第五章 終末の英雄
第五章(1)
俺が子供の頃のことだ。
俺の父親は映画関係者で、撮影現場に俺をよく連れてくることがあった。そこで俺はアクション映画の稽古や撮影を見学させてもらっていた。
その現場は、超大作とはとても言えないようないわゆるB級映画を撮っていた。予算もそれ程多くはなく、派手な演出はできそうにない。アンドロイドも必要最低限でしか使われず、ほぼ全てのアクションシーンを人間が演じていた。
とはいえ当時の俺にとっては、アクション映画の格付けや予算なんて知らないしどうでもよかった。ただ、その映画を撮影している風景がかっこよくて憧れていた。
「末星はああいう風に戦いたいか?」
「うん。戦いたい」
小さな頃から運動は得意だった。同年代と比べても足は速かったし、どんなスポーツもエースのような立場になっていた。それに加えて、アクション映画は好きだったし、映画の撮影現場を何度も見た。既にアクション俳優を目指していたのも不思議ではない。
俺はスポーツ選手として活躍したいと思うよりも、あのアクション俳優達と同じように身体を操り、かっこいいアクションシーンを作りたいと思うようになっていた。
俺にとっては、特に憧れていたアクション俳優がいた。彼は人気作にはあまり出演することはなく、出たとしても少しの時間しか画面に映らないような脇役だった。B級のアクション映画にはよく主役で出演していた。
当時でも知る人ぞ知るといったアクション俳優で、みんなが知っているとはお世辞にも言えないような人だったけど、それでも俺にとっては一流のアクションヒーローだった。
彼は俺の父親と仕事をすることが多く、そのため俺も彼とよく話す機会があった。その時に訊いたことがある。
「どうしたら、おじさんのようなアクションヒーローになれますか?」
彼が出演する映画はB級映画だと言われることが多かったけど、それは予算な都合上、爆発などの派手な演出や高度な視覚効果技術ができなかっただけの話である。つまりアクションシーン自体は大作映画に勝るとも劣らないクオリティを生み出していた。
彼のことを知るファンや映画評論家からもそのような評価を受けていた。実際にアクションスターとなった今の俺でも、当時の彼のアクションに勝てているかどうか分からないと思っている。
そんな彼が俺に言った言葉がこうだった。
「トレーニングは大事だが、それよりも大事なことは、怖かったり難しかったりすることでも勇気をもって挑戦してみることが大事だ。それができれば、俺のようなアクションもできるようになるかもしれないな」
俺が進君に言ったことは彼の受け売りだった。とはいえ英雄のあの言葉は俺の中では真理になっている。
身体を鍛えることはもちろん重要だ。激しいアクションに耐えられる肉体は必要だからだ。しかしそれと同じくらいアクションには勇気が必要になる。
安全対策はされているものの、それでも危険なことをしなければいけない場面は存在する。今ではスタント用のアンドロイドに任せればいいけど、それだと全てのアクションをアンドロイドに任せればいいというということになってします。
彼も当時からそのことを
「人々には勇気が必要なんだ。それを伝えるのが俺達なんだ」
当時の俺では彼の言葉をそのままの意味でしか捉えられなかったけど、今ならその裏に隠された意味も分かる。
アクション映画において人間自身が進化していかなければ、いずれアクションシーンがアンドロイドだけに任される時代が来てしまう。これは世界が巻き戻るかどうかは関係ない。確かに危険なアクションを容易に実行させられるアンドロイドに任せればいいのではないかという意見も多かった。
しかし感情のないアンドロイドでは勇気を伝えられない。合理的な主張ではないことは俺も分かっている。しかし、難しいことや怖いことに挑戦するということはどの時代でも必要になるはずだ。どれだけ技術が発展してもその心だけは失ってはいけない。彼はそう言いたかったのだろう。
俺は彼の心意気に感銘を受けて、どんなアクションでも挑戦するようになった。時には心配されるようなこともあったし、俺自身も不安や恐怖で動けなくなってしまいそうになったけど、それでも勇気を振り絞って挑戦していった。
今の俺があるのは彼の力がとても大きいと思っている。
だから俺も伝えていきたい。勇気を――。人間がこれから進化するのに必要なことを次の世代に引き継いでいきたい。
そんな大切なことを俺に教えてくれた彼は、俺がデビューする前に引退して、それから一年もしない内に亡くなった。引退する前から癌を患っており、かなり無理をしていたらしい。
彼の死は少しだけメディアに取り上げられたものの、特別番組などはなかったし、すぐに話題にならなくなった。決して人気が高かったわけではなかったので、仕方ないと言ってしまえばそれまでだけど、やはり俺は悲しく思う。
彼は最後にこんな言葉を残したと聞いている。
「俺の名前は残らなくていい。けど、俺のアクション映画に対する想いはずっと残ってほしい」
彼の想いを受け継いでいる人は少なくないはずだ。俺もその内の一人だ。その想いがずっと消えない限りは、彼も満足だろう。
しかし彼の名前は消えることになる。今の時代に彼の名前を聞くことはなくなったし、彼の出演作品も出回らなくなってきた。まだ彼の引退から十年も経っていない。それでも天国にいる彼は仕方ないと笑い飛ばすだろうけど、俺としてはなんだか複雑な気持ちだ。
どれだけ素晴らしい作品を残したとしても、次第に忘れ去られてしまう。俺が憧れていた彼でさえそういう運命に遭うのだ。俺だって他人事ではない。
今は人気もあり、波に乗っているから、俺も実感は湧かない。しかし、もし世界の【巻き戻り】がなくなったとして、何百年、何千年もこの先の未来があったとする。俺が死んで何十年かはもしかしたら俺のことをまだ覚えていてくれる人がいるかもしれない。
だったらそれより先はどうだろうか。俺が死んだ後に生まれた人が俺のことを知ってくれるだろうか。その頃には俺よりも凄いアクションスターが生まれて、俺のことなんて見向きもされなくなるだろうか。果たしてさらにその先は――。
明日は我が身だ。過去のアクションスターもどんなに偉大な功績を残したとしても、最終的には忘れられる。世界が巻き戻らない限りは、俺にもその時が必ず訪れるに違いない。
俺もアクション映画の進化を望んでおり、この先の世代の人が俺を超えてくれることをむしろ望んでいるのだけど、それでもやはり忘れられることは寂しい。
とはいえ寂しいだけだ。俺が死んだ後の話であり、言ってしまえば俺には関係のない話だ。その時代の人達が主役であり、その人達が俺達とは違う究極を目指してくれれば何も問題はない。
しかし寂しい以上の感情を抱く者も中にはいる。
「お前は自分の名前を残したいと思わないのかっ!」
完義が言いたいのはそういうことなのだろう。
どれだけ偉大な功績を残しても、究極のアクションスターに辿り着いたとしても、時間が流れて世間から忘れ去られてしまえば意味がない。完義はこう思っているはずだ。俺はそれを間違いだと否定できる自信はない。
そこへ【巻き戻り】という自分の名を永遠に残す千載一遇のチャンスが訪れたのだ。そのことが完義の心を揺れ動かしてしまったのだろう。
完義の気持ちは分かる。しかし俺は完義と戦う。
俺の英雄である彼に恥じないように、次の世代に勇気を託す道を選ぶ。
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