第42話 世界はつながったまま②
放課後には、一ヶ月半勉強が遅れている分の補習を受けるのだけれど……。
これが不思議なことに、スイスイ頭の中に入ってくる。
もしかして……与えられる知識を吸引してる……!?
そーっとステータスを確認する。
◯お腹の中
数学知識
やっぱり……!!
これが、しばらくするとスウーっと消えていく。
私に吸収されてるらしい。
便利!
初めて、吸引の能力があって良かったと思ったよ!
私の吸収能力がとても高いので、教師も楽そうだ。
みるみる補習は消化されていった。
そして、補習授業のいい点が一つあった。
私は報道や動画ですっぱ抜かれて、しばらくの間はちょっとした有名人みたいになっていたのだけれど……。
補習のお陰で、私が帰る時間が極めてマチマチになったのだ。
校門前で私を待っていても、いつ出てくるか分からない。
大体夕方だけど、ちょっと相手がじれてるな、という頃合いを狙って、私は適当なところの壁を乗り越えて帰宅していた。
現実世界も、まあまあエキサイティングじゃない。
アルケイディアと違って、こっちは命の危険がないけれど。
ああ、退屈な日常だけど、たまにはこういうのもいいかあ……なんて思っていた矢先だった。
遠くの方で、スポーンと虹色の光が打ち上がった。
あれは魔力の渦だなあ……なんて、帰り道でぼんやり眺める私。
すると、虹色の光がぐんぐん伸びてきて、こっちの方にやってくるじゃないか。
「うわー」
「なんたる危機感のない叫び声でしょう! ナリさん鈍ってないですか!」
『スイスイ!』
懐かしい声がした。
それは、アメンボマシーンと、その頭上に乗ったヒトデのトムじゃないか。
「アメンボ!」
『スイ!』
「僕は!!」
「ごめんごめん、トム! どうしたの? 何か用事? 遊びに来た? 学校なんかサボって東京案内しちゃうよ?」
「さぼるのはいかがなものかと! それよりもナリさん、アルケイディアは一つの決定をしました!」
「決定?」
何を一大事みたいに言っているんだろう。
あのスペースコロニーは、宇宙を旅する宇宙船みたいなものだった。
それがどこへ行く、というのが私に関係してたりするんだろうか?
「アルケイディアは魔力の渦を利用してこちらに移動します! つまり、この星……古い記録にはテラメディアとありますが、その外周を周回する形になります! ついに僕らは母星となるものを見つけたのです! まあ、誰も星に降りたりはしませんけど」
「ほえー。つまりどういうこと?」
「情報量が多いので、ナリさんが理解を放棄しましたね。つまりですね。僕らもこっちの世界に住むということです! こっちにはエーテルが無いようですが、その分、物質エネルギーを容易に加工できるみたいですし。なんとかなるでしょう!」
なるほど、たしかにこれは一大事だった。
光が私のところにやって来たので、これを目印に報道とか動画を作っている人なんかがバタバタとやってくる。
いつもなら適当に逃げて撒いてしまうんだが、今日はそんな必要がない。
トムは彼らの目の前で、光とともに姿を変え、ケミストリとなった。
『僕は異世界の神、ケミストリ。諸君の持っているデバイスを通じて、こちらからの意見を届けてもらおう。我々アルケイディアは、こちらの世界に引っ越す。期日は今日。時間はこれから。諸君が神宮の穴と呼んでいるあそこから、アルケイディアは姿を現す。そのまま宇宙まで飛翔していくから、よく見ているといいだろう』
凄いことを言ったのだが、あまりにも突拍子が無い。
みんな、ポカーンとしてこれを聞いていた。
どうやら生放送になってたらしく、ケミストリの発言は日本のあちこちに流されてしまったようだ。
きっと、大騒ぎになるに違いない。
だけど何もかも間に合わない。
だって、今この瞬間からアルケイディアのお引越しが始まったのだから。
虹色の光が猛烈な勢いで溢れてくる。
夕方の空が、真昼のように明るくなった。
まるで、新しい太陽が生まれたみたいだ。
そんな強烈な光は一瞬で晴れて、そこにはドーナツ型の巨大な物体が浮かんでいた。
大きいなあ……!
都心から、東京は多摩地区にある私の高校まで届く大きさだ。
つまり、アルケイディアのドーナツは、私の頭上まで続いている。
そんな巨大な建造物が、ゆっくりと空に向かって上昇していくのだ。
いや、これって急速に上昇してる?
街は大パニックになった。
何の前触れもなく、巨大なスペースコロニーが東京都上空に出現したんだもの。
そりゃあみんな驚く。
そしてあらゆる場所が落ち着いたり、対処したりする前に、コロニーは信じられない勢いで大気圏を抜けて行ってしまった。
夕暮れの空に、ドーナツ型の構造物が小さく見える。
地上から見えちゃうってすごい話だな……。
なお、魔力の渦はアルケイディアが飛び出してきた勢いで崩れ、埋まってしまったらしい。
『あのままでは、我々の世界の新たなる魔王が、またこちらにやってくる可能性があった。全開は歪な成長を遂げた、中途半端な魔王パナンコッタで済んだが、もしも冷静できちんと成長した強力な魔王が来た場合、この世界は対処ができないだろう』
「あー、ミサイル通じてなかったもんね」
『世界の法則が違うからね。魔王は、魔力を込めた攻撃でなければ通用しないんだ。だが、この世界は魔力と決別している。実質、倒す手段がない。だが、だからこそ安全とも言える。アルケイディアがこちらに来たのは、そういう意味合いもあるんだ』
『スイスイ』
『無粋な事を言うのはやめるんだアメンボ』
「えっ、何言ってるの?」
『知らなくていい……』
『スイー』
『よせ』
何か、ケミストリとアメンボがわちゃわちゃ言い合ってる。
気になるなあ。
だけど私の気持ちは、なぜだかウキウキしていた。
退屈だけど平和な日常を過ごす、まったりとした気分が嘘のようだ。
なんだかんだ、私はアルケイディアで過ごした、あの騒がしくて危険で、極彩色の日々が好きだったのかもしれない。
「ねえケミストリ、それじゃあ、私もアルケイディアに連れてってよ」
『もちろんだとも。今すぐだって構わないが……』
「今から家に帰るもの。そうだなあ……。今度の日曜日、お弁当用意していくからさ。迎えに来てよ」
『ああ、いいとも』
この後、突然地球の衛星軌道上に出現した巨大コロニーに、世の中はまたまた大騒ぎになるわけだが……。
そんなことなんかお構いなく、私は新しい日常をエンジョイする気満々なのだった。
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