最終話 私のお腹から錬成物が生まれます。③

 さっそく行ってみようということになったのだけど、一旦家に帰らなくては。

 私は一回死んだので、両親ともにちょっと過保護になっている。


 魔王と宇宙で対決して勝った私に対して過保護も何も無いと思うんだけど……。

 それでも、心配掛けたわけだし、これ以上父の生え際が心労で後退していくのもなんだなあと思う。


 なので、ちゃんと両親に報告してからスペースコロニーに行くことにしたのだった。


「そうか……。俺も連れてって欲しい……けど明日は仕事だ」


 父が実に無念そうに言う。

 そこそこの役職なので、責任があるんだって。


「私は高所恐怖症なので……」


 母も辞退だ。

 これ以上無いくらい高いところに行くもんね。

 母としては、想像しただけでクラクラしてくるらしい。


『では僕とナリさんで行くとしましょう』


「娘に手を出すなよ! 結婚は18歳を越えてからだからな……!!」


 歯をむき出しにしてケミストリを威嚇する父。

 なんという心配性だろうか!


『ハハハ、心配しなくてもそんな事はありません。というか僕、ナリさんの恐ろしさはよく存じ上げていますからね……』


「失敬な」


「ナリ、あっちでもあなた何かしてたのね」


 母が何かを察したような顔をしている……。

 もっと娘を信頼して欲しいなあ。


 結局、夕食を食べてから行くのでいいのではないかということになり、ケミストリを囲んで餃子などをつついた。


『珍味ですね……。こんな美味しいものがあるのに、ナリさんはよくアルケイディアの食事に文句言わなかったね』


「私、美味しいものは好きだけど、食べられればまあまあ文句は言わない主義なんだよね」


「ナリは好き嫌いないもんなあ」


 うんうん頷く父。

 そう言えば私、小さい頃から一切のアレルギーもなくて、甘いもの辛いものしょっぱいもの苦いもの、なんでも食べていた気がする。

 それが吸引する能力に結びついたりしたのかしら……!


 まあ、今は餃子に集中する。

 ほどほどお腹が膨れたところで、では出発ということになった。


 空が騒がしい。


「テレビでやってたけど、向こうの軍の飛行機が飛んでるって」


「へえー」


 夕方にスペースコロニーが成層圏を抜けていったから、流石に警戒態勢に入ってるんだろう。

 もしかして、他の国も慌ててたりするんじゃない?


「ケミストリ、もしかしてミサイルで攻撃されるかもよ? 大丈夫?」


『魔力が籠もっていないなら、アルケイディアには通用しないかな』


「魔王と一緒じゃない」


『物理法則以外に、魔法法則があるからね。こちらからすると、この世界は次元が一つ低いようなものなんだ』


 難しいことを言うなあ。

 さて、リビングに転がっていたアメンボのお尻を叩いて出発。


 彼の背中に乗って、後ろにはケミストリが……。


「ケミストリのままだと大きいんだから、トムになって!」


『ええっ、ご両親の前で!?』


「いいじゃない。宇宙で会ったときにはもうヒトデだったでしょ? 今更今更」


 ケミストリをポンポン叩いて、「トム!」と呼んだ。

 彼は諦めた顔で、ヒトデになる。


「あっ、小さくなった!!」


「星になった!」


 ヒトデじゃなくて?

 私はトムをつまむと、アメンボの頭に載せた。


「じゃあ、行ってきます! 朝には帰ってくると思う!」


「朝帰りだと!?」


 人聞きの悪いことを言ってムキーッと暴れる父。

 自ら怒りワードを生み出さないでほしいなあ!


 母が父の首筋を叩いて昏倒させたので、これで落ち着くだろう。

 いつもの家族を見下ろしながら、私は空へ。


 ぶいーんと飛び上がるアメンボ。

 やっぱり、この背中は落ち着くなあ。


 すると、バラバラと音がしてヘリが近づいてきた。

 何か言ってる。


「なんですかね?」


「止まれって言ってる。この世界はめんどくさくてねー。領空というのがあって、空の上もその国の国土なのね」


「ははあ、コロニー世界の我々には縁遠い概念ですねえ」


 アルケイディアは空の上が別の大地だもんねえ。

 ヘリは、私たちにどこへ行くのかと聞いている。

 明らかに声色は動揺してるんだけど。


「まあ、女子高生がアメンボにまたがって空飛んでたらびっくりするよね」


「それでどうします?」


「言う事聞くわけないじゃん。浮上! あ、念のためにここにね、家の古くなったDVDデッキとか持ってきててね」


「ほうほう、それで何を?」


「吸引!」


 キュイイイイイイインッ!


 ヘリの中の人たちが驚いた。

 私がいきなりDVDデッキを取り出したと思ったら、キュッと吸い込んだんだからまあびっくりするだろう。


◯お腹の中

 DVDデッキ

 ◯HKスペシャルDVD


「あ、なんか入ってた!」


◯レシピ

 宇宙服


「何か出来るだろうと思ったけど、これはベスト! じゃあ、錬成!」


 私のお腹がピカッと光り、不覚にもワイシャツのお腹ボタンをふっ飛ばして錬成物が登場した。

 しまったー!

 ついにやってしまった。


 だけど、出現した宇宙服はすぐに私を包み込む。

 むき出しのお腹を見られる心配はなし!


「はい、アメンボ急上昇! 空に向かって直角に上がって!」


『スイスイ!!』


 ヘリは何か叫んでる。

 だけど、流石に宇宙服になった女子高生相手に発泡するのは躊躇われるみたい。


 撃たれても多分、通用しないんだけど。

 これ、アルケイディアはその気になったら、世界征服とかできちゃったりしない?


 なるほど、こっちの世界に魔王とか越させちゃったら絶対にだめだなあ。


「ナリさんが魔王みたいなものなのでは」


「なんてことを言うのだ」


 アメンボの頭にトムを手のひらで押し付けた。


「ウグワーッ」


 そのまま、私たちはどんどんと上昇。

 周りに見える星の数がどんどん増えていく。


 空から、宇宙に変わっていっているのだ。

 私は宇宙服なので、問題なし。


「宇宙服ができなかったらどうするつもりだったんですか?」


「え? いけるんじゃないかなーって、何となく思ってた。だって、お腹が減らなくなってたり、色々吸引したりするのももう人間じゃないでしょ」


「そりゃあそうなんですが……結果オーライですねえ!」


「割りと座右の銘だから!」


『スイスイ!』


 アメンボが何か言った。

 だけど、声は聞こえてこない。

 彼の上に載っているから、振動で声が届くのだ。


 ……ということは……真空だ!

 宇宙にやって来た!


 目の前には、どーんと大きなコロニーアルケイディア。


「あれって近すぎない? 私、詳しくないんだけど、なんか重力に引っ張られて地球に落ちてきたりしないわけ?」


「よくわかりませんが、その重力というのは魔法でも存在しますからね。この星の周囲は太陽の光を容易に取り込めるので、これを二つの人工太陽で魔力変換。常時重力魔法を使用することで、割りと自由自在に星の周りを飛び回れます」


「私が知ってるコロニーじゃないなあ!」


 アルケイディアが、かなりやんちゃなコロニーだということがよくわかった。

 そして宇宙に上がって気づくんだけど、これ、すごい数のゴミが浮いてるねえ!


「スペースデブリかあ」


「ナリさん詳しい……!」


「女子高生の基礎知識だよ?」


「そうなんですか!?」


 そうなのだ。


「せっかく宇宙にやって来て、星空がきれいなのに、ゴミだらけってのは気に入らないよね。よし、じゃあ私が綺麗にしちゃおう!」


 そのための私の能力!

 吸引なのだ。


 宇宙船越しだとどうなるのかな……?


「吸引!!」


 辺りに向かって、私は宣言した、


キュイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイインッ!!


 そうすると……。

 宇宙服のヘッド部分が展開して、そこからスペースデブリがどんどん入ってくるじゃないか。


「真空って吸い込めるんだねえ!」


「そうなんですねえ!」


 私もトムも、その辺をよく知らないので、まあ真空は吸い込めるんだろうという話になった。

 ダークマターとかいう話を聞いたのは後のことだ。


 どこまでもどこまでも、遥か遠くからもスペースデブリが集まってくる。

 なんかこれ、地球を巡ってるデブリが片っ端から集まってきてない?


 なんと、一時間あまりにも渡る吸引が終わる。

 気づくと、周辺はスッキリしていた。

 見渡すかぎり、スペースデブリの姿はない。


 さて、お腹の中はどうなってるかな……。



◯お腹の中

 スペースデブリ

 スペースデブリ

 スペースデブリ

 スペースデブリ……


 以下、ずっと長く長く続く。

 そして出てくるレシピ。


◯レシピ

 ネオ・アルケイディア


「ははあ、アルケイディアがさらに大きくなっちゃうかも知れない」


「なんですって」


 トムがアメンボの上でびっくりして飛び上がった。

 そして無重力のお陰でスイーッと流れていく。


「ウグワーッ」


「こらこらこら!」


 私は慌てて、彼の足をつかむ。


「ウグワーッ! そこは頭です!!」


「またか!!」


 だけど、とりあえず回収。

 そして生み出すのは、新しいアルケイディア。


 ドーナツの形を覆うように、外部装甲みたいなのがついた。

 これは……丸が連なるような形のドーナツ!


 ポン・デ・ケイジョっぽいドーナツだ……。


「やっぱりドーナツなんだねえ……。私の食い意地が生み出したものかもしれない」


 私、しみじみと呟く。

 ゆっくりと、新たなアルケイディアに近づいていく。


 すると……ちょうど地球の向こうから、新しい朝の太陽が覗くところだった。

 光はドーナツの穴を通して、私に届いてくる。


 いやあ、宇宙の夜明けって感じがする!

 そんな私のお腹から、グーッと音が鳴った。


 ちょうど体に押し付けていたトムが「おやっ!?」なんて言うのだ。


「あ……なんか久々にお腹が空いたかも……! 出すもの出しちゃったからかなあ」


 私がしみじみ呟くと、トムは「ナリさん、言い方ぁ!」と突っ込んでくるのだった。

 さあ、アルケイディアに行って何か食べさせてもらおう!


 全身に太陽の光を浴びながら、ゆっくりと宇宙を漂う。

 私が救った世界、アルケイディアはガラスの海をキラキラ輝かせている。

 それはまるで、私を歓迎しているみたいだった。


「ただいま!」


 私は声を張り上げて、ちょっと懐かしい異世界の扉をくぐった。



(おわり)

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わたしのお腹から錬成物が生まれます。~やけ食い転生、なんでも吸い込み、お腹の中で錬成、いろいろ作って世界も救ってスローに旅します~ あけちともあき @nyankoteacher7

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