯いてしまった。お前のためじゃない、と言われて、胸の奥がずんと重くなっていた。


 対して、アベルはほんの少し、笑っていた。


「何が可笑しいんですか!」

「別に何も。そういえば、聖女の地位はどうなるんだ?」

「私がしばらくは『聖女代理』ということになりました」

「『代理』? 聖女そのものではなく?」


 レティシアは、清々しく、そしてあっけらかんと頷いた。


「まぁそこは色々と事情がありまして……陛下も王妃様も王太子様も、了承済みなんです」

「了承済みとは、何をだ?」

「内緒です」


 先ほどの訳が分からなかった状況の、ささやかな仕返しが出来たようで、ほんの少し、嬉しかった。


 だが、今は未だその続きを言えなかった。


 あの後、アネットが位を返上したら、流れるようにレティシアに聖女の地位に就くよう話が舞い込んできた。だが、レティシアは断った。


 理由は……


(だって、今の決まりだと、聖女になれば必然的に国王と結婚しなくちゃいけないじゃない)

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