第五章(5)

 俺と完義が戦い始めてから十分じゅっぷん以上は経過している。お互いに消耗が見られるようになった。ずっと完義にペースを握られているけど、俺の攻撃も完義に当たっていないわけではない。緩やかな動きに乗らず、完義のガートをくぐったことは何回かあった。


 しかし決定打を与えられないでいる。このまま持久戦に持ち込まれれば、完義にペースを握られている俺の方が不利になっていくだろう。


 距離を取って向かい合っている状況で、俺は手招きをして完義を誘う。先程から速い連撃を繰り返しているけど、完義に受け流されてばかりでいる。完義の攻めを見切ることで戦いの主導権を取り返したい。


 当然、完義は乗ってこない。完義は首を横に振り手招きをして、俺に攻めさせようとする。俺はもう一度、大きく腕を振りながら手招きをする。それでも完義は乗ってこない。同じように短く手招きを返す。


 攻めてこないならばそれはそれでいい。俺は攻撃を仕掛ける。今まで通りの速い連撃だ。

 やはり攻撃は受け流されてはいるものの、段々とタイミングは分かってきた。完義からのカウンターを回避することはできるようになってきた。


 遅い動きを見せられ続けているけど、緩急も何度も見せられている。そろそろ速度の急激な変化に慣れてきた。加えて、完義の体力も少なくなってきたのか、変化があるとはいえ、その変化自体が単調になってきている。


 俺は完義の顔面を目掛けて右の拳を振るう。しかし完義がしなやかに身体の軸をずらしてそれを避ける。すかさず俺は回し蹴りをするが、それも完義は半歩下がって躱す。俺は隙を与えずに右、左と短く速い拳を繰り出し、完義はそれも首を横に動かすだけで回避する。


 完義は少しずつ俺の動きを分析して、最適な行動を調整しているようだ。だから少なく速くもない動作で俺の攻撃をやり過ごしている。それに俺の攻撃も段々と単調になっている。やはり速いだけの攻撃は完義にとって対処しやすいのだろう。


 しかしそれでいい。


 俺は少し距離を取り、それから勢いをつけて完義に向かった。それまでは今まで同じだ。もしかしたら完義も呆れているかもしれない。

 完義が俺の動きに合わせて緩やかに身体を捻る。俺の攻撃を躱し、そのままカウンターを叩き込むつもりのようだ。


 そこで、俺は止まった。


 実際に止まってはいないけど、完義にはそう見えたかもしれない。俺は左足で踏み止まり、そしてゆっくりと身体を回す。


「クソ……」


 完義の動きがよく見える。俺の攻撃が速いと決めつけていたところを、俺が急に減速したものだからタイミングをずらされたようだ。


 遅い動きを見せ続けられた後に速い動きを見せられると動きについていけなくなる。その逆もしかりだ。速い動きの後の遅い動きも非常に厄介だ。完義の拳はゆっくりと空を切る。俺はその隙を見逃さなかった。


 俺はそのまま蹴りを繰り出す。完義の顎に直撃した。脳を揺らされて、立っているのがやっとだろう。俺はさらに左の拳を三発浴びせて、最後に右の強打を完義の鼻に喰らわせた。


 完義は壁まで吹っ飛び、そしてそのままへたり込む。そして息も絶え絶えにこう言った。


「俺の負けだ。参った」


 確かにこれ以上戦えそうにないように見える。俺は危うく近づきそうになるけど、これは映画や試合ではなく戦いだったことに気づいて足を止める。それを見て完義がおかしそうに笑った。


「そう警戒するなよ。だまし討ちなんて俺の性分しょうぶんじゃない」


 完義の言葉に嘘はないだろう。満足に動けそうもないのも演技じゃないはずだ。戦いは終わった。俺は完義の隣で腰を下ろす。


「まさかアンドロイドの戦い方を真似るとは……。やっぱりお前の戦い方は自由でいいなぁ」


 さすがに完義も分かっていたようだ。俺は最後の攻め以外では、敢えて攻撃の速度を調整しなかった。ほとんど同じようなペースで完義に攻撃をし、完璧に完義の動きを分析した後に、最適なアクションを更新する。アンドロイドの学習のような調整の仕方だ。


 俺も良いアイデアかと思ったけど、おそらく映画には使えそうにない。観客には分かりづらいような変化だからだ。アンドロイド役として映画に出演するならば考えないことはない。

 そんなことよりも完義には訊きたいことがある。


「そもそもどうしてお前はここに残ったんだ? 逃げることもできただろ」


 いくら戦闘用アンドロイドに詳しいからといって、完義がこのアンドロイド工場に必ずいなければいけないということはないはずだ。ここでの戦いが劣勢だと判断したのならば、工場を放棄するという選択肢もあったはずだ。

 完義は呼吸を整えながらも答える。


「戦闘用アンドロイドによる強襲という俺達の狙いが知られたんだ。それに弱点だってしっかり対策された。今更お前を殺したところで、俺達リウァインダーはもうどうやっても勝ち目がねぇよ」


 戦闘用アンドロイドの詳細が知られていないというアドバンテージがあったからこそ、前の世界ではリウァインダーが勝ったのだとすると、俺を例の撮影現場で殺せなかった時点で敗色が濃厚だったということだろう。


「だけど俺はどうしてもお前と戦いたかった。これが最後のチャンスだと思った」


 リウァインダーとしての目的は諦め、俺と勝負することだけを目指した。理屈じゃなかったのだろう。自分のしてきたことに対する決着をつけたかったのかもしれない。


「そんなことより、どうして世界の【巻き戻り】を望んでいたかだったな」

「そういう話だったな」


 これだけ武術とアクションに情熱を抱いていた男が世界を敵に回してまで【巻き戻り】を望んだ理由だ。心して聞こう。


「お前にはヒーローがいるか?」

「ああ、もちろんだ」

「俺にもいた。俺の先祖で、閑嵐流を初めて映画に広めた人だ」


 もちろん俺も知っている。彼も偉大なアクションスターだ。彼の動きを研究するために、彼の出演作を何度も視た。名声にたがわない、美と力を兼ね備えた達人だった。


「百年以上前の話だ。俺が生まれる前にもうこの世にはいない。それでのあの人の閑嵐流を見て育ち、アクションスターをこころざした。俺にとってはあの人は英雄そのものだ」


 そして完義は悲しそうな眼をしながら語る。


「しかし俺が俳優になる頃には、あの人を知っている奴はほとんどいなかった。誰を目指して俳優になったのか問われてあの人の名前を出したが、反応は薄かった。それどころかマネージャーからもっと有名な人を言った方が良いと言われる始末だ」


 俺も同じだ。英雄だと憧れていた人が、他の人達には何者でもなくなってしまう感覚。俺の生き方まで否定されているようで嫌だ。しかしそれよりも我慢ならないことを俺は知っている。完義も同じ気持ちのようだ。


「あの人が消えるようで嫌だったよ……」


 英雄が忘れ去られるのは俺も悲しいし、怖い。俺達や俺達の英雄がしてきたことがなかったことにされると感じてしまう。まるでそんな英雄が初めから存在していなかったように感じてしまう。

 そして完義は呆れたような苦笑いを浮かべながら言う。


「俺も馬鹿だよな。こんなもん、【巻き戻り】があろうがなかろうが、あの人が忘れられるのに変わりないのに」

「忘れられていないだろ」


 それを完義自身が証明している。今まで戦っていた俺が分かっている。


「確かにアクション俳優としてはみんなの記憶から消えていたかもしれない。けど、閑嵐流の達人としては、少なくとも君の中では強く生き続けていたはずだ」


 完義の言っていることから外れた綺麗事かもしれない。それでも俺は言いたかった。完義のように意志を受け継ぐ者がいる限り、彼も誰かにとっての英雄であり続ける。

 そこで完義はこんなことを訊く。


「じゃあ、何の流派もないお前はどうなるんだ」


 完義の指摘はもっともだ。俺には継承するべき流派などない。それでも継承するものが全くないわけではない。


「子供がアクションスターの魂を受け継いでくれるはずだ」


 俺のようなアクションスターになりたいと言ってくれる子供がいる。アクション映画がずっと進化してほしいという俺の想いは、その次の世代の人達が繋いでくれるだろう。俺にはそれで十分だ。


「子供……。そうか。政府と組んでるんだもんな」


 そして完義は星に願うような眼差しで天井を見つめながら言う。


「俺もそういう風になれるかな……」

「なれるさ」


 俺は考えるまでもなく即答した。一つの流派を愛し、伝統を守ろうとしている完義ならば、きっとその意志を受け継いでくれる人が現れる。完義も誰かの英雄になれる。

 そこで俺は大事なことを思いついた。俺達の想いを伝えるためのことだ。新達がここに来て、完義を連行するまでに話しておこうと思ったけど止めた。


「そうだ。完義」


 完義が気絶していたからだ。緊張感が途切れて、戦いのダメージが噴き出たのだろう。今はそっとしておこう。


 そこにいるのはリウァインダーというレジスタンスとして世界に反逆していたとは到底思えないような、満足のいくまで遊び、疲れ果てて眠っている子供のようなアクションスターだった。

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