第五章(6)
戦いは終わった。
政府とリウァインダーの戦いはまだ終わっていないし、世界の【巻き戻り】もまだ阻止したわけではない。それでも俺にとっての戦いは終わった。
俺はトラックの傍で治療を受けている。いくつか擦り傷や打撲があるだけど、たいした怪我はない。とはいえ舞さんに怒られることは覚悟している。
そこで新がやってきて、俺の隣に座る。
「よお、英雄。映画だけじゃなく現実の世界まで救うことになったな」
「よしてくれ。俺だけの勝利じゃないだろ」
「相変わらず謙虚だな」
新はそう言うけど、俺は自分が世界の英雄だなんて思っていない。なんだか実感が湧かないのだ。リウァインダーに勝つためには戦闘用アンドロイドの対策が必要で、俺はそのために一役買ったのだろう。しかし【前宇宙の遺産】を残した前の世界の人達やその情報を伝えてくれた伊武監督のお陰で俺はこの世界で生き残っている。彼らも世界の英雄と言うべきだ。
「なんだよ。勝ったっていうのに浮かない顔だな」
「これで俺達は過去を消した。もちろん後悔なんてないけど、やっぱり【巻き戻り】を望む人には恨まれることにはなるんだろうな」
それに世界中の全員が未来に進むことを望んだわけではない。【巻き戻り】を受け入れることもある意味では正しい考え方かもしれない。俺はただ未来に進む立場にいて、その未来を勝ち取っただけだ。世界の英雄だという考えも本当は正しくないのかもしれない。
「俺は自分勝手に未来を望んだだけだ」
「じゃあ、それでいいじゃねぇか。どっちみち、
新があっさりと言う。俺は笑ってしまった。
確かに俺達は未来に進むために過去を消していった。それが自然の摂理だからというつもりはない。むしろ世界の【巻き戻り】が自然現象だったのならば、未来に進むことこそが自然に反している。
「そうだな。俺達はそれぞれの理由で、未来に進みたかっただけだ。過去を消した分、その過去に恥じないような未来をつくっていこう」
俺達にはそれしかできない。そしてそれで十分だと思う。
「ああ。そうしよう」
未来についてはこれからつくっていくとして、俺の身近なことについて考えよう。まず知りたいことといえばあいつのことだ。
「ところで完義はどうなるんだ?」
リウァインダーに加担していた完義のことだ。まだ目を覚ましていないようで、特殊部隊の隊員が様子を見ている。これから刑務所に送られることになるだろうけど、軽い罪では済まされないだろう。それでも彼には再起の機会を与えてほしい。
「まだ捕まえたばかりだから何とも言えないが、
つまり完義のアクション俳優としての人生はほとんど断たれたということだ。同じアクション俳優としてはとても残念なことだけど、こればかりは仕方のない。完義が罪を犯したのは事実であるし、完義だからといって免罪するわけにもいかない。
「そうか。完義の分まで頑張らないとな」
アクション映画界を支えるスターの一人が実質的にいなくなってしまった。ならば俺がその穴を埋めないといけない。究極のアクション映画をつくるという目標はこれからも変わらないけど、より一層気合が入ってきた。
「次の映画、楽しみにしてるぜ。けど、あんまり危ないことをするんじゃねぇぞ。もう次の世界に情報を残すことなんてできないんだからな」
笑いながらそんなことを言うので、俺は新の肩を小突いてやった。
「余計なお世話だよ。安全対策はしっかりするさ。舞さんを悲しませたくないからな」
「言うようになったじゃねぇか」
それから新が俺の肩を小突いてきた。いつの間にか新との間に友情が芽生えたようだ。新しい世界について、これからもいろいろ教えてもらえたらいいと思う。
もう少し喜びに酔いしれたいところだけど、俺にはここでやらなければいけないことがある。
完義が特殊部隊の人達に連行されているところが見えた。俺には完義に言いたいことがあるのだ。ここを逃しても話せる機会はあるだろうけど、それでも今言っておきたい。
「完義!」
俺が声を掛けると、特殊部隊の人達と一緒に完義は足を止めた。そしてこちらに振り返る。
「
「いい。話させてやれ」
新がそう言ったお陰で、特殊部隊の人は引き下がってくれた。俺はさっき言えなかったことを完義に言う。
「完義。一緒に映画を撮ろう」
俺が完義に言いたかったことはこれだ。完義がリウァインダーの一味だったということは分かっている。それを差し置いてでも、やっぱり俺は完義と共演する映画を撮りたい。それが俺と完義の夢でもあった。
「今度は演技の戦いをしよう」
さっきのような命を懸けた戦いじゃなくて、楽しくただ純粋にアクションの進化を求めるだけの戦いをしたい。俺も完義もアクション俳優なんだ。世界の命運を懸けるのはスクリーンの中だけでいい。
俺はそう思うのだけど、完義はこう言い返す。
「俺は犯罪者だ。刑が軽くないのも分かっている。出で来る頃には俺はもうジジイだろうよ。アクション映画に出る体力なんてない」
「君は年を取っても強いはずだ。そうだろ」
完義ならば六十歳くらいまでは衰えないだろうと本気で思っている。その頃にはアクション映画の事情も大幅に変わっているかもしれないけど、完義ならば申し分ないはずだ。もちろん俺も少なくともその年までは現役を続けるつもりだ。
「でもいいのかよ。犯罪者の俺となんか映画に出たら、お前の名前に傷をつけるだろ」
「それはなんとかするさ」
元リウァインダーの完義と共演することに対しては、批判が集まるかもしれない。そもそもそんな企画を通すことすらも難しいに違いない。それでも俺は、親友との夢を叶えたい。
完義は呆れたように溜息をつきながらも、嬉しそうに頬を緩ませている。
「分かったよ。お前もそれまで腕を磨いているんだぞ」
「ああ。楽しみにしている」
何十年も後の話なのに、今からでも映画の構想を考えたいくらいだ。
「そうだな。俺も楽しみだ」
完義もこれからの未来に希望を持ってくれたらいいと思う。たとえ世界が巻き戻らなかったとしても、完義のアクション映画に対する情熱は変わらないはずだ。俺はそう信じている。
今度こそ完義は特殊部隊の人達に連行されていった。その直後、新がこんなことを訊いてくる。
「木虎完義との映画、どんな映画にするんだ?」
本格的なアクション映画になることは当然として、問題はその中身だろう。きっと格闘戦がメインになるだろうから、今考えている俺の案がちょうどいいだろう。
「そうだな。きっと完義の趣味からはちょっと逸れるかもしれないけど」
俺もあまり人のことを言えないけど、完義が出演する映画は少々バイオレンスなアクションになる傾向にある。しかし完義の共演作では趣向を変えたい。
「小さな子供でも楽しんで見れるような、カンフーアクションがいいかな。ユーモアがあるような、親しみやすい感じの映画が良い」
子供がその映画を観て、俺や完義のようにかっこいいアクションができるようになりたいと思ってくれるような映画がいい。
次の世代の子供達が、アクション映画を未来に繋げたいと思ってくれるような、そんな映画を撮ろう。
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