第23話 連携
秋も深まりつつある夜は、少し肌寒い。新たな相棒と迎える二回目の夜は、星の見えない曇り空だった。
南瓜を模した飾りが所々に置かれている。外国の行事に乗せられた街は、どこか落ち着きのない様子だ。
日が沈む時間が早くなるにつれ、戦いの時間もわずかながらに増える。身体を動かしにくくなる気温もあり、由美にとってはあまり好ましくない季節が近付くようだった。
『由美、そろそろ哉太君に代わるわ』
「了解。と、その前に」
『なに?』
雑音交じりの義姉へ、簡単に答える。ただし、今回はこのタイミングで伝えておくことがある。約束は守らなければならない。
「哉太がね、結衣姉さんとデートしたいって」
『デート?』
「うん、今夜を無事に終えられたら、考えてあげて」
『そうね、考えておいてあげる』
「ありがと、じゃぁ」
『うん、頑張って』
インカムの向こう側から、哉太の慌てた声がしたが聞こえないふりをしてインカムの電源を切った。雲を染めていた夕日は消え、長い夜が始まる。戦いの前に済ませるべきことを済ませたため、心残りはない。
哉太からの《伝》が届き、由美はそれを受け入れた。兆候のない荒魂がいつ現れても対応できるよう、意図して心を開く。訓練通りに、やればできるはずだ。
『やってくれたな』
相棒からの最初の意思は、照れと怒りと感謝の感情だった。由美は口元を緩めて「どういたしまして」と返した。
いつものビルから見下ろす町並みは、普段と大きく変わらない。道行く人々が厚着になった程度だ。
『由美、少しだけ話すぞ。あえて《伝》だけでお前だけに言うってことをわかってくれ』
先ほどとは打って変わり、真面目な口調が頭に届く。ただならぬ雰囲気を感じた由美は、無言で頷いた。
『兆候のない荒魂な、人を喰わず由美だけを狙っただろ。皆はあれに意思があると言っていたけど、俺は違うと思ってる』
由美にだけ伝えようとしているのは、組織全体からは賛同されないはず、という前提からのようだ。しかし哉太の中では確証に近いものがある口ぶりだった。
『腕を投げるやつもそうだ。これまで何百年もただ人を喰うだけだったものが、急に知能を持つとは考えられない。あれは、誰かがどこかで操っている。俺達を観察している』
哉太の意見には、由美にも納得できる部分が多い。ただし、それはあくまでも可能性の話だ。現状では断定できるという類のものではない。
「どうしてそんなにはっきり言えるの?」
『それは説明できないけど、言い切れると思ってる。だから、今日はそれも《調》で探ってみるよ。もちろん、後衛の仕事を優先する』
「了解。頼りにしてる」
『任せてくれ』
代人同士の密談はここで途切れた。暫くの間、動きのない周囲を警戒するだけの時間が続く。由美にとっても哉太にとっても、耐えがたい緊張感だった。
『来たぞ!』
約三十分後、由美の意識より先に《造》が強制的に発動した。哉太による遠隔操作だ。
背中側に造られた簡易の盾を、小型荒魂の拳が砕く。そこまでは想定通りで、問題ない。盾の目的である時間稼ぎは充分果たせている。
「ふっ!」
振り向きざま、造りだした刀で荒魂の胴体を横一閃に両断した。途中、軽い手ごたえを感じる。
『兆候、みっつ!』
「了解」
霧散する荒魂を確認する間もなく、位置情報が届く。南側の繁華街、北西と北東住宅地。それぞれ等間隔に荒魂の兆候だ。どこもそれなり以上に人通りのある場所だ。
『結衣さんが人払いを向かわせた。優先は南だ』
「了解」
由美はビルから飛び降り、夜空を舞う。前回よりも息が合っているという実感が、戦いの中でも心を軽くさせた。油断や慢心ではなく、少しの高揚感のようなものだった。
繁華街の兆候は実体化直前で、急行する必要があった。哉太の言う通り誰かが操っているのだとしたら、代人の行動も荒魂同様に操作されていることになる。であれば、それはあまりにも不愉快なことだ。
由美は刀から薙刀に持ち替え、形を成したばかりの荒魂へと斬りかかった。
『右だ!』
哉太の声と同時に、由美の右側に盾が造られる。眼前の荒魂への攻撃を妨害するような、明確な意図を感じた。薙刀を再び刀へと変える。
盾が砕かれるのと同時に、刀を横に薙ぐ。視線は正面を向けたままだ。核を破壊した感触はなかったが、無視をする。小型の荒魂はこれまで、由美のみを狙ってきた。哉太による援護があれば、さほど恐れるものではない。
一般人への被害を抑えることこそ、代人が戦う目的だ。優先すべきは視線の先にある、通常サイズの荒魂を叩くことだ。
「はあっ!」
薙刀に持ち替える暇はない。通行人に掴みかかろうとする長い腕を、刀で斬り裂く。間一髪、何も知らない人を救うことができた。それは、由美にとって大きな成果だ。
由美に気が付いた荒魂は、残った腕を振り下ろす。半身になりつつ攻撃を躱し、懐へ入り込む。先程斬った腕は既に再生し、由美を掴もうとしていた。
「ふっ!」
通常サイズの荒魂の胸は、ちょうど由美の頭あたりの高さにある。そこに向け、刀を繰り返し突き刺す。初手で核を貫き、荒魂の巨体は虚空に消えた。直後、背中側に造られた盾が砕かれる。
先刻処理し損ねた小型荒魂だ。振り向きつつ、伸ばされたままの腕を取り投げ飛ばす。一瞬だけ、上級生の不敵な笑みが頭に浮かんだ。
「しつこい、な!」
武器を小刀に変え、地面に叩きつけられた荒魂の胸部を斬りつけ核を破壊した。
「ふぅ……」
哉太の提案した一見すると型破りな戦法は、今のところ有効に機能している。このままの状態が続くのであれば、今夜は無事に切り抜けられるかもしれない。
『次は北東、急げ』
「了解」
一息ついたのも束の間、次の指示が飛ぶ。哉太からの情報では、残り二体の荒魂は既に実体化している。恐らく何人かは喰われてしまっただろう。被害を最小限に抑えるためには、休んでなどいられない。
由美は《動》の力を脚に込め、強く地面を蹴った。
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