第四章 終末の世界

第四章(1)

 連れて行かれた先は、地下の街だった。


 俺達が住むような街が、そのまま地下にある。天井は空を再現しているようで、見た目だけで言うのならば、外の世界と変わらないだろう。


 地下の街に入った時にようやく、舞さんと合流することができた。


「末星さん。よかった……。ご無事で……」


 舞さんは俺を見た途端に涙を流し始める。本当に心配してくれていたのだろう。俺が死ぬかもしれないという危機感で心がどうにかなってしまいそうだったに違いない。


「ごめん。舞さん。辛い思いをさせてしまって。それに、しばらくここにいてもらわないといけない。こんなことに巻き込んでしまって」

「いえ……」


 舞さんは涙をぬぐって、真っすぐに俺の顔を見据える。目は赤かったけど、気持ちはしっかりと保っているようだ。


「私は大丈夫です。それに、末星さんが悪いわけではありません。だから謝らないでください」


 そう言いながらも、舞さんの声は少し苛立ちがこもっているようだった。心労がたたっているはずだ。舞さんが安心して元の生活に戻れるようにするためにも、リウァインダーと早く決着をつけよう。


 新に案内されて、街を進んでいく。車で移動してもいいけど、街の風景を俺と舞さんにじっくり見てほしいとのことだ。歩き始めてから数分も経たない内に、新が見せたがっているものを察することになる。地上の世界とは明確に違う光景が目の前に広がった。


「新だ!」「本当だ。新がいる」


 現代の街中では絶対に聞くことはない、しかし十数年前までは当たり前のように街中に響いていた声が聞こえてくる。


 子供だ。アンドロイドではない、本物の人間の子供がそこにいた。


 五人の子供が新の元に駆け寄ってくる。新は溜息をつきながらも、頬を緩ませていた。


「新お兄さんだろ。任務中だ。また今度、施設に行くから楽しみにしとけよ」

「はーい」


 子供達は離れていこうとするが、一人の男の子が俺の方を向くと、驚いたように声を上げた。


「あっ! もしかしてお兄ちゃん。璃音末星?」


 地下の街でも俺のことを知っているのか――。そんなことを考えている間に、他の子供達も俺の存在に気づいた。そして子供達の興味が俺に移る。


「ほんとうだー。本物の末星だぁ」

「次の映画はいつ公開なのー?」

「どうして新と一緒にいるの?」

「えっ……。ちょっと……」


 子供達が次々と声を掛けてくるけど、俺はどうしていいのか分からなかった。この子達はおそらく七歳か八歳くらいだろう。そんな小さな子供を相手にしたのは、自分が子供であった時だけだ。

 そこで舞さんが間に入って来てこんなことを言う。


「ごめんなさいね。末星お兄さんは忙しいの。近いうちにイベント開きますから、その時に会いに来てくださいね」


 完璧な対応だった。おそらく子供のためにいつもよりさらに柔らかい笑顔、落ち着いた声で、舞さんは子供に言い聞かせる。すると子供達は「はーい」と言って、今度こそ立ち去っていった。


「舞さん。すごいね……」

「いえ。子供の頃、近所のお姉さんがこんな風に接してくれたかなと思いまして」


 そんな昔のことを思い出して実行することが素晴らしい。いや、俺が苦手意識を持っているだけかもしれない。案の定、新がこんなこと訊いてきた。


「末星は、子供が嫌いか?」


 回答に困る。自分より年下の人間を見るのが初めてだからというわけではない。


「いや……嫌いではないんだけど……」


 それは確かだ。うるさいとか面倒だとか感じているわけではない。むしろ、さっき子供に声を掛けられた時も悪い気分ではなかった。しかし何かがおかしいのだ。子供を見るたびに、俺は何かを忘れているような気持ちにさせられる。


「まあ、そのうち慣れるさ」

「そうだな」


 ここで暮らすことになる以上、子供と接する機会は増えるだろう。舞さんが言ったことを実現してもいい。おそらく俺の抱いている違和感を解消することができれば、子供のことが好きになれるかもしれない。

 俺達は再び歩き出す。その最中に新が話を始める。


「基地に入ってから説明しようとしてたけど、これくらいは今言っておくか」


 気になることは山程あるけど、とりあえずさっきの出来事は一番不思議に思っている。新もそれはちゃんと分かっているようで、やはり子供について説明するようだ。


「地上では子供を産むことは禁止されているが、ここではそんなことはない。むしろ子孫を残してもらうようにしている」


 こうして歩いている今も、何人もの子供を見かける。さらに俺が子供の頃には存在していたけど、今では廃止された施設もいくつか見つけた。


「だから子供がいる。産科の病院や、保育園、学校など子供のための機関も存在する。まあ要するに、子供を産むことを禁止する前の世界と同じってことだ」


 それは見れば分かる。しかし【巻き戻り】が起こる世界では倫理的に許されないから、地上の世界はこのようになっていないはずだ。


「子孫に短い人生を強いるのは駄目だという話ではなかったか?」

「【巻き戻り】が起きるならな」


 新が言っていたことを思い出す。政府が【巻き戻り】を阻止する対策を立てているということは、新達が実行していることであるらしい。


「俺達は【巻き戻り】を阻止するために動いている。あのブレーンを無力化する秘策もある。それが成功して、【巻き戻り】が起きなくなっても、世代に大きな空きがあったら困るだろ。だから地上とは別に街を作って、こっちでは子孫繁栄に努めているんだ。ここだけじゃなく、世界中で同じような取り組みは行われている」


 ということは、政府は【巻き戻り】が起こらないようにすることができると思っているようだ。理屈は分かる。しかし問題はあるだろう。


「そんなに絶対という確証があるのか?」

「さあ、俺は科学的なことは分からねぇからな。今後の研究によるが、良くて五分五分だろうな」

「五分五分って……。まあ、それはそうだろうけど……」


【巻き戻り】の阻止に成功したこと考慮して、子供を産まなければならないということは分かるけど、だからと言ってこの街の人達は納得するのだろうか。そんな考えが表情に出ていたようで、新は苦笑いを浮かべる。


「失敗したら世界は巻き戻って、子供達は短い人生を強いられるってことだろ。確かにそうだ。子供達には申し訳ないと思っている。しかし子供達に恨まれることも覚悟の上でこの計画を行っている」


 世界を救おうとしているのだ。リスクがあるのは当然だ。それに成功した後のことも考えなければいけない。未来を勝ち取っても、未来に生きる人間がいないのでなければ意味がない。


「全ては、未来に進むためだ」


 新の言葉に、俺は何も言い返すことができなかった。きっと新やこの街の人々は、俺が抱いているものよりも、さらに大きな信念を抱いて【巻き戻り】に対抗している。成り行きでここに来た俺とは違うはずだ。


 未来視症候群によって見せられた未来の死。それを回避した今、俺は何のために戦うのだろう。進化のため、死んだ文後ぶんご留成ひさなりのため、舞さんのため――。


 もちろんそれもあるけど、何か違うような気がする。ずっと心にもやが掛かっている。

 そんなことを考えている内に、目的地に到着したようだ。新が得意げに言う。


「ようこそ。俺達のアジトへ」


 高い金網のフェンスに囲まれた施設だ。敷地はかなり広いようで、開けた土地の先におごそかな建物が並んでいる。さらにその奥には、大きな建物をもしのぐ大きさの建造物がある。パラボラアンテナのような形をしており、アンテナは天井に向けられている。


「ここが【タイムバリスタ計画】の本拠地だ」

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