本文

「だから、好きです。付き合って下さい」

 前文として、つらつらと相手のいいところを述べ、その後流れるように告白したのは、二年生の山際海斗、二年生間では人気があり、入学から数えて三回ほど告白され、そのどれもを断って来た男であった。


「ごめんなさい、私そういうのに興味なくて」


 きっぱり断ると、送られた手紙を返し、踵を返していくのは、先月この高校に入学したばかりの伊佐菜美紀。身長が高く、大きな胸、緩くまかれた長い黒髪は元々整っている姿かたちに入念な手入れを施し、百二十パーセント生かしきっている。その容姿のせいか、この学校に入学して以来、三回目の呼び出しである。

 そんな、彼女は十分山際から呼び出された体育館裏を離れると、草陰に声をかけた。

「終わったわよ、お兄ちゃん、早く帰りましょ」

「はいはい、お疲れさまでした、美紀はいつもモテモテで大変そうですね」

 草陰からのそのそと出てきたのは、彼女の双子の兄の伊佐菜響である。美紀と兄妹というだけあり、こちらも容姿には優れているのだが、少し伸ばした黒髪のせいで野暮ったいイメージを周りに持たれがちである。

「で、なんて断ったの?」

「普通に付き合えないって言って、もらった手紙も返してきた」

「ぬるいわね、そういう時はこうやるのよ」

 もらった手紙を破いて、ばらまくようなしぐさをする。

「さすがに、そんなことまで、真似できないわ、相手の方に申し訳ないし」

 幻想の破かれた手紙を目で追っているのか、苦笑いで響の行動にこたえる。

 それでも、響きは実際に美紀に告白してきた男子の何人かは送った手紙を目の前で破かれているのを目撃している。

「それとさ、言葉使い……」

「あっ、ごめんあそばせ、いくら経っても慣れないのよね」

 頬に手を当ててわざとらしいほど、訂正をするが、それも男の響の言葉使いとは言えなかった。

「どんどん崩れていってるわよ、お兄ちゃんってば……」

「もういいわよ、めんどくさいし、周りに誰もいないでしょ」

「地方の田舎で周りには畑しかないような学校だからって、どこで聞かれているかわからないし、できるだけ、お兄ちゃんの話し方でいってほしかったんだけど」

 周囲を確認する美紀と何も気にした様子なく大股で舗装の禿げかけたコンクリートの道を歩く響。

「いくら確認したって、ここ一本道だし、誰も聞いてないわ」

 二人の通う、千秋高校は山の麓にあり大きな幹線道路に出るまでは一本道であるため、響の言い分が正しいように聞こえる。

「前授業中に居眠りして、入れ替わってること完全に忘れて、休み時間普通に話しちゃってたのは誰でしたっけ?」

「響でしょ?」

「体わね、体はさ、今私が話しているのは心の話しよ、心の!」

「心の話しって、美紀ってば見かけによらず、いやらしいー、お兄ちゃんそんな妹に育てた覚えはないぞ!」

 大口で笑いながら前髪をぶんぶんとなびかせ、美紀の前ではしゃぎまわる。

「めんどくさいわね、もうここで全裸にでもなってやろうかしら」

「お兄ちゃん、そんなに妹の裸見たいとか、やっぱりいやらしいー」

「僕の顔で言われるといつもより腹立つね」

「あー、お兄ちゃんも間違えた―。 いっけないんだ―」

 今の説明でわかったか定かではないが、この二人はたまに体と心が入れ替わるのである。



「お兄ちゃん、朝だよ、起きよー」

 身だしなみを丁寧にセットした美紀は僕の頭をはたきながら起こしてきた。

「今日は、入れ替わりは、無しか」

 美紀の顔が目の前にあるということは今日の僕は響本人の様だ。

 入れ替わっていると僕を起こすのが僕の身体という恐怖現象が発生するが、何度も経験するとそんな現象にも慣れた。

 美紀は身だしなみに時間をかけているため、学校のある日は僕より早く起きる。もし入れ替わっているようであれば、美紀が起きたタイミングで一緒に起こされ、そのまま美紀に連れられ、朝から化粧やらヘアメイクが行われる。

「朝ごはんできてるよ、先に行ってるね」

 一昨日ぶりの自分の身体だというのに何不自由なく、使いこなせる美紀をたまに羨ましくなる。

「あの胸のせいで、肩は凝るし、床は見えないしで大変なはずなんだけどな」

 部屋の中に目を向けると昨日片づけた美紀の小物がもう散らばっている。響はそれを以前美紀の身体であった際に踏んづけ、痛い思いをしているが、美紀が何かを踏んだり、壊したりしている様子を見たことはない。部屋を汚すことはあるが、それでも美紀は器用に動き回れるのである。

 響と美紀は幼いころから少し大きめの部屋を共同で利用しており、将来的には2部屋と

することができるように、出入口は二つ、部屋の両隅にあるのだが、両親が部屋を分ける相談をした際に美紀が大反対をし、大泣きしたため、その案は没になってしまった。今では、部屋の中央付近の天井に申し訳ない程度のカーテンレールと、それに合わせてレールの両サイドにいつ使われたのかわからないカーテンがあるだけである。

「ここも散らかったままになってるし……」

 顔を洗うために二人の共同部屋から洗面所に来ると、朝から風呂に入る美紀が使ったであろう、バスタオルやパジャマ、下着類がそこら中に広がっている。

「あいつは恥ずかしくないの?」

 それらを拾い、この後、働かせられるであろう洗濯機の中に、自分の洗濯物と一緒に入れる。

「お兄ちゃんのエッチ」

 一階のリビングから様子を見に来たのか、美紀は洗面所のドアを少し開け、こちらを伺っていた。

「朝ごはん食べてなよ」

「お兄ちゃんが遅いからもしかして、お兄ちゃんの弟さんが反応しちゃって、私の下着を使って……」

 にやつきながらこちらの反応に期待の眼差しを向けてもらっても困る。

「それ以上言わないでください、朝から美紀のテンションに合わせられるほど、お兄ちゃんは出来が良くないからさ」

 美紀は早起きする分、僕よりも元気であり、朝は美紀に振り回される。

「ほら、戻るよ」

 美紀と会話をしながら制服に着替えた僕は洗面所を出ると美紀が後ろについてきた。


 食卓には僕と美紀の分の食事のみ並んでおり、早起きの両親は先に食べて仕事へ向かってしまったようだ。両親は仲が良く、同じ地方の住宅メーカーに勤め、社内恋愛の末に結ばれたらしい。

 そんな二人だからこそ、家にはこだわりたかったようで、職場から少し離れているが、敷地に余裕のあるこの場所に一軒家を建てたという。

「お兄ちゃん、あーん」

「今日は朝から元気だね」

 わざわざ、美紀の定位置ではなく、僕の隣へ移動して、食べている様子を邪険に扱いながらも今日も作業感覚で朝食を口に運ぶ。

 その作業も終盤に差し掛かってこようとタイミングで、美紀から衝撃の一言が告げられた。

「そういえば、今日は私たちが洗濯する日らしいよ」

「えーっと……」

 改めてダイニングテーブルを確認すると、確かに弁当箱の上に母親からのメッセージが置かれている。

『洗濯よろしく!』

 リビングの時計を確認し、この後の作業を確認する。

「私のおかげでしょ~」

 美紀は母親からのメモを早めに確認していたようで、いつもより、三十分ほど早くに僕を起こしたことを今更ながら知った。本当にぎりぎりまで寝かせてはくれたようだ。

「これなら何とかなるか、美紀は早くご飯食べちゃって」

 絡んでいたせいか食事の手が遅くなっている美紀を急かすと、僕は急いで二階に戻り、洗濯機のボタンを押した。

 それでも、お弁当は作ってくれた、母さんありがとう。


「ぎりぎり、何とかなったわね」

「ほんと、その変わりようはすごいよね」

 洗濯まで終えたが、いつものように電車で登校したのでは間に合わないと判断し、僕たちは自転車で登校することにした。

「無駄口はいいから、お兄ちゃんはがしがし漕いで」

 自転車で登校するといっても、僕が一人で漕ぎ、美紀は後輪についている、荷台に座り、風でなびく自分の髪を押さえている、いわゆる二人乗りという形になった。

「すごい速いわね、これならなんとか間に合いそうよ」

 美紀は家と学校では雰囲気が違い、家のようなハイテンションな感じではなく、落ち着いて、淡々と話している為、周囲からは物静かな優等生だと思われている。

「お兄ちゃんは、もう体力の限界近いんですけど……」

「それでも、響が頑張るのは知っているのよ、早く漕いで、漕いで」

 田舎の朝は周囲に人通りは少なく、注意されることはないのだが、目撃者がいればできれば注意してもらいたい。そしたら、これをやめられる……

「このままじゃ、ぎりぎりよ」

 山の麓にある高校はうちから二駅先が最寄りとなっている。田舎というだけあり、数の少ない電車に間に合わなそうなときには自転車で行った方が早いくらいの距離感がある。

 その為、今日みたいな日には自転車を使うこともあり、その場合はいつもこの形となる。

「ほんとに次からは美紀も自転車乗ってよ」

「いやよ、足が太くなっちゃうじゃない」

「足が太くなっても綺麗だよ」

「私はここがいいのよ」

 髪を押さえることをやめ、美紀は両腕で僕を抱きしめたのだろう、背中越しに伝わってくる美紀のぬくもりは……

「坂で落ちそうになるからって、抱き着くのはやめようね」

 僕が自転車を漕ぐのを大いに邪魔していた。

「そんなこともないのよ、お兄ちゃんが好きだからよ」

 坂が終点に差し掛かかると美紀が僕に回していた腕をほどき、自転車から飛び降りた。

 学校が近くなってきたからだろう、急に降りた美紀の体重分だけ、安定感を失った自転車で危うく転びなりそうになりながらも美紀に合わせ、自転車を降り、自転車を押しながら歩くスタイルへと変えた。

 このタイプの時の美紀は周りの目を気にしてか、僕と必要以上にくっついてこようとはせず、くっついている様子を見られることも極端に嫌う。

「入学一ヶ月だけど、もう転校したい……」

「何言っているのよ、私が教えて何とか響の学力を引き上げて、引き上げて、この学校に入ったのに……」

「一週間で2回も朝から全力の運転はきついよ」

「それなら、もうちょっと早く起きればいいじゃない」

「美紀がもうちょっと早く起こしてくれればいいんだけどね……」

 洗濯などの朝のルーティーンを当番制ではなく、その日の朝に両親と美紀が話してどちらがやるかを決めている。その際、僕にも伝える為、母親はメモを書き起こしている。

 そこでの決定に合わせて、もう少しでも早く美紀が起こしてくれれば僕が転校を希望する頻度も下がると思う。

「じゃあ、もう転校する?」

 伏し目がちな美紀の発言は僕に罪悪感を覚えさせるには十分で、

「それはやめよう」

 はっきりと断りの返事をしてしまった。そもそも、日常的に僕が美紀に合わせて早起きすれば、解決するのだから何とかなるわけで、この場合僕にしか問題はない。しかも、この高校を無理して選んだのは僕自身なのだから。

 僕たちが住んでいる場所から通える高校は三校あり、上中下と綺麗に学力も分かれている。そして、その三校からわざわざ一番遠い学力上位の高校を選んで、ここにいる。その理由としては……

「もうここにいる意味もないんじゃない? 告白され始めてるし……」

 僕がこの高校を選んだ理由として、美紀の容姿に興味を持たない男が多いのではないかと考えたからだ。頭いい奴は勉強に興味があり、異性に対する興味は優先順位として低いのではと考えたがそんなこともなく、頭のいい奴も高校生だった。

 そして、頭のいい奴ほど自分に自信があり、行動力もある分、美紀が告白される回数も増えている気がする。

「美紀って、そんなにかわいいのかな?」


「美紀ちゃんはかわいいじゃん!」


 純粋な疑問として、こぼした言葉だったが突然の返答に驚いて後ろを振り向いた。

「おっはよー、伊佐菜兄妹。 美紀ちゃんは今日も可愛いねー、そして、響君は相変わらず、だね」

 満面の笑みを携えて僕たちに挨拶してきたのは同じクラスの美登里さんだった。

 美登里さんは僕と美紀との間に割り込み、僕たちを引きはがすと、

「美紀ちゃんはかわいいんだよ、それをわからない響君には美紀ちゃんの隣の座は渡せませーん」

「おはよ、美登里さん」

 美紀の代わりとでも言わんばかりに怒っている美登里さんへ僕ができるのは朝の挨拶だけだ。

「ありだと―、美登里ちゃん、美登里ちゃんも今日も可愛いわよ」

 少し恰好を付けて言っているが、学校でのキャラと相まってばっちり決まているのが、何とも僕の妹とは思えない。

 そして、僕たちは美登里さんの扱いを入学一ヶ月にしてわかってきていた為、美登里さんの行動はスルーの方向性で決まっていた。

「イエーイ、美紀ちゃん、おはよー」

 二度目の美紀への挨拶と共にハイタッチをする美登里さんだが身長が高い美紀に比べて、小さい美登里さんは少し背伸びをしている。

 美登里さんは僕たちが入学してから一ヶ月、この学校で美紀が一番仲良くしている同じクラスの子で、学校でのクールなイメージの美紀に憧れているのか、何かあれば美紀の元へやってくる。

 常に美紀の近くにいる僕は少しばかり嫌われているのかもしれない。

 それでも僕が美紀になっている時は仲良くしてくれるし、美紀が僕になっている時も何故か仲良くしている。僕の心と体が合わさることで急に拒否反応でも出るのだろうか。

「美登里さんは今日も元気ね」

「元気だよー、朝ごはんもしっかり食べたし、やっぱり朝は納豆だよね」

 両腕に力こぶを作ろうとするがまったくできない美登里さんを無視して、美紀は微笑ましそうに美登里と会話を続ける。

「私はあまり朝食は食べないのよね。朝も強くなくて、兄さんにいつもお世話になってるのよ」

「お世話って、起こしてでももらってるの? 響君にあまり迷惑かけちゃだめだよ」

「起こしてももらってるし、朝ごはんは食べさせてももらってるわ」

「ちょっ、美…っぐ…妃」

 美紀には見えない位置なのか器用に僕のつま先を踵で踏んできた美登里さんは先ほどまで美紀に向けていた笑顔から急に汚物でも見るような顔で僕を見てくる。

「兄さんにはいつも世話になりっぱなしで、いつかこの恩を返さなきゃと思っているのだけど、どうしても甘えてしまうのよね……」

 俺と美登里の攻防を知ってか知らずか、美登里はとぼけるように続ける。

「いつかこの恩は返せるかしら、昔から兄さんに甘えてしまっている私を兄さんは許してくれるのかしら……」

 毎朝起こしてもらっているのは僕だし、ご飯も食べさせられそうになり、ついでに勉強まで教えている足引っ張りまくりな俺に謎の恩を感じるな、もし、恩を感じているのなら、その寒いギャグをやめてほしい……

「ちょっと、響君はこの後、校舎裏いこっか? ごめんね、放課後まで待てなくなっちゃった……」

 僕が自転車を両手で押している為、美登里さんの攻撃を防げず、僕のつま先を器用に踏み続けた美登里さんが笑顔で恐怖の提案をしてくる。先ほどの顔つきからすぐに笑顔になれるとか、この子は本当に色々な意味で器用だ。主に僕に攻撃をしてくるときだけなのだが。

「えーっと、美登里さん、そろそろ……」

「そろそろ、鳴りそうですし、急ぎましょっか」

「行こっか、美紀ちゃん」

 僕を置いて、美紀の手を取った美登里さんは二人で、先に生徒用の玄関へと小走りで向かってしまった。美紀は何とか僕が美登里さんに校舎裏に呼び出される展開を回避してくれたようだ。

「美紀がばらしてくれるのを祈るしかないかな」

 美登里さんの誤解を訂正するタイミングがなかったことを後悔しながら一人、美紀を乗せてきた自転車を指定の駐輪所へと停めにいく。


「お疲れ様、兄さん」

 下駄箱で僕を待っていてくれた美紀とその美紀を待っていた美登里さん。

「何とか間に合ったね」

 急いで靴を履き替えているところに美紀が一通の手紙を出してきた。

「お兄ちゃんこれ」

「今日もか……」

「すごいよ、美紀ちゃんー、二日続けてラブレターって」

 自分事のようにテンションを上げる美登里さんは放置し、僕と美紀はどうしたものかと首をひねる。

「中身は?」

「確認したけど、名前が書いてなかったわ。 内容を見る限りラブレターみたいだけど、今日の四時に体育館裏に来てくれって書いてあるわ」

「昨日のには書いてあったんだけどな、忘れっぽい人もいるもんだね」

 ラブレターに名前を書き忘れるとは、千秋高校は一応県でも学力上位帯の高校のはずなのに……

「二日続けては初めてね」

「それだけ、美紀が可愛いんだろ、周囲からしたらな」

 家と学校とのギャップを見ているせいか、お世話になりまくりな妹としての印象しかない。

「お二人さん、そろそろ本格的にまずいかも……」

 小声で話している僕たちに美登里さんは時間の危機を教えてくれる。

「ありがとう、美登里さん」

「とりあえず、また話しましょ」

 僕と美紀はそれぞれは美登里さんへ感謝し、教室へ急いだ。


 結局、僕たちは担任の夏川先生が入室すると同時のタイミングで教室の後ろ側のドアから入室した。

「じゃあ、そこの三人までセーフだな」

 先生は僕たちを指して言っており、そのまま席に着くとホームルームが始まった。

 ホームルームは来月の初めに行われるテストのアナウンスと二年の英語教師が妊娠四か月だから間違っても廊下は走るなと少し子供っぽい注意が行われるだけで、そのまま一限の夏川先生の授業が始まった。

『あの手紙はやっぱり、お兄ちゃんのせいな気がする』

 夏川先生の授業は聞いていたが、休み時間を空け、少し退屈な授業となったタイミングで美紀からの連絡が来ていた。

『どういうこと?』

 入学一ヶ月のため、まだ教室の座席は窓際手前から名前順で割り振られており、僕は窓際の後ろから一つ手前、美紀は最後尾の席となっている。

 その為、美紀の座席からはスマホがいじりやすいのかすぐに返事が来る。

『お兄ちゃんがやさしすぎるんだよ』

『私の体で人にやさしすぎ』

 その返事が来るタイミングで、美紀は僕の椅子の座面を上履きで蹴り上げてきた。

 何か不満でもあるのだろうか。

『特にやさしくした記憶もないし、美紀が可愛いからじゃない?』

 返信を確認したのか、美紀は再度、座面を蹴り上げてくる。学校の椅子の座面は薄い木製の為、振動が直接響いてくるからやめてほしい。

『お兄ちゃんのせいでしょ、いつもこの時期に増えるし』

 この時期は僕たちの入れ替わる機会が多く、入れ替わる時期がある程度決まっており、春→冬→夏→秋の順番となっており、春が一番多く、秋が一番少ない。

 小学五年生の頃からこの現象と付き合ってきたため、様々な検証をし、入れ替わりのタイミングが完全にランダムであること、季節ごとに偏りがあることなどある程度この現象の把握はできるようになった。

『僕としては入学したてで周囲が美紀の可愛さに慣れていないだけだと思うんだけどね』

 また、座面を蹴り上げられる。席順を変えてもらえないだろうか……

『お兄ちゃんが誰彼構わずに優しすぎるのよ、私のクールな装いとのギャップで周囲が惚れちゃうんでしょ』

 打っていて恥ずかしくはならないのだろうかと思いつつも、美紀が高校からは何故かクールな感じを演じているのかに少し納得してしまった。

 だからこそ、そのストレスを解消するように僕の体の時は家での美紀のような緩い雰囲気でいるのだろう……

『わかった、気を付けるよ。それでどうすんだ?』

 これ以上メッセージでの議論が面倒になり、話を本題に戻した。

『えー、やっぱり、心配しちゃうんだー』

 美紀の入力と共ににやにやした女の子のスタンプが連続で送られてきた。僕の意図を察していないのか、美紀はまだふざけたやり取りをしようとしてくるが、僕はひたすら無視していると、再度座面を蹴り上げられる。もう帰ったら叱ろう。

『四時に体育館裏に呼ばれているから一応行くつもりだよ、すぐ終わると思うからいつもの場所で見ていてね』

 僕とのやり取りを諦めたのか、簡潔に放課後の予定を伝えてきた。

 あの場所とは、昨日俺の身体で美紀が隠れていた茂みだろう。あそこなら特に見つかることもなく、美紀の様子を観察することができる為、何回かあそこで美紀が男を振るのを観察してきた。

 特に美紀への返信は思い浮かばず、了解とさわやかな男の子が言っているスタンプを押して、スマホをしまった。

 僕は美紀に対して軽く、軽く扱うようにしているが、果たしてこの気持ちは何なのだろう。

 そんな思いを心の片隅にしまい、授業に集中した。ただでさえ、僕は美紀に比べ、出来が良くないのだから……


 結局、休み時間ごとに美登里さんが美紀の席にきて告白はどうするのかと聞いてきたが、美紀は困惑した様子で『どうしようね』と相槌をうつばかりで、答えを美登里さんへは伝えることはしないまま、放課後を迎えた。

「じゃあ、美紀ちゃん頑張ってねー」

「ありがとう、美登里ちゃん」

 美登里さんは部活がある為、ホームルームが終わると美紀へ応援の言葉を残し。教室を飛び出していった。

「何を頑張ればいいのかしらね」

 僕にだけ聞こえる声量で呟く美紀は帰る準備を済ませると先に教室を出て行った。

 これは僕たちが決めたルールで僕たちのどちらかが告白される際には先に呼び出された方が相手のところへ赴き、その後ろをもう片方がついていくこととしている。

 元々は、呼び出された方が隠れやすいポイントをこちらに伝えるためのルールだったのだが、この学校では告白は体育館裏と決まっているのか、いつも体育館裏へ呼び出される。

 もしかしたら、僕たちの知らないところで体育館裏の予約表なるものが出回っているのかもしれない。

 そういえば、美紀がもらったラブレターには名前が書いていなかったらしいし、もしかしたら実はクラスメイトか美紀の知り合いの可能性もあるのか……

 美紀と時間をずらして教室を出て、体育館裏に着くとまだ相手は来ていないようで、美紀はつまらなそうに体育館奥の山を見ているだけで特に誰が来るのかと楽しみな感じは見受けられない。

 振る相手を待っているだけなのだから当然と言えば当然だし、美紀自身体育館裏に呼び出されること四度目、告白される回数は通算にすると十二回目のことに特にドキドキもないのだろう。

 きっと、今日のこの後のことでも考えていたのだろう美紀が待つこと三分、美紀を呼び出した人物が美紀の来た方向とは逆側から登場した。

「ごめんね、待たせちゃったかな?」

 この場所からなら二人の会話は何とか聞くことができる。今日の相手は……

「そうね、少し待ったわ」

 美紀の発言に少し戸惑ったのか、苦笑いを浮かべながらも美紀に近づいていく相手の男はかすかに覚えがある。

「覚えているかわからないから一応自己紹介をさせてもらうと、美紀さんとは隣のクラスの嵩嶺雅です。よろしく」

 さわやかな笑顔を携えて、美紀に挨拶する嵩嶺はこれから自分が告白し、フラれることなんて想像していない。

 嵩嶺は中性的な見た目と人懐っこそうな笑顔で、一見してモテそうな印象がある。

「改めまして、伊佐菜美紀です。あなたのことは覚えていないわね。特に話したこともなかったでしょ?」

 それに比べて、美紀はなんとも素っ気ないことか、警戒心バリバリで、片腕を組み、逆側では自分の髪をいじっている。

「それなりにはクラスで目立つ方だと思っていたんだけどな、厳しいね、どうも……」

 確かに嵩嶺君のクラスと僕のクラスは体育の授業を合同でやっており、その際には、多くのクラスメイトに囲まれて、目立っていた様子は悪い人ではなさそうであった。

「前置きなんていいから早く本題に行ってくれない?」

 どうも美紀は苛立っている様子だ。早く帰りたいのだろうな……

「それじゃあ……、ずっと前から好きでした。 俺と付き合ってください」

 きれいなお辞儀を携えて、差し出した右手を美紀が握ることはなく、

「ごめんなさいね、私はあなたとは付き合えないわ、それにずっとなんて言葉は、出会って、一ヶ月の相手に使うべきじゃないわよ」

 言い聞かせるように美紀が投げかけた言葉に嵩嶺君は膝を地面につけ、何かを語り出したようだが、この距離ではその言葉を聞き取ることは困難だ。

 嵩嶺君の言葉を最後まで聞いた美紀は、

「それでも、私はあなたとは付き合えないわ、ごめんなさい」

 今朝下駄箱に入っていた手紙を大雑把に破り、その場を後にした。

 昨日言っていたことだけど、本当に実践するとは……

「来てくれて、ありが、とう」

 あの態度を見たあとでも感謝の念を送る嵩嶺君は僕から見てもいい奴にしか見えず、うちの妹は本当になんてことを……

「ほら、お兄ちゃん、帰りましょ」

 嵩嶺君を見ていた為、美紀の動きに気づかず、わざわざ僕が隠れていた草陰に美紀が入ってきた。

「お前ってやつは、本当にさー」

 美紀に説教をかまそうとすると、

「さすがにここで説教はやめましょ、狭いし、いつ見つかるかわからないわ」

「はいはい、どうします? お嬢様?」

「せっかく自転車で登校してきたのだし、遠回りしましょうよ、行きたいところあるの」

 自分の意見を反対されることなどないと信じてか美紀は言うだけ言うと、草陰から出ていき、正門へと向かった。

「ちょっと、正門で待っててくれ」

 いまだにうなだれている嵩嶺君の様子を一瞥しつつも僕も自転車置き場へ急いで駆けていく。説教は帰り道でしようかな……

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二人の特異性 瑞稀 一 @mizuhazi

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