第三章(6)
乾いた音と同時に、
「留成!」
俺が叫ぶと同時に、扉が蹴破られた。そこから武装した兵士が何人もなだれ込んでくる。俺は身を隠そうとしたが、唯一ヘルメットを被っていない者の顔を見て叫ぶ。
「新! 留成が」
「分かってる。こっちに来い」
俺は身を低くしながら新の方へ向かう。その間に新は指示を出して、大きな盾をも撃った兵士を留成の方に向かわせていた。
反対側からも武装した兵士が数名侵入してくる。こちらはリウァインダーなのだろう。新側の兵士が銃撃で牽制して、そいつらの足を止める。その間に留成は俺達の元へと運ばれた。そのまま俺と留成は味方の兵士に連れられて、倉庫の外へと出された。
俺達は皆、倉庫から撤退して、近くに止めてあった箱型のトラックへと向かう。留成が箱に入れられて、俺と新も一緒にそこへ入る。それからすぐにトラックは発進した。
俺はすぐに留成に声を掛ける。
「留成。しっかりしろ」
自分の命が危機に晒されているこの時でも、留成は笑顔を作ろうとしている。
「末星……。君の勝ちだ……。君が世界を変えてくれるのなら……もう悔いはない」
「そんなことを言うな。必ず助かる」
そう言ったものの、留成の容態は絶望的だ。衛生兵らしき人が留成の傷口を押さえているけど、血が止まりそうにない。
「相変わらず君は嘘が下手だな……。自分の最期くらい分かっているさ。それよりも末星、大事な話だ。質問に答えてくれ」
留成は命尽きるまでに大事なことを伝えようとしている。俺に未来を繋ごうとしている。そんな彼を俺は止めることができずに、ただ首を縦に振る。
「君はいつ、未来視をするようになった?」
「何年も前だけど……」
俺の答えに対して、留成は咎めるように眉をひそめる。
「もっとちゃんと思い出してくれ。何年前か……。もっと言うなら、何の映画を観た後のことか――」
俺はよく考えてみる。確か【アキト・スミス】の撮影が始まるよりかは前の出来事のような気がする。あの映画はガンアクションが何回かあるので大丈夫かと心配になったものだ。
そこでようやく俺は留成の言いたいことに気づいた。
「【アルティメットカンフーロード】だ」
必然的にそうなる。【アルティメットカンフーロード】が作られ、俺が未来視をするようになってから、【アキト・スミス】と【コントラディクション】が作られた。しかしそれでは今までに知った事実と
「でも、【アルティメットカンフーロ―ド】には、
【アルティメットカンフーロード】はあくまで実験段階であると新は話していた。とはいえそれはあくまで新の推測だ。
「そうだよ。【アルティメットカンフーロード】にリウァインダーは関わっていない。君達は勘違いしているんだ。あの映画が本命なんだ」
【アルティメットカンフーロード】と聞いて、俺はある人物を真っ先に思い浮かべた。案の定、留成はその人物の名前を口にする。
「末星。
それから留成がポケットから記録媒体を取り出して、俺の手に持たせた。
「これには伊武監督の現在の居場所と、【前宇宙の遺産】の解析データがある」
留成が命を
「末星、君はこの世界の希望なんだ」
【巻き戻り】を阻止するための希望。そういう話なのだろうが、俺には得心がいかない。秘密機関のエージェントというならともかく、俺はただの俳優だ。世界を救うような力なんて持っていない。
「それはどういう……」
「伊武監督に聞け。彼なら君を導いてくれる」
伊武監督は俺の死を回避させようとしていた。そしてリウァインダーは俺を殺そうとしていた。そういうことなのだろう。まだ何かは分からないけど、前の宇宙において、俺は【巻き戻り】において重要な役割を担っていたのかもしれない。
そんなことより留成の命が消えかけている。彼は
「君を殺そうとした僕に、こんなことを言う資格はないと思うけど、君とアクション映画を撮るのは本当に楽しかったんだ」
「俺もだよ」
アンドロイドとの戦闘シーンについて、留成と一緒に考えたり、試したり、挑戦したりした日々は俺にとっても輝かしいものだった。人間とのアクションが激減した今でも全く退屈に思わなかったのは、留成がいてくれたからに違いない。
「もっと君と、映画を撮りたかったな……」
それが留成の最期の言葉になった。
留成の止血をしていた人が首を横に振る。
「クソっ! 留成は未来に進むことを認めてくれたのに……」
文後だけではく、俺は留成を救うことができなかった。リウァインダーというレジスタンスと手を結んでいたとか、俺達と敵対していたとかなんて関係ない。彼らは親友だ。共にアクション映画を作ってきた仲間だ。
改めて俺は決意する。リウァインダーを倒して、【巻き戻り】を阻止する。
留成の遺体を袋に入れたところで、新が声を掛けてきた。
「末星。これからしばらく、お前さんを保護する。撮影中の事故死を偽装することに失敗したんだ。これからは奴らもお前さんを本格的に狙ってくるだろう」
理由はまだ分からないが、リウァインダーが俺を殺したがっていることはもう間違いない。それが解決するまでは元の生活に戻れないこともいいだろう。しかしそんなことよりも大事なことがある。
「舞さん。舞さんは無事なのか」
「嬢ちゃんのことなら心配するな。既に保護してある。徹也も一緒だ。これから合流するところだ。嬢ちゃんもしばらく身を隠してもらう」
俺の身近な人が狙われるというのは当然の発想だ。舞さんまで巻き込んでしまったことは本当に申し訳ないと思っている。
いろいろなことがあり過ぎて気にも留めていなかったことを訊くことにする。
「この車はどこに向かっているんだ?」
「俺達のアジトだ」
そう言えば俺は初めてそこへ行くことになる。ミノー映像第三研究所に行く前も行った後も、近くにある小屋を使っただけだ。新達の本拠地となる場所については何も知らない。
「もう城育留成から聞いているんだろ。俺が政府の人間だって」
以前から不思議に思っていた。レジスタンスにしては高性能な装置を持っていたり、簡単に公的機関のふりをすることができるものだと――。それは新達がレジスタンスではなく、政府の機関だったからということだろう。
「アジトに着いたら、俺達、政府の計画をお前さんに説明する。すまなかったな。今まで騙していて」
留成はああ言っていたけど、新がレジスタンスだろうと政府の人間だろうとどうでもよかった。【巻き戻り】を阻止するという意志があるのならばそれでいい。今まで政府のことを隠していたのも、ちゃんとした理由があるからだろう。
「そんなことはいいんだ。これからも協力させてくれ」
俺がそう言うと、新は意外そうな反応を示す。
「いいのか? 未来を変えることはできたし、これからは俺達に任せてくれれば……」
「俺は、希望なんだろ?」
俺は政府の人間じゃないとか、俺自身が命を狙われているとか、そんなことはもう関係ない。ここで逃げたら、死んでいった文後と留成に顔向けできない。
「やってやるよ」
絶対に進んでやる。世界が、俺が辿り着けなかった、もっと先の未来へ――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます