第四章(7)
俺と舞さんは新に連れられて
息子さんの名前は
娘さんの名前は
駒戸家に着き、玄関で歓迎を受ける。新の奥さんである
「お前さんも嬢ちゃんと結婚したらこうなるんだぞ」
舞さんがそういう相手になるかはともかく、【巻き戻り】を阻止したら、俺も結婚するのだろうか。未来を掴むことで世界が変わることに、期待と同時に不安も生まれる。新しい世界に上手く適応できるかという不安だ。
地上の世界にはいない人達とたくさん接するようになるのだ。
「末星お兄ちゃん」
俺がリビングのソファーで大人しく待っていると、進君が声を掛けてきた。
子供だ。これからは子供と接することが当たり前になっていく。しかし俺は子供に対して何を話していいのか分からない。舞さんに助けを求めたかったけど、彼女は霞さんの元へ料理の手伝いをしている。
そこで新がやって来た。
「おっ、ちょうどいいな。末星、進の相手をしてやってくれ。こいつ末星のファンなんだよ」
「俺のファンなのか? 子供なのに」
俺が出演している映画は全てアクション要素が多い。だから暴力的な内容になっていることも珍しくない。特に【アキト・スミス】なんかは、強力な銃で敵の頭を吹き飛ばすようなことも多く、他にも過激でショッキングなシーンが存在する。もし地上の世界にもまだ子供がいれば、視聴年齢が制限されるに違いない。
「まあ、ファンって言っても【アルティメットカンフ―ロード】くらいしか観てないけどな。あれなら八歳でも問題ないだろ」
「確かに……」
あの映画は格闘シーンばかりで、刀を使う敵がいたりするものの、流血シーンはほとんどないので子供も見やすいだろう。それでいてアクション映画としてのクオリティは他と
俺はできる限りの笑顔を作って、進君に言う。
「ありがとう。大きくなったら他の作品も観てくれ。バイオレンスなところもあるけど、すごくスタイリッシュなアクションを楽しめるから」
「分かったぁ」
進君が笑顔で答えてくれた。とりあえずは打ち解けてくれたようで安心した。
そこで新が進君に助言するように
「進、末星お兄ちゃんに訊きたいことがあるんだろ。今訊いてしまおうぜ」
これから進君からインタビューを受けるようだ。子供から質問されることは初めてなので意外と緊張している。何を訊かれるのだろうか予想がつかないからだ。プライベートなことは答えられないかもしれないけど、できる限りは進君の期待に応えたい。
「どうしたら末星お兄ちゃんのようなかっこいいアクションができますか?」
よかった。地上の世界でも訊かれたような内容だ。これならば簡単に答えられる。
いや、何か違う。これはもしかしたら【終末の世界】にいる大人が訊くのと、子供が訊くのとでは意味が違うのではないか。俺が出す答えは一緒だけど、その答えが相手に与える影響は前者と後者で全く異なるのではないか。
「トレーニングは大事だけど、それよりも大事なことは、怖かったり難しかったりすることでも勇気をもって挑戦してみることが大事だよ。それができれば、俺のようなアクションもできるようになるかもしれないね」
「分かった。ありがとう」
そうやって感謝の次に進君から語られた言葉は、【終末の世界】ではありえないようなことだった。
「僕、末星お兄ちゃんみたいなアクションスターになりたいんだ」
この瞬間、ずっと心に張り付いていた氷が一気に解けていくのを感じた。
そうか。これだったんだ――。
史上最高のアクションスターと言われ、究極のアクションにどれだけ近づいても、何かが足りないと思うわけだ。足りないものは【終末の世界】にはなかった。今、目の前にある未来にこそあるものだ。
「そうか。俺はずっと、こう言われたかったんだ」
俺はずっと、俺のようになりたい、と子供に言ってほしかったんだ――。
それが分かると、涙が出てきた。ずっと探していたもの、欲しかったものが手に入れられて、思わず心が満たされてしまった。
「末星お兄ちゃん。大丈夫?」
「大丈夫だよ。ありがとう。進君のお陰で元気が出たよ」
究極のアクションとか、アクション映画の進化とか言ってきたけど、結局俺は未来の世代に自分のアクションを継承してほしかっただけなのかもしれない。もっと極端に言えば、子供の憧れになりたかっただけだ。
それが俺自身の望みであり、究極よりも大事なことだ。
そこで舞さんと霞さんがリビングにやって来る。料理ができたようだ。
俺はすぐに涙を拭い、舞さんの元へと歩み寄る。そして彼女の両手を取って言う。
「舞さん。子供を作ろう」
たくさんの子供に憧れられるのもいいけど、やっぱり自分の子供に自分の後を継いでほしい。たとえそうならなかったとしても、未来の世代へのバトンは自分の子供に渡したい。そのためのパートナーとして考えられるのは、今まで一緒に仕事をしてきた舞さんだけだった。
俺の申し出に対して、舞さんは目を丸くしていた。
「え……。えっ……?」
そして霞さんが横から入ってくる。
「末星君。女性にいきなりそんなことを言うものじゃないでしょ。それに子供の前よ」
霞さんに叱られてしまった。さらに言うと、他人の家で言うことでもない。俺は舞さんから手を離し、周囲を窺ってみる。進君と未来ちゃんは呆然としていたし、新は「いいんでないの。いいんでないの」と言いながら高笑いしていた。
「ごめんなさい……」
まず駒戸一家に謝る。そして舞さんの方を向いた。
「舞さんもごめん。今まで一緒にいてくれた人だから、舞さんしかいないって思っていたけど、そもそもよく考えてみたら舞さんには他に相応しい人がいるよね」
俺と舞さんは仕事でのパートナーだ。人生のパートナーは別なのかもしれない。舞さんはそう考えているだろうと思ったけど、どうやら違うようだ。
「いえ、そういうわけじゃないです。ただ、あまりにも突然のことだったので、びっくりしてしまっただけです」
今度は舞さんが両手で俺の両手を包む。そして幸せそうな笑顔で答える。
「私でよければ、一緒にいさせてください」
周りからは拍手が巻き起こる。どうやらいつの間にか俺はプロポーズとやらをして、見事に成功したようだ。想像していたものとは違うけど、舞さんさえよければ俺だって幸せだ。
しかし本当の幸せを掴むためには越えなければいけない障害がある。
「それじゃあ、結婚や子供のことは【巻き戻り】がなくなったらゆっくり考えましょう」
霞さんの言葉に、俺はしっかりと頷いた。世界の【巻き戻り】を許してしまえば、結婚も子供もない。そこに未来がなければ子供がかわいそうになるだけだ。
「分かっています。そのために戦いますよ」
【終末の世界】で俺は自分自身が未来を望む理由を見つけた。俺は未来を、みんなから託された想いを、そして自分自身の夢を抱いて戦うことを決意した。
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