第3話 本当の願い

 死ぬのは怖くなかった。


 私は平家一門に生まれた武士だ。

 一族の危機を救うために生まれたのだ。

 幼き時からそう教えられ育てられてきた。

 

 私は、一族の危機を救えるような人になるには、どうしたらいいか考えた。

 そして、人の倍、鍛錬を重ねた。

 体を鍛え、弓をならい、武士としても認められ始めた。

 それでも私をおなご扱いする奴らは、鍛えた拳で黙らせた。


 しかし、いくら鍛錬しても、腕や足は細いままだった。

 しかも成長するにつれ、胸は膨らみ月のものも始まった。

 自分の体がおなごであると、嫌でも思い知らされる。

 悔しい……。


 

 そんなやりきれない気持ちに包まれた時、私は笛を吹いた。


 笛を奏でているときは、男も女もなく、武士も姫もない。

 一族の危機を救う救世主でもない。

 だだの一人の人でいられた。



 

 だから、あの時。

 自分がこれから死んで、これまで積み重ねてきたものがすべて無駄だったことが分かった時。


 私が思いがけず、あんなことを願ってしまったことに。

 私はとてもおどろいた。


 (ああ、一度でいい、恋というものをしてみたかった。)

 (ちゃんとおなごとしてみてほしかった。)

 (私をどんな時でも支え、励まし、味方をしてくれる。そんな人と出会いたかった。)

 (そして……。)


 


「あっ、気が付いた!?」


 まぶたが重い。

 陣屋では無いようだ。

 真っ白な壁、まばゆい灯。

 それに暖かい。

 これが話に聞いた極楽浄土とやらか……。


「ぜんぜん目が覚めないから焦ったよ。息はしてるから死んでないとは思ったけど、もう5分目覚めなかったら、救急車呼ぼうと思ってたんだ。」


 目の前の男を見る。

 見たこともない衣服を着ている。

 私より少し年齢は上か。

 背は父や兄達より高い。

 が、あまり鍛えているようには見えない。


 私を見て微笑んでいる。

 優しく温かい目……。


 思ってたお浄土とは違うな。

 それに、私が着ているこの蒼く柔らかい衣服。

 においをかいでみる。

 嗅いだことなのない臭いだ。

 

「あっ。君の服は……その……汗びっしょりだったから、着替えさせたよ。俺のジャージだけど洗濯はしてあるやつだから。」

 

 着替えさせた?

 もしやこの男、私の身体を……。

 見られた?

 誰にも見せたことのない、私の……秘密の身体を!?

 顔が急激に熱くなる。


「着替えさせたといっても、なるべく、その……見ないようにしたから大丈夫。ぜんぜん触ったりしてないし。大丈夫。だいじょうブッ!!!」


 私は立ち上がり、目の前の男の顔面に拳を叩きこんだ。


 


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青葉(おおは)の笛 ~僕の初恋は平敦盛 異説タイムトラベル平家物語~ 池田 裾兵衛 @micho1226

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