第四章(3)
俺は
特にリウァインダーからの妨害などはなく、俺達は無事に目的地へたどり着く。伊武監督は情報通りそこにいた。
伊武監督とは【アルティメットカンフーロード】の上映以来の再会になる。あの映画を最後に、彼は映画監督を突然引退して隠居してしまった。当時はなぜか分からなかったけど、【前宇宙の遺産】と関わり、リウァインダーから逃れるためだったのだろう。
「お久しぶりです。伊武監督」
「末星君。よく来た。待っていたよ」
伊武監督が元気そうで安心した。還暦近い今でも、身体や動きに衰えが見られない。留成が居場所を知っていたので、リウァインダーに乱暴されているかもしれないと心配したけど、そういうことはなさそうだ。
伊武監督に案内されて、俺達は応接間に入る。俺と伊武監督はテーブルを挟んで向かい合うように座る。新は俺の後ろで立っていた。新の部下達は周囲を見張っている。
「君がここに来たということは、留成君のアンドロイドに勝ったということだね」
「はい。そうです」
「留成君は今どこに? 君達の元にいるのか?」
「残念ながら、リウァインダーに殺されました」
俺がそう答えると、伊武監督は片手で額を押さえながら俯く。その態度から、少なくとも留成と敵対していたとは思えない。
「そうか」
そう呟くと、伊武監督は頭を上げて話し始めた。
「留成君は三週間前にここに来たんだ。僕を殺しに来たのかと思ったが、そうじゃなかった。リウァインダーの仲間にも僕のことを知らせていないようだ。ただ、僕がしたことを知った上で、僕に頼み事があると言ってきたんだ」
留成がリウァインダーの意向とは関係なく、伊武監督に接触したということだろう。やはり彼は【巻き戻り】の是非について迷っていたようだ。
「末星君が死ぬとされている日、アンドロイドで末星君を襲うから、末星がそれを退けたら、君を僕のところに案内する。そうなったら君に全てを話してほしいと」
留成に言われた通り、俺は伊武監督に導かれるために、ここに来た。
「では、全てを話していただけますか?」
「分かった」
伊武監督が頷く。俺が未来視をすることになった経緯が語られる。
「あれは【アルティメットカンフーロード】の撮影を始める二年前のことだった。深夜に突然、政府の人間を名乗る男が僕の家を訪れたんだ。その男は瀕死の重傷を負っていた。リウァインダーから追われていたらしい。彼は【前宇宙の遺産】とやらを僕に託してから死んだよ」
伊武監督は政府の人間でも、リウァインダーの関係者でも、他のレジスタンスでもなく、最初はただ巻き込まれただけだったようだ。
「【前宇宙の遺産】については留成君から聞いているかね?」
「ええ、俺がガンアクションの撮影中に死ぬという未来の情報のことですよね」
「そうだ。政府の男は死ぬ間際に、この情報を他の誰にも悟られることなく璃音末星に知らせてほしいと言ったんだ。さらにサイレントデバイスをも超えるような、脳内へ情報を伝達するためのマイクロ波の技術も渡された。だから映画に乗じて、末星君に未来の情報を送る方法を考えたんだ」
そこで俺は疑問に思う。その頃から、俺と伊武監督は知り合い同士だ。
「俺に直接知らせるということは考えなかったんですか?」
「言ったら君は信じたかね」
「すみません。愚問でした」
未来で銃の暴発事故で死ぬと言われても、俺はそれを信じなかっただろう。伊武監督の頭がおかしくなったと思ったかもしれない。そして俺が伊武監督に言われたことを誰かに話せば、それが回り回ってリウァインダーの耳に入る危険もある。伊武監督としては
「そう。未来の情報を末星君以外には悟られるわけにはいかなかった。だから遠回りだが、未来視という形で君を含む不特定多数の人間に伝えることにしたんだ」
それが未来視症候群となって現れたということのようだ。俺が自分の未来視のことを黙ってさえいれば、自分の思惑を隠し通せると伊武監督が考えるのも分かる。しかし実際にはそうならなかった。
「末星君に未来を知らせたら、それを回避するように行動してくれると考えた。そこまではよかった。しかし誤算だったのは、リウァインダーにそのことを悟られたことだ」
もし未来の情報を俺だけが知っていたら、俺はもっと楽に未来の死を回避することができただろう。それでも俺が生きていることには変わりない。
そのことに感謝する前に、伊武監督には訊かなければいけないことがある。
「そもそも、どうして俺はリウァインダーに狙われているのですか? 伊武監督は何かご存じなんですよね」
「そうだ。そのことについても【前宇宙の遺産】に残されていた」
にわかには信じられなかったけど、どうやら本当に、【巻き戻り】の阻止における重大な立場に俺は立たされていたらしい。しかし今までの話を思い返しても、俺には政府に生かされ、リウァインダーに殺されるような心当たりはない。
「前の世界では、【巻き戻り】を阻止する計画を実行している際に、リウァインダーが率いるアンドロイドの軍団と戦闘になり、政府は敗北してしまったとのことだ」
戦闘用アンドロイドは開発されていたとのことだ。確かに骨が折れる相手だった。もし留成が俺を試すためではなく、本気で俺を殺すためにアンドロイドを調整したら、俺は負けていたに違いない。
対策があるとはいえ、アンドロイドが群れて襲いかかってくるとなると、考えるだけでも恐ろしい。
「留成君がいたのだ。戦闘に特化した、非常に強力なアンドロイドの軍団が造られたのだろう。人間の兵隊の戦略を簡単に予測し、戦術を容易く上回る動きをする最強の軍団だ。政府の軍隊も決して弱かったわけではないだろうが、アンドロイドとの戦闘に関するデータが少なすぎた。対策のする暇もなく負けたということだ」
なんとなく話が見えてきた。ただの俳優である俺が、【巻き戻り】の阻止という戦いの舞台に上がることには納得がいく。
「そこで白羽の矢が立ったのが末星君。君だ。映画撮影のためとはいえ、アンドロイドとの戦闘経験が豊富であり、さらに実際の戦闘に近い形で演技をしている君ならば、アンドロイドの戦闘の指南をしてくれると考えた。しかし前の世界では、君は銃の暴発事後で既に死亡している。だから、次の世界でその事故を回避させようとしたのだ」
確かに俺は、戦闘におけるアンドロイドの弱点や、戦闘能力を向上させる過程を知っている。前の世界でもそれは変わらないだろう。俺が生きていたならば、政府の役に立てたかもしれない。だから伊武監督の話は筋が通っているとは思う。
しかし一点だけ、腑に落ちないことがある。
「でもアンドロイドとの戦闘に詳しいのは俺だけじゃないはず……」
言っている途中で気づいた。アンドロイドとの戦闘に詳しい人間に俺は心当たりがある。アンドロイドとの戦闘シーンを頻繁に実践しているのは世界中を探しても俺以外には、彼くらいしかいないだろう。
彼は俺と同じくらい有名であり、アンドロイドとの戦闘に関する問題を解決したいのならば、彼を頼ってもいいはずだ。俺が死んでいるというのならば尚更だ。
それなのに彼の名前が挙がらない理由はいろいろ考えられるけど、俺はその中で未来を目指す人達にとって最悪なものを思いついてしまった。
伊武監督がその最悪な答えを口に出す。
「そうだ。
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