第三章(5)
「落ち着きなよ。僕が銃を撃って当てられるわけがないじゃないか」
そして留成は銃を投げ捨てた。二丁とも、俺とアンドロイドのちょうど中間のあたりに落ちる。
「安心してくれ。両方とも十二発の弾を装填している本物の銃だよ。人間とアンドロイドの優劣を決めるのに、小細工なんてしないさ」
俺とアンドロイドが使う拳銃ということらしい。留成のことを疑っているわけではないけど、留成の投げ方に作為的なものは見られなかった。拳銃同士は一メートル程離れている。
「君の銃は、弾がもう残り少ないだろ。それを使ってくれ」
「この銃で君のアンドロイドを撃ち殺してもいいんだぞ」
俺がそう言うと、留成はつまらなそうにこう吐き捨てる。
「じゃあ、僕は逃げるだけだ。どうなっても君の仲間にはならない」
「分かったよ」
俺は横に銃を投げ捨てた。すると留成は満足そうに笑う。
「そうこなくっちゃ」
そして留成は物陰に隠れていった。逃げたわけではないだろう。それよりも俺はアンドロイドに注意を向ける。これからこれと殺し合いをしなければならない。
合図はなかったが、俺とアンドロイドは同時に駆けた。銃を拾うのもほぼ同時だ。
俺もアンドロイドもお互いを見ながら銃を拾った。アンドロイドは今にも銃を俺に向けようとしている。
銃声が鳴る。先に撃ったのは俺だ。俺は銃を拾ってすぐに、アンドロイドの脚に向けて銃を撃った。視線を向けていないけど、位置はだいたい分かる。命中させる自信はあった。
しかし外していた。俺の狙いが甘かったのではない。直前でアンドロイドの左手が銃に触れたからだ。
即座にアンドロイドが右手の銃を俺に向ける。射線が俺の頭に来る前に、俺は左手でアンドロイドの右腕を弾いた。銃弾が俺の横を通る。
それから互いに三発ずつ撃った。左肩の上、左腕のさらに左、左脇腹の斜め下に銃弾が過ぎる。間一髪のところでアンドロイドの銃口を逸らし続ける。
そして五発目を撃ったが、それも銃口を逸らされた後に、アンドロイドが銃を向けてきたので、俺はそれに触ろうとした。
その手が空を切る。その瞬間、俺は身をかがめた。
銃弾が頭上を通過するのが分かる。アンドロイドは銃口を逸らされることを察知して、腕を上に振り、俺の左手を回避していたのだ。さっきまでは全く気配を見せなかったような動きを急に実践してきた。
やはりそうだ。俺の予想は今、確信に変わった。
俺は稽古の時、学習によるアンドロイドの機能向上を見逃していたと思っていた。舞さんに見てもらっていた時もそうだ。三回目まではまるで気づかなかったのに、四回目でようやくアンドロイドの機能向上を実感した。
それもそのはずだ。アンドロイドはその瞬間に機能を向上させたのだから――。
アンドロイドは戦っている最中に、同時並行で学習しているのだ。入力した情報を基に、機能向上のために何かしらの演算をしているのだろう。そしてその演算が終わり、演算結果をアンドロイドの機能に反映させて初めて、アンドロイドの機能は向上する。
逆に言えば演算をさせ続ければ、アンドロイドの機能向上は起こらない。
俺は左手でアンドロイドの右腕を握ると、その右腕を
俺はアンドロイドの右腕を押さえたまま、右手の銃でアンドロイドの顔に向ける。アンドロイドは左腕で頭を守ろうとする。
それに対して、俺は銃を撃たずにアンドロイドの左腕の下に銃を回して、そこから顎に向けて銃を撃つ。直撃はしなかったが顎をかすめることはできた。
そうだ。アンドロイドは初めて見る攻撃に弱い。新しい攻撃を試み続けろ。そうすればアンドロイドの機能は向上しない。
さらに逆に言えば、俺の動きがワンパターンになってしまえば、アンドロイドが俺の動きを上回り、俺は死ぬことになる。
アンドロイドが俺に銃を向けようとしているところを、俺は手のひらではなく腕ごとアンドロイドの右腕にぶつけた。その間に俺は右手の銃をアンドロイドに向ける。
俺は胴体を狙って撃つ。アンドロイドが右腕を軸にして反時計回りに動き、銃弾が右脇腹を掠っただけに終わった。
そのまま俺も同じ方向に動く、回りながらお互いに二発ずつ撃つが当たらない。
俺は急停止して、一回転しながらアンドロイドの背後を取る。しかしアンドロイドも反応していて、再びお互い向かい合う形になった。
しかし俺の方が早い。俺は先にアンドロイドの右腕を左の拳で殴り、それから右手の銃をアンドロイドに向けようとする。
アンドロイドは左手で振り払う。しかしそこに俺の銃はない。俺は銃を持ったままジャブをするように拳を前後に短く振っただけだった。まだ見せたことのない動作なので引っかかってくれた。
そこで俺はアンドロイドの脚が隙だらけに見えた。残り三発。俺はアンドロイドの脚に銃を撃つ。
しかし当たらなかった。銃口が逸らされたわけでもない。アンドロイドが足をずらしていたからだ。俺の最初の攻撃を学習して、最小限の動きで回避したのだ。
同じ攻撃をすればアンドロイドに学習されてしまう。
そう。同じ攻撃をすればアンドロイドは学習してくれる。俺はそこに付け込んだ。
アンドロイドは少ない動きで俺の攻撃を回避して、即座にカウンターへ移るために俺に銃を向けたのだろう。しかし俺は脚への銃弾が外れることを前提に、既に次の攻撃へ移っていた。
姿勢を低くして、アンドロイドの右腕を背中で支えるような形になる。もちろんアンドロイドの銃口はずっと先の壁に向いている。
俺は銃をアンドロイドの顎に突き付けて、引き金を引いた。
「そうだよな。せっかく、お勉強したもんな」
頭部を破壊されて、アンドロイドは倒れた。俺は通信機の電源を点ける。
「新。アンドロイドに勝った。留成を拘束する」
『あのなぁ……。分かった。拘束したらそのまま指示を待て』
俺が探すまでもなく、留成は物陰から大人しく出てきた。
「留成。投降しろ。悪いようにはしない」
「言われなくてもそうするさ。僕の負けだ」
留成は両手を上げると、天を仰ぎ見ながらこんなことを呟いた。
「科学の進歩が、たいしたものじゃなくてよかった」
アンドロイドは人間に敗北した。人工知能が人間を超えるにはまだ早い。もしかしたら今後も人工知能が人間を超えられない分野があるかもしれない。留成はそういうことを言いたいのだろう。
しかし俺は言い返す。
「それは違うぞ。アンドロイドや人工知能だけが科学の産物じゃないだろ」
科学者ではない俺よりも、科学者である留成の方がよく分かっているはずだ。
「俺だってそうだ。君のアンドロイドのお陰で、俺はこうして強くなれた。新しく、より洗練されたアクションができるようになる。これこそが科学の進歩だろ」
何かを発明するだけの話ではない。その発明を基に人間を成長させることも科学の一つだと俺は思う。だから科学が劣っていたからではなく、優れていたからこそ、今ここに俺がいる。
俺の言葉に納得してくれたのか、留成の笑顔はいつものどこか意地悪そうなものではなく、とても晴れやかだ。
「そうだね。罰を受けて、政府の犬になるのも悪くない。君と一緒に科学の進化を目指せるのならね」
自然に言われたので聞き流しそうになったが、留成が奇妙なことを言い出したことに気づいた。俺は慌てて首を横に振る。
「いや、俺達は政府とは関係ないよ。一応レジスタンスだし」
俺がそう答えると、留成は不思議そうに首を傾げた。
「何を言っているんだい。今更そんな冗談を……。なるほど、君は知らされていないわけだね。詳しく教えよう。あとで君を上手く利用した奴を一発殴ってやればいい」
新はまだ何かを隠しているのだろうなとは思っていた。殴る前に話くらいは聞いてやろうかと思った矢先、その張本人から通信が入る。
『末星。伏せろ』
新の言葉に反応して俺はすぐに伏せる。すぐにそれを後悔することになる。新がそんなことを叫んだことに意味を一瞬で把握するべきだった。それに気づくのに一秒以上かかってしまった。
「留成!」
俺が呼び、留成が振り向く。
ダダダン。
その瞬間、留成の身体が銃弾に貫かれた。
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