第五章(4)

 俺と完義の一騎打ちが始まった。格闘戦を繰り広げていくうちに、俺達はある部屋にやって来る。コントロールルームからはあまり離れていないけど、俺としてはこれ以上場所を移したくない。


 防具は着たままだけど、ヘルメットは既に脱ぎ捨てている。視野が狭くなっては展開の早い接近戦に対応できない。


「仲間のことを気にしている場合か」


 完義は回し蹴りを繰り出してくる。俺はバックステップをすることで寸前のところで回避した。完義の言う通りだ。今は完義との戦いに集中するべきだ。


「そうだな。気の済むまでやり合おう」


 この日のためにアンドロイド対策をしてきたはずだ。新達は大丈夫だと信じて、俺は目の前の敵にしっかりと向かい合う。


「そうだ。それでいい」


 完義と稽古をしたのは何年も前になる。彼の武術を見るのは久しぶりだ。


 閑嵐流かんらんりゅう


 カンフーにも似た武術は非常に芸術的で、敵にするとかなり厄介な特徴を持つ。

 完義は右の拳を突き出してくる。たいして速くない。目で十分に捉えられるような掌打だ。俺は余裕をもって完義の拳を避ける。そして左の脚で完義の頭を横から蹴り叩こうとした。


 しかし俺の脚は完義の右腕によって防がれる。さっきまで拳を突き出していたはずだけど、いつの間にかガードに転じていた。


 俺は一旦距離を取り、軽快なステップを混ぜながら完義へと接近していく。本命の蹴りをいつ繰り出すのかを分かりづらくしている。完義もそれはお見通しのようで、ゆったりと後退しながら、俺の動きをよく観察している。


 完義のやや左前に来た時、俺は左脚で完義の左脇腹を狙った。これは完義が右腕で防ぐ。それまでは予想通りだ。完義の右腕には軽く当てただけだ。本命の攻撃は完義の側頭部をとらえている。


 そのはずだった。それすらも見切っていたようで、完義は身を引いて俺の蹴りを回避する。そして今度は完義が攻めるターンになった。


 再び遅い右の拳が俺に向かってくる。たとえ鍛えていなくても容易に避けられるような拳だ。俺は先程と同じように相手の動きに合わせて回避しようとしていた。分かっていても、そうしてしまった。


「くっ」


 完義の右の拳が俺の頬に直撃する。そのまま嵐のようなラッシュが俺を襲った。先程とは打って変わって速い連打だ。俺は両腕でガードしてやり過ごしつつも、隙を見て完義の腹を蹴り飛ばし、何とか距離を取ることができた。

 再び俺達は構えながら向かい合う。


「なるほど……。相変わらず厄介な武術だな……」

「そりゃどうも」


 予備知識と対戦した経験がなければ訳も分からずにやられてしまうところだ。閑嵐流のことを知っているつもりでもこのざまだ。


 閑嵐流の強さは緩急にある。


 速い攻撃というのは確かに強いけど、相手に慣れられてしまえば容易に対策されてしまう。俺としても強打や速さしか頭のないような攻撃は見切りやすいし御しやすい。


 しかし遅い動きを続けた後に、急に速い攻撃に切り替えられると、その速い攻撃に対応できない時がある。遅い動きに目や身体が慣れてしまって、急激な速度の変化についていけなくなってしまうのだ。


 野球やテニスのような球技でもよくある技術だ。閑嵐流はこの緩急を利用して敵を翻弄する武術だ。俺もその緩急に惑わされる程には、この部屋に来るまでにその遅い動きを何度も見せられてしまった。


「でも、お前もこんなものじゃないだろ」

「当たり前だ」


 対策がないわけではないし、まだ様子見のつもりだった。勝負はまだここからだ。

 俺は積極的に攻めに移る。相手のペースに乗せられないように攻撃を続けることが、単純だけど有効な対策のはずだ。


 俺はまず右の拳を突き出す。完義の顔面に向けた迷いのない一撃だ。完義はそれを左手で受け止める。そんなことは織り込み済みだ。その左手首を掴み、思いっきり引っ張る。そのまま巴投げのような姿勢になった。


 しかし本当に投げるわけではない。俺は右脚を蹴り上げ、完義の顎を狙う。威力の高い蹴りではないけど、顎に当たれば完義の動きを止められるはずだ。

 俺の狙いは見切られていたようで、完義は強引に左肩をずらして俺の蹴りを防ぐ。それならば俺はさらに完義の腕を強く引きながら、起き上がる。


 完義の背中が空いている。俺は完義の左手を離してから、回し蹴りを繰り出す。完義の姿勢はまだ低い。狙いは延髄だ。

 その最中、俺は確かに見た。俺の蹴りを読んでいたのか、完義が左腕をガードのために上げている。その動きはとても緩やかだ。


 俺には一連の所作が防御というより踊りに見えた。見る者を魅せるための芸術だ。緩やかに流れる刹那、それが次の攻撃のための布石だと気づいた時には、素早い拳が飛んできた。

 完義の拳が俺の頬を捉える。防御の時に遅い動きを見せてからの、急加速した攻撃の拳だ。分かっていても緩急の渦に思考が巻き込まれてしまう。


 俺は一旦距離を取り、体勢を整える。結局、防御の時まで完義のペースをつくられてしまうのならば、速い攻撃の連続はむしろ完義の攻撃のきっかけを与えてしまっているようなものだ。


「本当に素晴らしい武術だな」

「そうか。俺はお前の自由な感じも好きだぞ」


 自由と言えば聞こえがいいけど、何かしらの流派に所属していないというだけだ。様々なアクション映画で演技するにあたって、決まった型を敢えて学ばないという選択をしたのだ。


 実戦にできるだけ近づけるようにはしているものの、俺の武術はあくまで演技のためのものだ。本当に戦闘のために作られた武術を相手にすると、やはり劣勢に立たされてしまう。


 戦っている間、俺はずっと納得がいってなかった。戦う前から違和感があったのだけど、完義の拳を受けたことで確信に変わる。俺は問いただすことにした。


「完義。まだ、考えは変わらないか」

「何の話だ?」


 分かっている癖に、完義はとぼけている。ならばはっきりと言ってやろう。


「閑嵐流を後世に伝えよう。こんなに素晴らしい武術が途絶えてしまうのはあまりにももったいない。もっと未来に受け継がれるべきだ」


 俺の言葉に対して、今まで楽しそうにしていた完義が不快感をあらわにする。


「言ったはずだ。俺は俺の名前が残ればいい。閑嵐流はその手段というだけだ。未来に受け継がれるかなんてどうでもいい」


 完義が言いたいことはよく理解している。世界が巻き戻らなければ、何百年、何千年、いやそれよりも遥かに長い時間が流れることになる。たとえ俺や完義が今の時代のアクションスターとして世界中で有名だとしても、時が流れれば忘れ去られてしまう。完義はそのことを憂いているのだ。俺だって思うところがないわけではない。


 できることならば自分の名声が永遠に残ってほしい。その気持ちはよく分かる。だからこそ俺は完義に言う。


「嘘をつくな」


 完義は自分のことしか考えないような奴じゃない。自分の名前のためだけに世界の【巻き戻り】を賛同しているわけがない。絶対にそうだと断言できる。


 完義の主張と彼の武術が矛盾しているからだ。


「だったら、どうして君の武術はこんなにも美しいんだ」


 特定の流派に所属していない俺でも分かる。完義は閑嵐流に対してとても真摯で、この武術を愛している。隙の無い構えはいつまでも向かいあっていたい程に美しく、拳の流れは逆らうことがもったいなくなる程に繊細であった。


 そんなアクションを実演する者が我欲だけで動いているわけがない。

 俺がそう指摘すると、完義は観念したようにくすりと笑った。


「さすが末星だな。戦いで、アクションでお前に嘘はつけないか」


 そして完義は再び構える。その表情は憑き物が取れたかのように晴れやかで、何かを決心したかのように清々しい。きっと世界の【巻き戻り】を懸けた戦いとか、リウァインダーとしての立場はどうでもよくなったのだろう。

 ただ純粋に、俺と拳を交えたいようだ。


「俺に勝ったら教えてやるよ」


 俺も、世界の未来とかアクションの進化とかが段々どうでもよくなってきた。

 ただ今は、完義とのアクションシーンを心ゆくまで堪能したい。

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