第四章(5)

 完義による宣戦布告を受け取った後、俺達はアジトに戻って作戦を立てることにした。


 伊武監督の情報によると、リウァインダーは多くの戦闘用アンドロイドを保有しており、政府に攻撃するとのことだ。前の世界では戦闘用アンドロイドの対策が分からずに敗北してしまったけど、この世界では専門家がいる。


 俺のことだ。


 アンドロイドとの戦闘にけている俺が、新が率いる政府の特殊部隊を指導することになった。実戦経験があるとはいえ、特殊部隊と比べたら俺なんてまだまだひよっこであるに違いない。それでも【巻き戻り】を阻止するためならできる限りのことはするつもりだ。


 また、リウァインダーの切り札が戦闘用アンドロイドだと分かったことで、新はアンドロイド工場をしらみつぶしに調査すると話していた。本来のアンドロイドには不必要な部品が出回っていないかなど、怪しい動きを探すとのことだ。


 アンドロイド工場の調査は新達に任せるとして、問題はその後のことだ。新達はリウァインダーのアンドロイド工場を突き止めたら、そこを制圧しに行く。その際に俺はどうするべきかを考える。

 俺は新や特殊部隊の人達と一緒に基地の一室で話し合っている。


「新。リウァインダーと戦うことになったら俺も連れて行ってほしい。アンドロイドが相手になった場合、俺の力も役に立つはずだ」


 俺が政府の味方をしていると分かっている以上、リウァインダー側も何らかの対策を講じるに違いない。こちらのアンドロイド対策もある程度は予測してくるだろう。だったらアンドロイドとの実戦経験がある俺が現地にいるべきだ。

 俺はそう言うけど、新はなぜか躊躇ためらっている。


「気持ちはありがたいが、お前さんは民間人だ。ここまでつき合わせて今更何を、って思うかもしれないが、やっぱり一線は超えさせたくない」


 新が言うことも分かる。戦場に行くのだ。殺されるかもしれない。もしかしたら俺が人を殺すことになるかもしれない。しかし本当に今更の話だ。俺は殺されるような目に遭ってきたし、文後ぶんご留成ひさなりを殺すことになってもおかしくなかった。

【巻き戻り】を阻止して未来に進むためなら、俺は命も惜しくないし、何でもする。その覚悟がある。


「なら、俺も新の特殊部隊に入れてくれ」


 俺がそう言った途端、扉が勢いよく開け放たれた。ノックもせずに舞さんが部屋に入って来たのだ。徹也が舞さんの後に続く。舞さんについてきたというよりは、舞さんを止めようとして失敗しているようだった。


「すまねぇ。末星。どうしてもって菊須さんが言うから」


 どうやら盗聴器か何かを使って、この部屋での会話を聞いていたようだ。

 舞さんは真っすぐに俺の方へ歩み寄る。憤りを一切隠すことなく、俺をずっと睨みつける。


「いい加減にしなさい!」


 それが舞さんの第一声だった。さらに大声でまくし立てる。


「新さんの言う通り、末星さんは民間人でしょう。もう十分じゅうぶんくらい、いえ必要以上に【巻き戻り】の阻止に貢献しています。だからもう、後のことは政府の皆さんに任せて、末星さんはここで大人しく待っていればいいじゃないですか」


 確かに、俺の役目は政府に戦闘用アンドロイドの対策を伝えることだ。前の世界の人間もそれだけを期待していただろう。仮に舞さんの言う通り、俺が戦闘に加わらなかったとしても、政府がリウァインダーに勝つ可能性はかなり高いはずだ。


 しかしこれは負けられない、負けてはいけない戦いだ。負けることはすなわち世界の終末を意味する。世界は未来に進むことができず、俺達は永遠に負けることを繰り返してしまう。そんなことがあってはならない。

 だから、これで十分だなんて考えてはいけないのだ。


「舞さん。分かってくれ。もし俺が行かないことで、みんなが負けてしまうようなことがあれば、俺はそんなことを許すことはできない」


 俺は全力を尽くしたい。俺に戦う力があるというのなら、それを使わないという選択肢はない。


「俺も戦って負けるのならともかく、俺が戦わないで負けたら、この戦いで死んでいった文後ぶんご留成ひさなり、俺に希望を託してくれた伊武監督、【巻き戻り】を願った前の世界の人達、協力してくれた新や徹也、ここのみんな、それから……」


 忘れたわけではない。舞さんとも未来について語り合ったことを――。


「舞さん。君の想いも無駄にすることになる」


 俺の未来に対する願いを笑顔で聞いてくれていた。舞さんも【巻き戻り】のない未来を望んでいるはずだ。だから舞さんのためにも戦いたい。


「私はいいです」


 舞さんは俯きながら呟く。それから思い切ったように顔を上げた。


「それで末星さんが死んでしまうくらいなら、リウァインダーに負けて、世界が巻き戻ってもいいって言ったんです」


 数秒間、舞さんの言ったことの意味が分からなかった。頭の中が真っ白になってしまった。そして我に返った時、まず芽生えた感情は憤りだった。俺はともかく、【巻き戻り】を阻止して未来へ進もうとしている人達に対して失礼な言い草だ。


「なんてこと言うんだ。みんなの前で……」

「私は……」


 舞さんが大粒の涙を流しているのを見て、俺はようやく自分の愚かさに気づく。未来を求めるあまり、大切なことを忘れていた。


「私は、ただ、末星さんと映画を撮りたいだけなのに……、どうして分かってくれないの……?」


 舞さんはそう言って、部屋から走り去ってしまった。徹也がすぐに彼女を追いかける。


 俺は迷う。俺も舞さんを追いかけるべきか、徹也に任せるべきか――。今の俺では何を言っても舞さんを傷つけてしまうかもしれない。そう考えると足が動かなくなってしまった。


「馬鹿野郎!」


 そこで新が怒鳴りつけてきた。その声で、床に張り付いていた俺の足が浮いたように感じる。


「世界の未来なんかより嬢ちゃんの方が遥かに大事だろ。お前も早く行ってこい。言っておくけどな。嬢ちゃんに許してもらわない限り、お前さんを俺の部隊に入れてやらないからな」


 新の言う通りだ。世界の未来なんていう大きなことばかりに気を囚われていて、身近にいる人の気持ちを考えようとしていなかった。舞さんが怒るのも当然だ。


 舞さんはずっと、俺に危険なことをさせたくないと言っていた。そのことを忘れていた。いや、耳を傾けようとしていなかった。未来のために戦うことしか頭になかった。俺はいつの間にか英雄を気取ってしまっていたようだ。ただの俳優のくせに、本物の英雄であるかのように錯覚していた。


 両手で思い切り自分の頬を叩く。頭が冷えて、気合は入った。もう大切なことを見逃したりはしない。


「すまない。舞さんと話して来るよ」

「おう。ちゃんと仲直りしろよ」


 俺は舞さんが去って行った方へ走る。その間に思い出していた。

 確かに世界の【巻き戻り】を阻止することが大事だ。未来がなければ世界の進化はない。その進化を願うことはなにも間違ってはない。俺が未来への希望というのなら、俺が戦わなければいけないことも正しい。


 しかし俺は世界の希望である前に、アクション俳優だ。


 舞さんはただ俺と一緒に映画を撮りたいと言った。そう言ってくれた。俺だってそうだ。早くアクション映画を撮りたい。究極のアクションを目指して、いろんなことにチャレンジしていた日に戻りたい。

 舞さんのお陰で初心にかえることができた。だからその気持ちを伝えたい。俺が進む究極のアクション映画への道のりに舞さんも一緒にいてほしい。


 俺は戦いに行くつもりで、大切な女性の涙を止めに行く。

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