第五章(2)

 リウァインダーに対抗するべく、俺は新の元で厳しい訓練を受けた。銃を使ったことは何度もあるので射撃訓練では困らなかったものの、やはり実戦訓練ともなると過酷さが際立った。何度も吐きそうになりながらも、日々の訓練をなんとか切り抜ける。それでも新や特殊部隊の人達からは褒められた。思っていた以上には動けているらしい。


 俺の訓練と同時並行で、特殊部隊のアンドロイド対策も行われる。俺はアンドロイドの弱点や戦闘スタイルを徹敵的に特殊部隊の人達へ叩き込んだ。彼らはとても飲み込みが早く、一週間も経てば俺が伝えた全てを習得していった。さらに対アンドロイド用の装備も考案されている。これでリウァインダーの戦闘用アンドロイド部隊にもおくれを取ることはないだろう。


 俺と舞さんが地下の街に来てから二週間が経った。政府はついにリウァインダーが戦闘用アンドロイドを製造しているとされる工場を突き止めたようだ。これからその工場を制圧するための作戦会議が行われる。


 大きな電光板に東京周辺の地図が映される。新が地図を指しながら皆に説明をする。


「ここが奴らのアンドロイド工場だ。他に二つほどリウァインダーのものだと思われる工場があるが、ここよりは遥かに小さい。きっとその小さいところから本命のここへ部品を流しているんだろうというのが、諜報部の見立てだ」


 戦闘用アンドロイドを製造するとなると、都市部から離れたところとなるだろう。重火器を使用させることを想定しているのならば尚更だ。


「俺達は本命の工場を叩く。そうすればリウァインダーにおける戦闘用アンドロイドのほとんどを無力化できる。それはすなわちリウァインダーの大幅な戦力低下も意味する」


 つまり決戦の場をその工場に決めたようだ。確かに戦闘用アンドロイドの供給を止めてしまえば、リウァインダーは壊滅的なダメージを受けることになり、そのまま降伏せざるを得なくなることも考えられる。

 そして電光板は東京の地図から工場の見取り図に切り替わった。


「戦闘用アンドロイドはコントロールルームである程度の制御をしている可能性が高い。アンドロイドの軍団を作ろうとしているのなら尚更だな」


 新は見取り図のある地点を指した。


「ここがそのコントロールルームであると推測している。ここを破壊して戦闘用アンドロイドの機能を停止させることがこの作戦の目標となる」


 奴らの切り札さえ無力化させてしまえば、そこにいるリウァインダーも無駄な抵抗をしないだろう。


「作戦中の指揮は俺と璃音末星りおんまっせい特別顧問が取る。特にアンドロイドのことに関しては特別顧問の命令に必ず従ってくれ」


 もちろん基本的には新が指揮を取る。俺はアンドロイドと戦うためのサポートを担当する。そこで新は俺に声を掛けてきた。


「末星。アンドロイドに関して何か言っておくべきことはあるか?」


 新がそう訊くので、俺は立ちあがり大声で語り始めた。


「はい。完義さだよし……木虎完義の確保を優先してください」


 何も私怨で言っているわけではない。これには合理的な理由がある。


「もし奴がこの工場にいれば、奴が戦闘用アンドロイドを指揮する可能性が非常に高いです。奴はアンドロイドに対する戦闘中にけていますから。こちらがアンドロイドに対して有利に戦ったとしても、完義はそれを見て策を講じることも考えられます」


 逆に言えば完義さえ無力化することができれば、この戦いはかなり有利になるはずだ。


「分かった。ありがとう。もういいぞ」


 それからは各部隊の細かい陣形が説明される。俺は後衛に配置されることになった。前衛の部隊に守られる形にはなるけど、先陣を切って戦うのは俺の役目ではない。それよりもアンドロイドの動きを把握して、対応策を考えなければいけない。

 作戦会議が終わった後、新が声を掛けてきた。


「末星。この作戦が成功したら、アンドロイドとの戦いは激減すると思う。だからお前さんは事態が収束するまで待機した方がいいと考えているが構わないな」


 俺はあくまで戦闘用アンドロイドの対策のために同行させてもらっている。だからそのアンドロイドがいなくなれば俺の役目は終わるだろう。それ以降もリウァインダーの人間部隊と戦うことになるかもしれないけど、そこに俺は必要ないに違いない。俺がいても足手まといになるだけだ。


「分かった。それで構わない」

「この作戦で木虎完義を捕えられなくてもか?」


 俺が作戦会議で話した通り、本命のアンドロイド工場に完義がいる可能性は高いはずだ。しかしいないことも考えられる。完義に遭遇することなく作戦が成功すれば、俺はこの先で完義と戦う機会を失うだろう。

 しかし答えは決まっている。


「構わない。そうなったら新達に任せる」


 俺のわがままを突き通すわけにはいかない。完義と決着をつけることは強く望んでいるけど、戦略上それが不合理だというのならば俺は自重する。


「そうだな。まあでも、木虎完義を捕まえることができたら、お前さんにも話をさせてやるよ。いろいろ言いたいことがあるんだろ」


 新はそう言ってくれたけど、俺としては疑問が浮かぶ。完義と話したくないわけではない。それでも今の完義と話すことになったとして、俺は上手く話せる自信がない。


「俺が何を言っても、完義に対して残酷なことになると思う」


 完義を捕まえて、俺が彼と話すということは、リウァインダーの野望を阻止して、世界の【巻き戻り】を防ぐ可能性が高くなったということだ。完義が望まない世界になったとしたら、俺の言葉は完義には何も響かないのではないだろうか。


「そう思っているっていうことは、奴のことをまだ友達だって思ってるんだろ?」

「そうだな……」


 新の言う通りだ。完義はリウァインダーの一員だと判明した今でも、俺にとっては大事な親友だ。

 親友だから、リウァインダーから足を洗ってほしいと思うし、自分が望まない世界になっても希望を捨てないでほしいと本気で願っている。しかし俺がその希望を奪っておいて、完義に希望を捨てるなと言うことができるだろうか。


「けど友達だから、何を言っていいかが分からない」


 最終的に【巻き戻り】に反対してくれた留成ひさなりはともかく、最後まで【巻き戻り】を望んでいた文後ぶんごが生きていたとして、俺は彼に納得のいく答えを出してあげることができないだろう。彼の生きる意味を奪ってしまったのだから。


 そして今、完義にも同じことをしようとしている。彼は自分の名前を永遠に残すために、その人生を費やそうとしている。俺がそれを止めたとして、それは彼の人生を否定することになりはしないだろうか。


 その時、俺は完義の友達でいられるだろうか――。


 バシン。


 ふと、背中を強く叩かれた。新の仕業だ。


「何、辛気臭いこと考えてんだよ。お前さんって結構そういうところあるよな。真面目過ぎて、考えなくていいことまで考えてしまう」


 考えなくてもいいとはどういうことかと言い返そうとしたけど、その前に新が笑顔でこんなことを言い出した。


「たかだか世界の【巻き戻り】がなくなっただけで、お前の友達は、それで終わるような奴じゃないだろ」


 俺もつられて笑顔になる。新の言う通り、余計なことまで考えてしまっていたのかもしれない。


「そうだな。完義はそんな奴じゃない」

「じゃあ、そう言ってやればいいだけだ」


 世界が巻き戻らずに、俺達の世代のアクション映画が究極でなくなったとしても、木虎完義のアクション俳優としての素晴らしさは何も変わらないだろう。新しく生まれ変わった世界でも、彼ならば【終末の世界】でやって来たこととは違う形でアクション映画に大きなものを残してくれるはずだ。


「分かったよ。君のお陰で思いついたよ」


 もし俺が勝ったとして、完義に掛ける言葉が決まった。これならばきっと完義だって納得して、【巻き戻り】のない世界を受け入れてくれると信じたい。

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