本文

 プロローグ


 むかーし、むかし。人間という種族がこの世界には栄えていたらしい。人間は世界中に存在していて、すごいおっきな建物や乗り物や道具が溢れていたんだって。


『むかしってどれくらい前なの? お日様とお月様が何回入れ替わった?』

『何回か……か。それはちと難しい。一〇〇〇年以上前と言われておるが、具体的な年数はわかっておらんからな』

『お爺ちゃんでもわからないの? 一番物知りって言われているのに?』

『長く生きていれば、知識など自然と増えていくものじゃ。儂が物知りと呼ばれているのは単に年をくっているというだけの話じゃよ』


 私――シーカ・E・ダンタリオン――に問いかけられて、お爺ちゃん――エシェントン・Z・ダンタリオン――がからりと笑いながら金属の塊を放り投げた。


『ふーん。でも、皆すごいって言ってたよ?』

『学ばん若者からしたら、すごいのかもしれんな。ダンタリオン氏族も昔と違って、金にならん発掘はあまりせんようになっているからの……時代といえばそれまでじゃがな』

『じゃあ、お爺ちゃんが今やっているのはお金にならない発掘なの?』

『まあ、そうじゃな』


 だから一人でやっているんじゃ、そう言ってお爺ちゃんはまたよくわからない金属の塊を拾い上げて、一通り眺めると放り投げた。

 その時に私とお爺ちゃんの目があった。この時の記憶はそこまで残っていない。

 でも、きっと私はお爺ちゃんの行動の全てを見ていたんだと思う。キラキラした目で……。

 お爺ちゃんはそんな私の視線を少し居心地悪そうに身をよじっていたけれど、私が何を求めているのか理解したらしい。


『興味あるのか?』

『うん! お爺ちゃんの仕事に興味ある!』


 私の返事に一瞬で顔をほころばせたお爺ちゃんだった。けれども、そんな顔は次の私の一言で一気に強ばった。


『だって、人間って私みたく翼も角もなかったんでしょ?』

 お爺ちゃんや他のダンタリオン氏族の皆と違って、私の何もない背中と頭をペタペタと触る。

 元々、お爺ちゃんが語ってくれた寝物語で興味はあったけれど、人間の姿形は気にしたことがなかったと思う。

 もっと詳しく知りたいって思ったのは私の事を人間モドキなんて呼ぶ子もいたからだろう。

 人間についてお爺ちゃんの持っている本を読んだり、お爺ちゃんの知り合いに聞いたりして、人間の姿はお爺ちゃんや私とそう変わらないと知った。ただ悪魔族の特徴である角や翼は誰一人として生えていなかったらしい。つまり、私のそっくりさん。おまけに魔法も使えなかったという話だ。

 それでどうやって生活していたのだろう。まったく想像が付かない。

 だから、すっごい興味がある。

 そう言うと、お爺ちゃんは、私の頭をポンポンと撫でた。


『そうかそうか……シーカは好奇心旺盛な子なんじゃな。色んなことに興味を持つのは良いことじゃ』

『えへへ……そう?』

『それはそれとしてあのクソボウズどもめ……』

『お爺ちゃん?』


 なんと言ったのか分からなかったが、何やらどす黒いものを幼いながら感じとった私が呼びかけるとお爺ちゃんはニコニコ顔に戻った。


『なんでもないわい』

『そうなの?』

『シーカは知らなくて良いことじゃ。儂に任せておけ』

『わかったー』

 うん、やっぱりお爺ちゃんはこうやって笑っている方が良い。

『それで、じゃ』

『?』

『発掘のこととなると、少し厳しく行くぞ? 今のシーカには難しいこともあるかもしれん。それでもよいか?』

『よし、こーい!』


 むん、と手を握りしめて、やる気をお爺ちゃんにアピールする。

 それを微笑ましそうに笑ったお爺ちゃんだったが、その後のお勉強というか、教えというか……は本当に厳しかった。

 自分から頼んだ手前、投げ出すことも、泣き出すこともしなかったけど。

 お爺ちゃんには色んなことを教わった。

 私達ダンタリオン氏族が昔から調べているこの遺跡は人間が造った物で、この壁とかに使われている金属なんかは同じ物が生成出来ていないことや、これと似たようなものが世界の各地にあること。

 こういう遺跡から出てきた物は高値で取引されることも多く、ダンタリオン氏族はそういった発掘と記録をすることで生計を立ててきたこと等、様々なことを発掘の仕方と一緒に教わった。


 なかでも私が一番興味を持ったのは、まだこの遺跡には未踏破、未発見のエリアが残されていることだった。

 お爺ちゃん曰く、過去の記録やその他の遺跡の規模と照らし合わせると、サイズがもう一回りは大きくてもおかしくないらしい。

 ということはどこかに隠されたエリアがあるのでは? と昔から言われてきたそうだ。

 ただ、どこにあるのかの目星も付いていないらしく、ダンタリオン氏族内でもどこになにが有るかわからない発掘に力を傾けるより今見えている範囲の発掘を優先すべきだ、という意見が主流らしい。

 おまけに警護や防衛を受け持っているバアル氏族としても、金や装備になる発掘を優先させたいらしく、お爺ちゃんみたいな未知を解明したい調査派は細々とやっていくしかないそうだ。

 通りで私とお爺ちゃん以外の人がこのあたりにはたまにしか来ないわけだ。


『まぁ、そういうわけじゃ。シーカも今の儂みたく将来一人で発掘することになるかも知れんが、それでも続けるんじゃな?』

『うん私ももっと調べて――いつか、人間の全てを解き明かすんだ!!』


 その宣言をしたところで、私はまどろみから目覚める。薄暗い景色の中、仰向けで倒れている私は起き上がるために身体を動かそうとした。


「……痛い」


 しかし、軽く打ちつけたのか動かすと節々に痛みが走る。

 でも、起き上がれないほど重症なわけではない、と思う。ゆっくり動かすなら大丈夫だろう。

 なんとか、起き上がった私は身体についた砂やホコリを軽く払う。


「むう、それにしても今さら昔のことを思い出すなんて――やっぱり私はどこにいるか本能で理解している?」


 私はそう呟きながらあたりを見回す。上下左右は一部が朽ちかけながらも機能を果たしている金属性の壁と天井、床。

 ただ、天井の一部は空いておりそこから遠くに空が見える。あそこから私は落ちたようだ。

 背後を含め穴の大半が完全に土砂や瓦礫で埋まっているため、誰かがロープを垂らしても、あそこからは地上に戻れないだろう。

 ここから脱出出来るのかどうかも分からない状況。

 でも、私はどこかワクワクしているのを自分で自覚していた。

 だって、ここは未踏破エリア。

 私は誰も知らない――未知を体験しているのだから。





 一章


 ――シーカが落下する数十分前 バレオン遺跡 外縁


「これは……いらない。これも……いらない。ポロッと地図とか案内板とか出てこないかな」


 出てきた瓦礫や使い物にならない昔の道具をピッケルやスコップでどかしていく。

 今日だけで何個ぐらいどかしただろうか?

 流石に少し疲れてきたけれども、手は休めない。

 でも、ここまで何も出てこないとやめちゃった他のダンタリオン氏族の皆の気持ちも少しはわかる。

 生きていくのにお金は必要だからだ。それはこの一〇年で嫌と言うほど分かった。

 そして、私達の生活が思っていたよりも発掘によって成り立っていたことも。

 だから、皆が言っていることを私は否定しない。

 けれども、私くらいお爺ちゃん達みたく未知に挑戦してもいいじゃないか。人間について探求したっていいじゃないか。

 それに新たなエリアが発見されれば、そこにはまだ使える人間が生み出した道具や武器や鎧に使える良い金属が眠っている可能性は大いにある。

 まあ、見つからなければ無意味なんだけどね。


 私は一旦手を止めて、脳内でこのバレオン遺跡外縁の地図と現在位置を照らし合わせる。

 昔――私がまだお爺ちゃんの発掘を見ているだけだった頃、お爺ちゃん達はよその遺跡の例から他の部屋が隣接しているとにらんで、横に広げるように発掘を広げていた。

 しかしながら、まだ一部屋も見つかっていない。

 お爺ちゃん達はこのまま広げていけば見つかると言い、他の人達はもうこのあたりには未確認エリアなんてないと言った。

 だけど、私の予想は違う。

 人間は大木よりも高い建物をいくつも造っていたらしい。なら、その逆の建物があってもおかしくはない。

 そう、地面の下――地下だ。

 ただ、これは私の予想であって、確証は一切ない。

 根拠となるものがあれば、発掘予算も下りて大型の作業道具も使えると思うんだけどな。あれがないと全部手作業だからつらい。

 前に勝手に使ったら滅茶苦茶怒られたから、そこは諦めるしかないけどね。


「ちょっと右に修正しようかな……よいしょっと」


 予定よりも左に逸れている気がしたので、身体を右に傾け穴を掘っていく。

 この穴も随分大きくなったものだ。私の身体何個分くらいの大きさだろうか? 一〇〇人分くらいかな。

 こんなに大きく掘ったのは遺跡の地図や案内板(見取り図)とか、その他使えそうな物が出てくることも期待してだ。

 もちろん、ただ一点を深く掘るよりも穴を安定させる目的もある。

 出てきたものの大半はお爺ちゃんが昔どかしていた使えない物ばかりだけど。


「まーた、無駄なことしてやがるのか?」

「来る日も来る日も穴掘りとか、バッカじゃないの?」

「見捨てられた外縁部で役立つ物は見つかったのかな?」


 発掘作業を続ける私の耳に三者三様の蔑む声が聞こえてきた。見れば悪魔族の少年少女――三人がこちらにやって来ていた。

 無視しようかとも思ったが、無視したらしたでうるさいので対応することにする。


「何しに来たの? ラント?」


 私がそう声をかけると名前を呼ばれなかった二人はムッとしたのか眉根を寄せるが、私の正面で三人の真ん中に立つガタイの良い少年を差し置いて会話をする気はないらしい。君ら取り巻きだもんね。

 私の正面に立つこの少年の名前はラント・D・バアル。

 バアル氏族の長の息子で、燃え上がるような真っ赤な髪と黒曜石のような瞳を持つ、筋肉質で高身長な少年である。

 私的にはお爺ちゃんの方が格好いいと思うのでよくわからんが、ワイルドイケメンなどと呼ばれているのを聞いたことがある。

 そんなラントだが、


「婚約者の様子を見に来るのがそんなに不思議か?」

 私の婚約者を名乗っている不審者だったりする。いや、素性はわかっているから厳密には不審者じゃないけど、似たようなものだろう。


「私は婚約者を認めた覚えはない」

「おいおい、俺のオヤジとお前の爺さんがした約束を破棄する気か? それに、バアル氏族とダンタリオン氏族の繋がりを深める意味じゃ悪くないのはお前もわかっているはずだろ?」


 お爺ちゃんから聞いた話ではまだ私が拾われる前、若い頃お酒の席で『子供同士を結婚させて氏族の繋がりをより濃くしよう!』みたいなことがあったらしい。

 どこからその話を聞きつけたのか、知らないけどラントは私が子供の頃から勝手に婚約者を名乗っている。

 お爺ちゃんはラントの婚約者発言にキレていたけどね。『そんな古い話を今さら持ち出すな!』とか『悪くないかもなとは言ったが完全に同意はしておらん』とか。

 微妙に言質を取られている感があるのがなんとも……。

 何度言っても無駄なので私が答えないでいたら、いつの間にかラントが語り出していた。


「血のつながりでも気にしてんのか? あいにくバアル氏族は実力主義だ。お前の知識が有用なのはオヤジもとっくに認めている。心配する必要はない」

「……………………」

「だが、いつまでも成果の出ない発掘を続けているのはいただけないな。そんなことをするくらいなら花嫁修業の一つでもしてくれ」

「……花嫁修業そんなことしないし、諦めるつもりはない」


 そう言い捨てて発掘作業を再開しようとすると、強引に腕を掴まれてラントの顔を見るように体勢を変えられた。


「無理矢理、止めさせることも出来るんだぞ?」


 おまけに、私の腕を掴んでいない左手からは魔力が溢れ出ている。何らかの魔法を放とうとしているのは明白だ。

 それを見て私は思わず息を呑んだ。

 ラントは脅しで魔力を練り上げているのだろうけど、万が一ここで放たれたらマズい。

 ここバレオン遺跡は、人間の建物があったところに土砂が堆積して遺跡になっている。

 それに加えて、このあたりは私が掘り進んだことと相まって、地盤が少し不安定なのだ。

 私が折角丁寧に発掘しているのにラントに魔法を放たれて、滅茶苦茶にされるわけにはいかない。


「やめて! 魔法を撃ち込んだらダメ!!」


 急に私が声を荒げて必死に止める様子を見て、ラントは目を丸くして驚きつつも、一旦魔法を放つのを中断してくれたみたいだった。

 ラントの左手から集まっていた魔力が霧散していく。

 とりあえず、なんとかなったみたいでよかった……と思えたのは一瞬だけだった。

 ラントの後ろに見える取り巻き二人の口が三日月のようにいやらしい弧を描くのが見えた。


 それと同時に脳裏によぎる嫌な予感。

「待っ――」

 私の声よりも先に彼らが動く方が先立った。


「そんなに魔法これが困るんだー? なら放ってあげる!」

「ラントさんの手を煩わせる必要もない。こんな何も出てこない遺跡、潰してしまえばいい!!」

「お前ら!? 勝手なことは――」


 ラントも背後から魔法を放たれる気配を感じたのか止めようとしたみたいだけど、もう遅かった。

 二人の魔法は風切り音を立てながら放たれ、穴の中へ着弾し、轟音と振動をまき散らした。

 私が顔を真っ青にして固まっているのを見て、満足そうに笑っていた二人だったがその顔はすぐに困惑へと変わった。

 地面が思いっきり振動しだしたからだ。

「なにこれ!?」

「何だと!?」

 慌てる彼らだったが逃げないとマズいのは理解しているのか、穴から出るべくすでに走り出していた。

 そしてそれは私とラントも同様だ。

 揺れ出した時点で逃げていたのだが、すでに私達に近い地面が崩壊を始めていた。油断すれば一瞬で飲まれてしまう。

「はっ、はっ、はっ――」

 やけに息の音が大きく聞こえる気がする。絶対に後ろから響いてくる崩落の音の方が大きいのに。

 短い距離とはいえ全力疾走がこんなにつらいとは思わなかった。

 前を走るラントがたまに振り返るのに腹が立つ。心配そうな顔をしないで欲しい。

 一生懸命走っていた私だったけど、発掘道具を持った状態で崩落から逃げるのは無理だったらしい。

 片足がのみ込まれてしまった。

「あっ――」

「っ!? 掴まれ!!」

 私が傾くのを見てラントが手を伸ばしてくる。

 反射的に掴もうと手を伸ばしたが、手が触れあう直前に弾く。


「アナタの助けは……いらない!」

「なっ!?」


 ラントの手を振り払って私は崩落にのみ込まれていく。

 驚いているみたいだった。ざまあみろ。

 ここが崩壊したのはこいつらのせいだし、ラントに助けられたなんてことになったら、どんな要求をされるかわかったものじゃない。だから間違っていない、と思う。

 それに、片足がのみ込まれる時に見えたのだ。見つかっている遺跡と同じ壁が。

 下に何かがあるっていう私の予想は間違っていなかった。大発見だ。未踏破の人間の遺跡、探索、何がわかるだろうか、何が見つかるだろうか。

 でもそれは私が生きていたらの話。

 ああ、願わくば……私が無事でありますように。

 そんなことを思いながら、私はそのまま地下へと落ちていくのだった。


―――――


 というわけで、私はバレオン遺跡の地下に落ちてしまったわけだ。

「息が大丈夫そうなのはよかったかな」

 私が落ちてきた穴がかすかに空いているのもあるが、それ以外にもどこかから空気が入り込んでいるのか、息苦しい感じは今の所はなかった。

 密閉されていたらその時点で死だったのでそこはありがたかった。

 次に私がやったのは壁の確認だ。触ってみるとひんやりとした金属の感触が伝わってくる。


「表層部分に比べて朽ちてない。これはかなり期待できる……かも」


 流石に経年劣化している様子はうかがえるが、壁や床の金属はその姿を残しており、サビもほとんどない。有効活用出来そうな物や過去の人間の痕跡――資料なんかも残っていそうな雰囲気をひしひしと感じる。

 カンコンと甲高い足音を立てながら薄暗い廊下を注意しながら進んでいく。今の所は迷う要素が一つもない一本道。

 このままいけるなら楽だったのだが……、


「そう上手く行くはずもなしか」


 壁に混じって扉? ドア? と思われる金属製の板が二枚組み合わさったものが現れだした。それも一つや二つではない。

 表層にも似たようなものはあったが、あっちは劣化で扉としての役割は果たしていなかった。

 なので、キチンと機能を果たしている扉に出会うのはこれが初めてだったりする。

 扉一つとっても人間の技術力の高さが見受けられるが、今の私に関心をよせている暇は無い。


「これどうやって開けるの? 取っ手とか近くに開閉レバーとかもなさそうなんだけど……」


 触った限りどう開けるのかまったくわからない。横にスライドさせるのか、上にスライドさせるのか、それとも引くのか押すのか、ヒントのような物すら周りにはなかった。


「真ん中に切れ目みたいなのが有るってことはここが開くってこと……のはず」


 そう結論づけてみたが、指が入るような隙間はない。

 ものは試しとかすかな隙間にスコップを差し込んで、体重をかけてみることにした。

 そのまま力を入れ、テコの原理を利用して扉が開けないか試してみたのだが、スコップが軋むだけで開く気配は微塵もなかった。

 むしろ、このまま続けたらスコップが折れてしまいそうだった。

 この扉を開くのは諦めるしかなさそうだ。


「ここはダメ……と」


 発掘のメモ書き用に持ってきていた羊皮紙に簡易的な地図と扉を書き込んで、開けられなかったことを印しておく。

 まだまだ扉がある以上、地道に調査していくしかなさそうだ。

 どうやって開けるのかわからないまま開かない扉群を調べていくこと五回。これが最後の扉だった。

 最早、流れ作業と化した手つきで、今までと同じようにスコップを隙間に突っ込んでみると扉が少し開いた……気がする。


「お? ここは開く?」


 決して滑りはよくないがこのまま力を加えれば開きそうな手応えがある。この先から脱出出来るかはわからないが、ここは踏ん張りどころだろう。

 そう思ってスコップを握る手に力を込めてみると、ギギギ……と、鈍い音を立てて扉が開かれた。左右に割れるように開いた所を見ると私の予想は間違ってなかったみたいだ。多分、開け方は違う気がするけど。


「開いた! でも普通に通路」


 開けた先が出口だったり、大部屋だったりすることもなく普通に先ほどまで私がいた通路とほぼ同じだった。

 目に付く違いは一つ。何かが壁に標されていたことだ。


「……制…………区域?」


 書かれてある文字はかすれていて全部は読めなかったけど、矢印みたいなものが付いていることからするとこの先に何かあるのは間違いない。

 そのまま先に進むとそこにあったのは半開きの扉だ。それをまたまたスコップで無理矢理開けると、中へと入っていく。

 今度は通路ではなく部屋だったのだが、私がそのことを気にしている余裕は一切無かった。


『施設の……稼働率…………維持機能……最低レベ……電力供給量…………』

 入った瞬間、何者かの声がいきなり響いてきたからだ。

「なに!? 誰!?」

 聞こえてきた声に私は大声を上げてあたりを見渡す。声が聞こえてきたってことはこの近くに誰かいるということ。その事実に思わず身体がブルッと震えるけど、ビビっている場合じゃない。護身用のナイフを取りだして構えておく。

 言葉を話すってことは魔獣じゃなさそうだけど、油断は出来ない。

 警戒しながらその場でジッと身構えてみるも特に何も起こらなかった。

『電源…………入れ…………繋いで…………さい』

 まだ声は聞こえてきているけど、誰かが私に襲いかかってくることも、近づいてくる足音も聞こえてこなかった。おまけに周辺に誰かが居る気配もない……と思う。

「この声、一体なに?」

 少し不気味だが身構える必要はなさそう、と判断してナイフをしまう。

 その間にも声は一定間隔で何かを話しているようだった。

「もしかして、繰り返してる?」

 そう思ってから声を聞いてみると同じ内容について喋っているようだった。声は途切れ途切れで完璧にはわからないけど、多分何かを繋いで欲しいことは理解出来た。

「でも、何を繋いで欲しいんだろう?」

 部屋の中を探索してみると何やら大きい金属の塊を見つけた。私の数倍はあるものが部屋の中にドドンと存在していた。近づいてみると、かすかに音が聞こえる。うなりのような低い音だった。


 私はこれを知っている。人間が造った機械っていう物体だ。

 乗り物なんかも機械の一種だったらしく、色んな種類があるらしい。

 でも、動いているのは凄い珍しいって話だったはず。

「……適当に触ったらダメな気がする」

 動いている機械にちょっとビビったというのもあるけど、人間の機械は危ないのもあるってのは聞いたことがあった。

 どうしようかと思っていると機械に蓋のようなものが有って、その中に丸い……なんていうんだったけこれ? 確かこれは押すものだったのは覚えているんだけど。

 スイッチ? ボタン? とかいう名称だったような。

 今はこの物体の名前は重要じゃない。これを押すと多分この機械に何かが起こる、ということの方が重要だ。

 問題は押すか否かだけど……。


「……押してみる? 押してみよう!」


 少しだけ悩んだ末、さっさと押すことにした。ここ以外に行ける場所は現状無かったし、なんだかんだ動いている機械っていうのも興味ある。

 さてさて、何が起こるのか。ワクワクしながらスイッチを押す。

 押したのと同時に機械のうなり声が大きくなって、視界の隅でバチッ! と何かがはじける音がした。

 音の方を向いてみると、そこにあったのはバチバチと音を立てながら断続的に光る輝き。


「小さい……雷?」

 天気が悪いわけでも魔法が使われたわけでもないのに雷らしきものが存在していた。

 何からこの雷が生まれているのかはわからないが、地面にはでっかい縄みたいなのが這うように置かれてあって、その中の金属製のロープみたいなのがちぎれているのが見える。

「押したけど何も起きない?」

 押してみれば何かが変わるかと思っていたが、特になにかが起きる気配はない。

 どこからか聞こえてくる声にも変化はなかった。

「何かを見落としている感じ?」

 一度部屋中を探索することにして、まずはこの這っている縄の先に行ってみることにする。部屋はそこそこ大きかったが、私の掘っていた穴ほどの広さはない。まあ、あそこまで大きかったらちょっと見て回るだけでも一苦労だから助かったけど。

 縄の先にあったのは別の機械だ。私が入ってきた入り口の近くにある機械に繋がっていて、その機械からまた別の縄が壁へと伸びている。

 そして、この縄は機械の穴へと差し込まれているみたいだった。

 ここまで観察するとある程度見えてくるものがある。

 私がスイッチを押した機械から、この機械へあの縄を通して雷を送っているのだろう。上層の遺跡からの発掘品にもう少し小型だったがもろい縄が付いた物体があったのを覚えている。

 つまり、あのちぎれていた部分を繋ぎ直せばいい……ってことだと思う。

「でも、触ったら危なそう」

 改めてちぎれた縄を見て見ればバチバチと雷が音と光を放っていた。それに無理矢理繋げても上手く固定できなきゃ私がずっと抑えてなきゃいけなくなる。それじゃダメだ。


 他に何か使える物がないか探してみるとクローゼットみたいな鍵のかかっていない引き戸があった。あまりホコリが舞わないようゆっくりと開けてみると、そこには丸まった大きな縄が置かれてあった。あの機械に刺さっている物と同じだろう。

「予……電……給……ケーブル? ダ……プラグ?」

 貼ってあるプレートのかすれていた文字から判断すると、この縄はケーブルという名称らしく、両端には金属製の太い槍みたいなものが付いている――これがプラグ、でいいのかな?

 ちぎれてはなさそうなので、今刺さっているケーブルとこっちのケーブルを取り替えてみることにした。

 ただ、あの雷をどうにかしてからじゃないと危なそうだったので、一旦スイッチのところに戻って機械を一時停止させてから付け直すことにした。


 私の手よりも太いケーブルだったので運ぶのも差し込むのも一苦労だったが、

「ふぅ……これで終わった。後はもう一回このスイッチを押せば――どうなる?」

 ケーブルを繋ぎ直した私はもう一度スイッチを押してみる。これで何も起きなきゃまた一から考え直しだ。それは困る。

 なんて考えていると目にいきなり光が飛び込んできた。あまりの眩しさに思わず目を瞑ってしまう。

 反射的に閉じた目を慣らすようにゆっくりと開いてみると、そこには驚きの光景が広がっていた。

「明るくなった?」

 どうやっているのかはわからないけど、天井の一部が光り輝いて部屋が光に照らされていた。先ほどまでの薄暗い雰囲気は一切無い。

 おまけに何かが動きだしたような音も遠くから聞こえてくる。

「声も止んだってことはこれでよかったってこと?」

 そう言った所で、先ほどまでとは別の内容の声が聞こえてきた。

『電力……供給……認……ロック…………解除……し……』

 それだけ言ったところで声が聞こえなくなってしまった。

 多分これでよかったということだろう。

「さっき行けなかった所の様子を見てみよう」

 機械が動いて状況は大分変わっているはず。これで何も変化していない……なんてことはないよね?


―――――


 部屋から通路へと出てみると通路の天井も部屋と同様に光り輝いていた。これだけ明るければ瓦礫や物に引っかかることもないだろう。

 通路を歩いていると、どこからかガッシャコ、ガッシャコと歯車が壊れて回転しているような音が聞こえてきた。音の出所は私が開けるか試した扉の一つ。

「扉が開こうとして失敗している感じ?」

 この遺跡が明るくなるまではびくともしなかった扉が開こうとしているのはいいとして、たぶんこの動きは正常なものじゃなさそうだった。

 開いた隙間からは奥にも通路があるのが見える。

 最初に試したときのようにスコップを使ってみても良いが、常に動いている扉に上手くあわせるのは難しそうなのでまずは他の場所を確かめてみることにした。

 他の場所もこの分だと開いていそうだし。

 私のその予想は半分当たっていて、半分間違っていた。

「閉まったまま?」

 開いているだろうと他の扉を確かめに行ってみれば、あのガッシャコ、ガッシャコいっている扉以外は閉ざされたままだったのだ。

 勘弁してよ……と思いつつ目の前の閉まっている扉に触れるとウィン、と音を立てて扉が難なく開いた。

「へ?」

 そのまま一瞬固まる私。

 まさか触ることで開くとは思ってもみなかった。

 でも、これで扉の先が確かめられる。


 入った先は通路ではなく部屋だ。さっきケーブルを繋いだところと同じくらいの広さだが、中は大分違う。

 あそこと違って何やらよくわからないもの――具体的には金属製のタマゴのような物体が開かれた状態で大量に置かれていたのだ。部屋の中央の機械とケーブルで繋がっているみたいなので何かしら意味はあるのだろうが、中央の機械は私が触っても反応せず、スイッチのような物もなかったし動く気配もなかった、

 おまけに金属製のタマゴの中身は何もなかったり、バラバラになったくすんだ金属だったりと変わったものはなさそう。

「むぅ、ぱっと見で使えそうな物はなしか」

 わざわざ扉が閉められた状態で放置されていた部屋だ。詳しく調べればなにか出てくるかも知れないが、脱出に手間取っている今の状況で呑気に調べている余裕はない。ものすごく悔しいけど。

 そんな思いを抱えつつこの部屋を後にして、次の扉へと向かったのだが、そこの部屋もほぼ同じだった。中央の機械とケーブルで繋がれて開いた状態の金属製のタマゴ。中身についても多少の差異はあれど一緒。

 なんか、扉にスコップ突っ込んだときと一緒のような……。

 私の脳裏によぎった考えを肯定するかのようにもう一つの部屋も同じ感じだった。

 ここまで来るとどうせ同じだろうけど一応確かめておく。

 最後の扉に触れて中に入るとやっぱりそこにあったのは大量の金属製のタマゴ――

「あれ? 一個だけ開いてない?」

 この部屋も今まで見てきた部屋と同様、中央の機械から伸びたケーブルによって繋がった金属製のタマゴが鎮座していたのだが、一つだけ開いていないものがそこにはあった。

 相変わらず中央の機械に触ってみても反応がないので、開いてないタマゴに近づいてみる。

 当然、中は見えないけど周囲をじっくりと観察してみる。

 うーん、やっぱり金属製のタマゴみたいな物体っていうだけ……ん? 何か書いてある?


「モリー…………P?」

 かすれているせいでそれしか読み取れなかった。この中に入っているものの名称だろうか?

 他が全部開いていて、これだけが閉じているというのは否が応でも期待が高まる。人間が残した凄い物だったりしないだろうか。

「でも、これどうやって開けるの?」

 扉以上に開け方のわからない金属製のタマゴに手を添えるようにゆっくりと触れる。

 すると、私の手が触れたのと同時にプシュー!! と勢いよく煙が飛び出して金属製のタマゴが割れるように開いていく。

 煙の中に見えたのは人型の何か。膝を抱えて座っているからか、私よりも大きい……と思う。

「システム再起動を確認。コマンド全て正常……リンクが確認出来ません。リンクが確認出来ません。リンク無しで起動します………………」

 そんな無機質な声と共に金属製のタマゴの中から立ち上がり現れたのは、私よりも大きい体躯と銀色の輝く身体をした――青眼のゴーレムだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

③人間探訪記~悪魔族の少女と記憶喪失のゴーレム~ 海星めりい @raiki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ