第四章(4)

 伊武監督にお礼を言い、俺達はアジトに戻る。伊武監督にはしばらく政府の護衛がつくことになっている。とりあえず伊武監督のことは心配しなくてもよさそうだ。

 今はとにかく完義のことだ。


 伊武監督から渡された【前宇宙の遺産】のデータ。そこには木虎完義きとらさだよしがリウァインダーに所属していることが示されていた。彼がアンドロイドの戦闘に関するノウハウをリウァインダーに与えていたため、アンドロイドの軍隊を擁するリウァインダーが手をつけられなくなり、政府はリウァインダーに屈してしまったとのことだ。


 現在において完義がリウァインダーと繋がっているという証拠はないけど、新達は秘密裏に完義を確保することを決めた。


 しかし先に動いたのは完義の方だった。

 俺達が車で移動中に基地からのこんな通信が来た。


『木虎完義が中央区の警察署に出頭したとの連絡を受けました。彼はリウァインダーから逃げてきたと証言していて、璃音末星りおんまっせいと話したいと言っているとのことです』


 そこで急遽、近くにある支部から完義のいる警察署と連絡を取ることになった。ビデオ通話により、スクリーンに完義の顔が映し出される。


「末星。俺もリウァインダーに命を狙われた。一体何が起こっているんだ。お前は今どこにいるんだ?」

「完義。すまないけど、それは教えられない。とにかく俺は無事だ。それより自分のことだけを考えてくれ」


 分かっている。十中八九、完義はリウァインダーだ。リウァインダー側は、おそらくまだ俺達が完義を疑っていないと思っているのだろう。だからこれは俺を釣り出すための罠に違いない。

 それでも俺は、完義はリウァインダーとは何も関係がなくて、伊武監督の情報が何かの間違いであったという可能性を捨てたくなかった。一縷いちるの望みをかけて、俺は完義に訴えかける。


「完義。お前にリウァインダーの一味であるという容疑が掛かっている。まずはその疑いを晴らしてくれないか」


 すると完義の表情が一変した。今にも泣きだしそうな苦悶の表情を止め、人を馬鹿にするように嘲笑う。あまりにも急激な変化に俺は開いた口が塞がらなかった。


「なんだ。もうバレてるのか。情報の出所は城育じょういく博士か。それとも伊武監督の居場所でも突き止めたか」


 もはや完義に隠す気はないようだ。やはり完義とは本気で戦わなければいけない運命にあったということらしい。


「そうだ。俺はリウァインダーだ」


 その瞬間、完義の後ろにいた警察官が銃を構える。それでも完義は笑ったままだ。


「よしてくれよ。俺はただ、末星と話がしたいだけだ」


 そこで俺は気を取り直す。そして敵意を持って完義を問い詰める。


「完義。馬鹿なことは止めてくれ。考え直してくれるなら、俺達だってお前のことを丁重に受け入れる」


 俺がそう言うと、完義は何が可笑しかったのか、急に大声で笑いだした。ひとしきり笑った後、今までの大笑いが嘘だったかのように真顔になった。


「末星。お前こそ政府と一緒になって何をしているんだ。お前が俺達の味方をしてくれたら、簡単に世界を巻き戻せるんだぞ」


 そこまで言って、完義は一旦言葉を切る。それから態度が少し柔らかくなった。


「ああ、そうだな。肝心なことを忘れていた。お前には銃の暴発事故があるもんな。しかしそれも心配するな。この世界で【前宇宙の遺産】を残さなかったら、次の世界も今の世界と同じように進む。だからお前が死ぬことはない」


 確かに志半こころざしなかばで死んでしまうような人生を繰り返したくはない。完義はそれを心配したのだろう。しかし俺が【巻き戻り】を否定する理由はそうではない。


「違う。俺達は人類の進化のために未来へ進むべきだ。お前だってそう思うだろ」

「お前は自分の名前を残したいと思わないのかっ!」


 完義は机を拳で殴りながら怒鳴りつける。本気で世界の【巻き戻り】を望んでいるようだ。よく考えてみれば、そのような兆候はあった。

 事務所で完義と話した時、完義は世界の【巻き戻り】を受け入れているどころか、好ましく思っているとも捉えられるようなことを言っていた。閑嵐かんらん流の継承については深く考えておらず、自分の名前を残すことに拘っていた。


 それに、俺が【巻き戻り】を好意的に考えらえるように誘導していた節すらある。

 さらに完義は嘆願するように訴えかける。


「お前は究極のアクションを目指しているんじゃなかったのか……」


 完義の言う通りだ。俺は今でも究極のアクション映画を撮ることを生涯の目標としている。可能な限り高みに辿り着くために、日々研鑽けんさんしているところだ。

【巻き戻り】を受け入れようが、【巻き戻り】を阻止しようが、それは変わらない。


「そうだよ」


 しかしそれは俺だけの話だ。俺は俺自身にとっての究極のアクションを目指す。そこに未来が加わるのならば別の目標が増えるだけの話だ。


「だからこの先の未来でも、究極のアクション映画が作られてほしい」


 それが今の俺が考える究極のアクションだ。俺のように究極を目指してくれる人が次々とその想いを引き継ぎ、アクション映画が進化し続けてくれるのならば、たとえ俺の名前が残らなくてもいい。


「もう話し合う余地はないようだな」

「ああ、そうだ」


 これから先は戦って世界の行く末を決めるしかない。完義も闘争心を剥き出しにした顔を見せて宣言する。


「なら、演技じゃない戦いをしよう。末星」


 俺も決闘の申し出に応じようと思ったけど、それよりも考えるべきことに気づいた。

 画面上の完義に対してずっと違和感を覚えていた。表情の変化があまりにも急なのだ。完義は表情豊かな人ではあるけど、ここまで大袈裟に表情が変わるようなことはなかったように思える。まるで演技をしているみたいだ――。


 俺はスクリーンに向かって叫ぶ。その言葉は完義にではなく、そこにいる完義以外の人間に対するものだ。


「逃げろ! こいつはアンドロイドだ」


 厳密にはアンドロイドではなく、完義の動きに合わせて遠隔操作されたロボットだろうけど、そんな些細なことはどうでもいい。とにかく生身の人間ではないことを伝えたかった。単身で乗り込ませた機械なら、それは爆弾だと考えた方がいい。


 案の定、スクリーンは激しい音と光で満たされた。そして警察署との通信が終了した。完義の姿を偽装したアンドロイドが自爆したのだろう。


 新がすぐに通信機を取り出す。それから二言三言話した後、安堵したように肩を落とす。


「幸い、二人が軽傷を負っただけで済んだようだ。大きな爆発じゃなかったらしい」

「それはよかった……」


 あくまでたいした被害がなかったについて言っただけだ。今まで聞いたことについては最悪のシナリオだと言っても過言ではない。


「でも、完義が敵であることはこれで確定したな」


 俺は完義とも戦わなければいけなくなった。本音を言えば、親友とはこれ以上争いたくない。それでも親友が相手だからこそ、譲るわけにはいかないこともある。


「望むところだよ」


 完義とはアクション映画で共演したいと思っていた。俺が主役でも敵役でもどちらでもいい。映画の中で完義と戦いたかった。

 それなのに映画ではなく、本気の戦いを完義としなければいけないことになった。しかも試合とかではなく、殺し合いになるかもしれないような戦いだ。完義が望んでいたような展開になってしまった。


 俺はアクション俳優だ。戦う演技はしたいけど、実際に戦いたいというわけではない。しかし完義が戦うつもりなら俺だって覚悟を決める。これ以上、完義やリウァインダーに好き勝手なことをさせるわけにはいかない。


「演技じゃない戦いをしよう。完義」

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