第四章(2)
俺と舞さんは基地の一室で、大人しく椅子に座っている。新達がここで【タイムバリスタ計画】の説明をしてくれるとのことだ。
新が連れてきた研究者の人がまずこんなことを訊く。
「太陽系の外縁にあるエネルギーの帯、ブレーンの内側ではエントロピーを失い、時間が巻き戻っているということはご存じですね?」
俺も舞さんも首を縦に振る。それくらいなら研究者でなくても知っている常識だ。
「タイムバリスタはブレーンの内側から爆発を起こし、膨大なエントロピーを与えることでブレーンを中和します。すでに実証実験で効果は認められていますが、ブレーンを完全に無力化できるかどうかはまだ分かりません」
新も五分五分だと言っていた。絶対にできると言い切れるようなことではないだろう。それでも研究者の人の瞳を見るに、そうでもないようだ。
「しかし私達はブレーンを無力化し、二千二百五十二年よりも先にある未来へ進むために動いています。実際に、それを実現できるような材料は揃っています。必ず成功させてみせます」
ここで舞さんが手を挙げて質問をする。
「みなさんの努力は
舞さんの疑問は分かる。そもそもエントロピーなんて単語はSFの物語でしか聞かない。俺達が科学に
研究者の人もそれは分かっているようで、あっさりと答える。
「確かに真っ当に時間が流れていれば、この時代はおろか四十年後でもタイムバリスタは完成しないでしょう。しかし我々はタイムバリスタの製造を後押しする奇跡の産物を手に入れたのです」
そう。この世界は真っ当に時間が流れていない。太陽系の外縁では別の宇宙が存在していて、そこでは違う方向に時間が流れている。
「それが【前宇宙の遺産】です」
【前宇宙の遺産】を政府が保管しているという噂は本当だったようだ。ブレーンの内側から回収されたという、巻き戻る前の世界の情報。そんなものがあれば、現在の科学水準を超えるような技術を生み出すことも可能だろう。
「【前宇宙の遺産】は前回の世界において【巻き戻り】を阻止できなかったものの、そのヒントになるようなものを次の世界に送る目的で作られたと考えられています。タイムバリスタの製造方法もその一つです」
今までの説明を聞く限りでは、【前宇宙の遺産】にもいろいろあるようだ。
「タイムバリスタについては以上です」
研究者の人の説明が終わると、代わりに新が前に出てきた。
「じゃあ次に、
正直、タイムバリスタについては俺が詳しく聞いてもどうしようもない。政府に任せるしかないだろう。しかしもう一つの【前宇宙の遺産】については話が別だ。俺が関わらなければいけないことに違いない。
「末星はもう分かっていると思うが、こっちの【前宇宙の遺産】は、末星が死ぬ日時、場所、状況に関する詳細な情報だ」
ブレーンの内側から回収された情報。俺が死ぬ未来なんかがどうしてそこにあったのかは一旦置いておこう。
「城育留成の言った通り、末星が主演していた映画【アルティメットカンフーロード】の映像内に、末星が死ぬ未来に関する情報を脳内に直接伝えるようなマイクロ波が出力されるようになっている。それが未来視症候群の正体だ」
【アルティメットカンフーロード】が本命だと留成が言っていたのはこのことだったようだ。しかしその説明では事実との
「では、【アキト・スミス】や【コントラディクション】は何だったのですか? あの二つも未来視症候群を引き起こしていたのでしょう。それに、新さんの話では、【アルティメットカンフーロード】の方が、影響が少なかったのではないですか?」
「ああ、そう言ったけど、本質は影響の大きさじゃなかったみたいだ。順を追って話す」
【アルティメットカンフーロード】にはリウァインダーは関わっていない。つまり、【アルティメットカンフーロード】と後の二作品では、未来視症候群を引き起こすという点では同じだろうけど、その目的は全く違うのではないだろうか。
「リウァインダーは【アルティメットカンフーロード】に未来に関するメッセージがあることを突き止めた。しかし、それがどんな内容かまでは分からなかった。それにあの映画では、未来視症候群になる人間は少なかったこともあって、解析することが困難だったようだ」
【アルティメットカンフーロード】が上映された後は、未来視症候群の報道が少しあったものの、あまり騒がれていなかった。やはり
「だからマイクロ波による本命の情報を引き出すために、同じような波長で、なおかつより影響が大きく出るように調整されたマイクロ波を映画に取り入れることにした。それが【アキト・スミス】と【コントラディクション】だ」
つまりあの二つの映画の方が実験だったということだ。【前宇宙の遺産】が示す未来を知ることがリウァインダーの目的だったようだ。
「これはまだ予想の
俺が死ぬ未来を回避させてくれたのはありがたいけど、やはりどうしてそんな必要があるのかという疑問が残る。ただの映画ファンだということでもないだろう。
「つまり、前の世界の人間は、末星が死ねば【巻き戻り】を避けられないと考えていたということになる」
「は?」
急に突拍子もない話になって、俺は思わず声を漏らしてしまった。リウァインダーと戦うようになってから思っていたことだけど、この際言ってしまおう。
「俺はただの俳優だぞ。未来視なんてなかったら【巻き戻り】をなんとかしようなんて考えもしなかったし、【巻き戻り】をどうにかする能力もない」
留成曰く、俺はこの世界の希望らしい。だからリウァインダーは俺の命を狙っていた。しかし俺にそれだけの価値があるとは思えない。そこで新がこう言い返す。
「それは城育留成の記憶媒体には記されていなかったな。でも、それを知っている人物を奴に教えてもらっただろう」
「伊武監督」
【アルティメットカンフーロード】の監督を務めた人だ。俺に未来の死を伝えるために、【前宇宙の遺産】に残された情報を映画に組み込んだと考えられる。前の世界の人間が俺を生かそうとした理由も、彼なら知っているかもしれない。
俺は確認するように言葉を出す。
「なんにせよ、伊武監督に会いに行かないといけないな」
「ちょっと待ってください!」
そこで舞さんが大声を出して立ち上がる。かなり怒っている様子で俺を睨みつけていた。無茶な撮影方法を試した時でも、舞さんのこんな表情を見たことがない。
「あなたは殺されそうになって、今でも命を狙われているのでしょう。それなのにまた危険なところに行こうとするのですか?」
「嬢ちゃん。落ち着いて」
俺より先に、新が舞さんを
「確かに危険はあるかもしれないが、戦いに行くわけじゃないんだ。ただ、監督に話を聞きに行くだけだ。もちろん俺達が命を懸けて末星を護衛する。末星を傷つけるようなことにはしない。約束する」
それで舞さんは落ち着いてくれたようだ。ゆっくりと椅子に座って、頭を下げる。
「そういうことなら……。取り乱して、すみませんでした」
舞さんの心が限界に近いのかもしれない。無理もない。自分がここまで大変なことに巻き込まれるなんて思ってもみなかったはずだ。しかし伊武監督から有力な情報を聞き出して、リウァインダーを壊滅に追い込めば、【巻き戻り】を巡る一連の問題は解決する。
「舞さん。もう少しの辛抱だから。もうすぐ、全てを終わらせるから」
「分かりました」
そう言いながらも、舞さんは俺と目を合わせてくれなかった。
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