第四章(6)

 舞さんを追いかけてしばらく進むと、エントランスの端っこで見つけることができた。舞さんはベンチに座っていて、すぐそばで徹也が立っている。俺は即座に舞さんの元へ駆けつけた。


「末星さん……」


 舞さんは落ち着いた声で俺の名前を呼ぶ。目は赤くしているものの泣き止んではいるようで、とりあえずは怒りも静まっているみたいだ。


「じゃあ、俺はこれで」


 徹也が立ち去っていく。俺は「ありがとう」とだけ言って彼を見送った。そして舞さんと二人きりになる。

 まずはしっかりと頭を下げて謝ろう。


「舞さん。すまなかった。舞さんの気持ちを全く考えようとしないで、自分勝手なことばっかり言っていた」


 舞さんが苛立っていたのは、リウァインダー関連の事件に巻き込まれていたからとか、普段の生活から離れざるを得なくなってしまったからとかよりも、俺が原因であったのだろう。俺が危険をかえりみずにリウァインダーとの戦いに自ら足を突っ込んでいたことに、ずっと心を痛めていたに違いない。


「やっと、分かってくれましたね……。頭を上げてください」


 そう言われたので舞さんの顔を見てみる。なんとか頑張ってという感じだけど、舞さんは笑顔を浮かべていた。そしてゆったりとした声で言う。


「隣に、どうぞ。お話をしましょう」


 舞さんがベンチの空いているスペースに手を置く。俺は少し距離を取って彼女の横に腰を下ろした。


「仕方ないですよ。末星さんは、ヒーローですものね」


 俺は反応に困った。さっき俺が英雄気取りであったことを咎められたばかりだ。やはり舞さんはまだ怒っているのではないか。そう思っておそるおそる舞さんの機嫌をうかがってみる。そんな俺の心境を察したのか、舞さんはくすりと笑う。


「すみません。皮肉で言ったわけじゃないですよ」


 舞さんの表情は曇っているわけではない。とりあえずは大丈夫そうだ。


「末星さんは私では想像できないようなくらいたくさんの想いを背負っていますから。アクション映画でも、リウァインダーとの戦いでも――。自分のためというより、たくさんの人のために戦っているじゃないですか」


 途中までは舞さんは微笑みながら話していたけど、段々と悲しそうに項垂うなだれていく。


「すみません。やっぱり皮肉かな」


 そして舞さんは思い切ったように俺をしっかりと見る。その時には彼女から笑みが消えていた。


「末星さん。ご自分のことを自分勝手と言っていましたけど、むしろ自分のことを忘れているのではないですか?」


 頷きかけたけど、それは違うと思う。世界を救うために自らを犠牲にするようなつもりはない。そもそも舞さんはこれまでの俺の行動を知っているはずだ。


「いや、俺だって新達に助けてもらっただろ。別に自分のことを忘れてるわけじゃ……」


 俺がそう言い返すと、舞さんは眉をひそめる。


「じゃあもう戦いに行かなくて、ここで大人しくしていればいいじゃないですか」


 さっきのように怒っているわけではなさそうだけど、気軽に許してくれるような雰囲気でもない。俺が完義やリウァインダーとの決着をつけにいくことを希望して、舞さんがそれに反対しているということはまだ変わっていない。


「それに、末星さん。アクション映画でもそうじゃないですか」


 予想外の指摘だ。俺がアクション映画において、自分のことを忘れている。そんなことはないと思っている。俺はアクションが大好きだし、ずっと楽しく演技をしている。自分のためにしていないわけがない。


「もちろん末星さんのアクション映画に対する情熱は分かっているつもりです。ずっと近くで見てきましたから。でも、やっぱり末星さんから義務感が強く表れているようにも感じるんです。【終末の世代】として、究極のアクションをつくることの――」


 新に出会う前は、【終末の世代】の責務を果たすことを、新に出会った後は、未来におけるアクション映画の進化を考えていた。どちらも自分のためというよりは、自分以外のためにしていたと言えるだろう。

 さらに舞さんはこんなことを訊く。


「末星さんにとって、究極よりも大事なことがあるんじゃないですか?」


 俺は考えてみる。そんなことがあることなど夢にも思わなかったけど、心当たりがある。やっぱり何か物足りないんだ。


 新と出会い、【巻き戻り】を阻止して未来を掴むことができると知った時、未来への渇望が物足りなさの正体だと思っていた。しかし今でも物足りなさを感じる。やはり何かまだ大切なものが足りていないのだ。


 深く考え込んで難しい顔になってしまったのかもしれない。今度は舞さんが俺の顔色を窺っている。


「すみません。出過ぎたことを言ってしまったでしょうか?」

「いや、舞さんには勝てないなと思って……」


 本当に舞さんは素晴らしい人だ。俺に寄り添って、俺のことでいろいろ思慮を巡らせてくれていたのだろう。俺にとって舞さん以上のマネージャーはいない。


「舞さんの言う通りだよ。きっと今では……いや、今までもずっと、究極のアクションとかよりも大事なことがあるって自分でも感じていたんだと思う」


 そこまではいい。問題はこれからだ。


「でも、分からないんだ」


 何かが物足りないと感じているだけで、それが何か見当もついていない。果たして本当にそんなものが存在するのかどうかもはっきりとしない。

 それでも舞さんは優しい笑顔で言ってくれる。


「では、それを見つけに行きましょう」


 そうだ。俺はそれを探したい。究極とは別の、俺がアクション映画を作る意味を見つけたい。俳優人生がまだ短いとはいえ、その片鱗も見えないということは、それはきっと未来のない世界にはないだろう。

 俺が終末ではない、未来に繋がる世界で――。


「舞さん。そのために、俺も戦いたい」


 世界の未来のため、アクション映画の進化のため、俺に願いを託してくれた人達のため、舞さんのため、そして自分のために戦う。自分のために戦う理由も見つかった。


 これで反対されたら、大人しく基地で保護されるつもりでいた。しかし舞さんは、俺が危険なスタントに挑戦したいと言い出した時のように、困っているものの仕方ないといった微笑みを見せてくれた。


「分かりました。無事に帰って来てくださいね」

「ああ。必ず成功させるよ」


 舞さんの許しも得た。これで思う存分に戦える。

 そこで廊下の角で隠れている人達の方を向く。途中から気付いていた。四人くらいが俺と舞さんの会話を盗み見ていたようだ。その中には新もいる。


「新。そろそろ出てきたらどうだ」

「これで終わりだってよ。はい、解散解散」


 新がそう言うと、他の隊員達が立ち去っていった。新だけが俺達の方へ来る。


「嬢ちゃんを説得できたみたいだな。入団テストは合格だ。言っておくが、スーパースターだからって贔屓にはしないからな」

「望むところだ」


 未来を掴み、再びアクション映画を撮るためならどんなに厳しい訓練でも受けてやる。今更そんなところで怖気づくわけがない。

 俺の答えに、ようやく新も満足したようだ。


「じゃあ、今日は末星の入隊祝いでもするか。嬢ちゃんもよかったら来てくれよ」

「分かりました。よろしくお願いします」

「俺も構わないけど、入隊祝いということは、おいしい店に連れて行ってくれるのか?」


 新がいつにも増して得意そうな顔をするものだから、余程おいしい料理を知っているのかと思ったけど、どうやらそうではないらしい。


「確かにうまいものを食えるとこだけど、店じゃねぇよ」


 新が何を言いたいのか分からず、俺も舞さんも首を横に傾げていたけど、新の答えを聞いてすぐに感嘆の声を上げた。


 自分よりも下の世代がいない俺や舞さんのような【終末の世代】がすぐには想像できないだろうけど、地下の世界ではそう珍しいことでもないのだろう。俺達が今いるのは、今までと同じように見えて実際には全く違う世界なのだと実感する。


「俺の家だ。俺の家族を紹介する」

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