第五章（３）
ついにリウァインダ―のアンドロイド工場を強襲する作戦が始まった。
工場の周りにも警備はあったけど、ほとんどがアンドロイドだった。ここのアンドロイドも製造直後の状態で、金属の身体を晒している。戦闘用だから当然だとも言えるだろう。
工場には人間もいたけど、こちらが武装をちらつかせるとあっさりと投降してくる。ろくな武装をしておらず、アンドロイドに任せっきりだったことが容易に想像できる。血生臭い戦いになることを覚悟していたのだけど、そうならなくて済みそうだ。
俺達は工場のエントランスホールに侵攻する。やはりここでもアンドロイドの警備兵がいる。アサルトライフルを持っていて、陣形も隙がない。
俺達は一旦壁に隠れる。このまま突っ込んでも無駄にこちら側の被害を増やすだけだ。戦闘用アンドロイドを相手にするだけならば、俺達には死傷者を出さない秘策がある。
「新。ラットを使おう」
俺がそう言うと、新は首を縦に振りつつ、通信機で話す。
「ああ。徹也。任せたぞ」
俺達はネズミ型の機械を取り出した。機械といっても、戦闘用アンドロイドと違って外側は体毛を模しており、見た目はネズミそのものだ。
このネズミはボルトラットと呼ばれている。遠隔で操縦して、任意のタイミングで電流を放出する。そしてアンドロイドを機能停止させるのだ。
アンドロイドの技術はまだ発展途上であり、いくつもの穴が存在する。無制限に存在する物体から自分の危険な攻撃を判別するために、ある程度小さく遅い運動のことは無視する。そうしない限り、アンドロイドはあらゆるものを危険だと判断して、その全てに対処しなければいけなくなるからだ。
だからその穴をついた。ネズミのような小動物があまり速く動かなければ、アンドロイドはそれを危険だと判断しない。外側だけでもネズミに似せれば、それだけアンドロイドは
遠隔操作のための通信も妨害されるわけがない。そんなことをすればアンドロイドの機能も低下して、リウァインダーの方が不利に晒されてしまう。
この作戦で、俺達は容易にアンドロイドを倒していった。ネズミによって足止めされたアンドロイドをただ銃で撃つだけである。こちら側に死者はおろか怪我人も出ない。俺がこの作成を提案した時、ボルトラットの製造コストがとても高いと新は嘆いていたけど、人の命には代えられないだろう。
三階建ての工場だけど、一階と二階は既に制圧した。その中にはアンドロイドの保管庫があり、数百体のアンドロイドが並べられていた。それらは突っ立っているだけで動くことはない。調整前のアンドロイドなのだろう。リウァインダー側も、大量のアンドロイドを戦闘用に調整する余裕がなかったようだ。
今のところは作戦通りに事が進んでいる。計算外のことがあるとすれば、ボルトラットの効果が強すぎて、その他の戦闘用アンドロイド対策があまり必要ではなくなったということくらいだ。リウァインダーの人間もかなり捕まえた。それでもまだ肝心なことが解決していなかった。コントロールルームの制圧と完義の確保だ。
「それで、
俺は隊員に訊いてみたけど、彼は首を横に振った。
「いや、今のところは、捕まえた者の中に
リウァインダーの戦闘用アンドロイドは思いのほか簡単に制圧されている。こちら側に怪我人はいても死者は出ていない。リウァインダー側としては自分達の切り札がこのまま壊されていくのを黙って見ているわけがないはずだ。
どこかで完義が動くに違いない。そう思っているのだけど、そればかりに囚われてもいけない。
「分かりました。コントロールルームに向かいましょう。完義がいなければそれに越したことはない」
とにかく戦闘用アンドロイドを無力化すれば、リウァインダーを壊滅に追い込むことができる。完義のことは警戒しつつも、本来の任務に集中すればいいだけの話だ。
俺と新、あと三人の隊員でコントロールルームへ向かう。その間に妨害は全くなかった。アンドロイドの戦力はあらかたエントランスホールで使い果たし、工場にはもう調整前のアンドロイドしか残っていないようだ。
それにしても物事が上手くいき過ぎているようにも感じてしまう。アンドロイドという切り札を封じてしまえば、リウァインダーなど政府の敵ではないと言ってしまえばそれまでだけど、やはり何かが引っかかる。
その答えがコントロールルームにあった。部屋の真ん中に完義がいる。二体のアンドロイドも連れている。全員が丸腰だ。
隊員がコントロールルームに入り、完義達に銃を向ける。
「アンドロイドの機能を停止して、両手を上げろ」
隊員の命令を無視して完義は話し始める。
「末星。よく来たな。ヘルメットをしていても立ち振る舞いで分かるよ。また戦えて嬉しいぞ」
この完義はアンドロイドではないだろう。近くで見るとよく分かる。ただ立っているように見えなくもないけど、わずかに半身になって、俺達がどう動いても即座に対応できるようにしている。その鋭い眼光は俺達の動きを見逃さないようにしているはずだ。
「完義。お前とは戦わない。このまま大人しく投降しろ。お前達の負けだ」
それがそう言うと、完義は
「嘘をつくなよ。俺と決着をつけに来たんだろ。わざわざ政府の犬になってまで。だったら早くやろうぜ」
そこで新が会話に割り込む。
「貴様は黙れ。早くアンドロイドを止めて投降しろ。末星もいちいちこいつの相手をするんじゃねぇ」
「分かった」
俺は素直に新の言うことを聞く。完義と話すことであいつのペースに乗せられるのはまずい。俺達はただこのコントロールルームを破壊して、完義を捕まえればいいだけだ。完義と会話する必要はないし、ましてや決着は既についたようなものだ。
「おいおい。親友同士の会話に水を……」
「いいから手を上げろ。早くしないと撃つぞ」
完義がゆっくりと手を上げようとする。全員がその動きに注目していて、一番後ろにいた俺はそのことに気づいていた。完義ならば少ない動作で俺達の意表を突くことをやりかねないので、それを警戒したのだろう。
俺は咄嗟に新や隊員に叫ぶ。
「お前達。アンドロイドを見ろ！」
確かに完義は大人しく手を上げた。しかし二体のアンドロイドを動き出した。完義の盾になるように彼の前を進み、なおかつ隊員へと体当たりをする。それで場が混乱してしまった。新もアンドロイドの対応に行ってしまう。
「うおおおぉぉぉ」
アンドロイドに合わせて完義が突っ込んでくる。狙いは俺だ。完義は俺を巻き込んでコントロールルームの外に出た。その瞬間、完義が何かのリモコンを取り出して操作する。するとコントロールルームの扉が閉ざされる。
俺は即座に立ち上がり、銃を取り出す。しかし構えた途端に、完義に蹴られてしまった。銃は俺の後ろに飛ばされてしまう。回収することは難しいだろう。
「おいおい。俺達の戦いにそんな無粋なものを持ち出すなよ」
完義は何も持っていないことをアピールするように両手を見せる。あくまで格闘戦で俺と戦いたいらしい。
「これで邪魔者はいなくなった。あの扉は銃じゃなかなか壊せないぞ」
「それはどうも」
どうやら完義が望んだように、俺と完義の一騎打ちが始まるようだ。俺も望んでいなかったわけではない。完義には言いたいことがたくさんある。それを拳に込めるのも悪くはない。
リウァインダーを倒すための作戦行動中であることは重々承知している。ここで完義から逃げるという選択肢もあるだろう。リウァインダー側が逆転できない程にはアンドロイドの数も減ったはずだ。無理に完義と戦う必要もない。
それでも完義に対する闘争心を抑えることはできなかった。
「完義。こうなったら思う存分やろう」
そう言いながら、俺もなんだか笑ってしまった。
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