第三章(4)

 俺は留成ひさなりに追いついた。そこは大きな倉庫で、留成がカードキーを使って入ったところを見るに、彼が管理している倉庫だと思われる。撮影所から結構離れてしまった。まんまと罠にまってしまったというわけだ。

 倉庫の開けたところで、俺は留成に銃を向ける。


「もう諦めろ。投降するなら悪いようにはしない。けど、これ以上抵抗するなら撃つ」


 この銃には実弾が入っている。それは留成も分かっているはずだ。俺も留成を殺すつもりはないけど、足を撃って怪我をさせるくらいの覚悟はある。

 留成は頭の後ろに両手を回す。そして話しかけてきた。


「末星。研究所から文書を盗み出したのは君だな?」

「ああ、そうだ」

「ということは文後を殺したのは……いや、彼のことだ。追い詰められて自死を選んだんだろう。最後に何か言っていたかい?」


 厳密に言えば文後は自死の前に銃殺されたのだけど敢えて俺は訂正しなかった。そんなことより文後の最後の言葉だ。あの言葉は印象に残っている。


「小説よ。また逢う日まで。と言っていた」


 そう答えると、留成はくすっと笑った。


「彼らしいね……」


 そしていつもアンドロイドについて雄弁に語る時のように、ささやかな微笑みを浮かべながら留成が話し始める。


「じゃあ、【前宇宙の遺産】が何かは、もう知っているわけだね」

「いや知らない。あの文書は半分が燃えたから全容を掴めなかった。けど、だいたいの検討はつく。あれには俺の未来が書いてあったんだろう」


 さっきのアンドロイドとの戦闘で分かった。【前宇宙の遺産】が俺に未来視症候群をもたらして、ガンアクションの撮影の時に俺が死ぬことを教えた。リウァインダーはそれを解析していた。だから文後は、俺に知られるわけにはいかないと言っていたのだ。


「そうだね。末星。君が未来視症候群を患っていることは分かっている。それは……」


 そう言いかけて、留成は言葉を切った。そして再び話し始める。


「いや、こんな話をしていると彼らが来てしまう。本題に入ろう」


 留成が言う彼らとは、俺の仲間というよりは、留成の仲間のことだろう。留成は明らかにリウァインダーから避けるように逃走していた。それなりの理由があって、俺と二人きりになりたかったのだろう。


「察しているだろうけど、僕も世界の【巻き戻り】を望んでいる。なぜだか分かるかい?」

「君も文後と同じだろ。アンドロイドの技術を永遠に残すためじゃないのか」


 アンドロイドの技術が小説のように消えるとは考えがたいけど、ずっと先の未来にそうなると考えればあり得なくはないはずだ。

 俺はそう考えたけど、留成は俺をあざけるように笑い声を上げる。


「僕はどちらかというと逆だよ。アンドロイドの技術を消したいんだ」


 意外な答えだった。留成は優秀なアンドロイド技術者だ。彼のアンドロイドとよく勝負している俺には、アンドロイド作りに対する彼の熱意が偽りだと思えない。


「技術的特異点。これは確かに何百年後に到達すると言われている。しかし裏を返せばたった何百年後で、人工知能が人間を超えてしまうんだ」


 何百年後。それは俺にとっては途方もないことだけど、未来を進めると決めた以上、目を背けるわけにはいかないことだ。何百年どころの話ではない。未来があるのならば、世界は何千年、何万年と進んでいく。


「そうなるとアンドロイド、人工知能が世界を征服するようになる。君が出た映画のようにアンドロイドが人間を虐殺することはなくても、人間が人工知能に服従する時代はいずれ訪れる。そうなれば世界はどうなるか。君にはわかるかい?」


 俺は職業柄、そういう出来事を題材にした物語を何作か知っている。機械が、アンドロイドが、人工知能が人類を超える。その先に待つ未来はどれも似通っていた。


「人類が滅びる……」


 俺の答えに対して、留成は首を横に振った。


「文明が滅びるんだよ」


 そう言う留成の顔に笑みはなかった。こんなに鬼気迫る留成を見たのは初めてかもしれない。彼は未来のことをそれだけ苦悩して、【巻き戻り】を推し進めるという選択をしたということだろう。


「アンドロイドだけのアクション映画が作られることを君は嘆いていたね。それどころじゃない。インフラ整備どころでもない。人間なんて必要のない、人工知能だけの世界ができてしまう。そうなれば、確かに技術は発展しているかもしれないけど、文明とは呼べないだろ」


 留成の言うことは、俺も痛いほど感じている。アンドロイドの技術が進化していき、俺のような人間が老いる前に不要となることがとてつもなく怖い。

 それでも俺は言う。その恐怖に負けないために、人間の可能性を主張し続ける。


「そんなもの、人間が進化を続ければ関係ない」


 留成の今までの話を何も聞いていなかったかのような非論理的な宣言だ。挑発のつもりで言ったのだが、留成は怒るどころかくすりと笑った。


「それでこそ君だ。そんな君を見込んでテストをしたい」


 留成は指を鳴らす。するとコンテナが開かれて、中から一体のアンドロイドが現れた。人間の形をしているけど、撮影の時のように人間の身なりをしているわけではなく、白い金属の姿を晒している。


「これはさっきのような撮影用の、粗末な人工知能とは違って、僕が戦闘のために調整した人工知能を搭載したアンドロイドだ。君のアクションは徹底的に学習させている。このアンドロイドに勝てるのなら、君の言う人間の進化を認めよう」


 撮影現場でのアンドロイドの戦闘は命懸けだったとはいえ、台本のある映画の撮影を起点にして行われた。だから俺はアンドロイドの配置や行動がある程度分かっていた。しかしこれから始まるのは台本がまったくない、アンドロイドとの本物の戦闘だ。

 俺は新に通信を入れる。


「新。まだアンドロイドが一体残っていた。戦闘になりそうだ」

『末星。あと十分じゅっぷんでそこに到着する。それまで踏ん張ってくれ』

「わかった。じゃあ一旦切るぞ」

『は……? ちょっとま――』


 新の返答を待たずに俺は通信機の電源を切る。きっと新は、戦わずに逃げろと俺に言いたかったのだろう。しかし逃げるだけでやり過ごせるような相手じゃない。通信機によるわずかな妨害も命取りになりそうだ。


 それに俺は試したい。現時点では、人間とアンドロイドのどちらが強いのか。人間の進化はまだ人工知能に追いつかれていないのか。

 勝負をすることを了解した。しかし俺にはまだ留成に言っておきたいことがある。


「留成。俺が勝ったら、君には仲間になってもらう」

「優しいね。死んでもらうのではないのかい」


 今は敵同士だけど、俺は留成のことを親友だと思っている。共に究極のアクション映画を目指した親友だ。そんな親友を殺したりはしない。

 それに俺は、今でも留成は同じ思いを抱いていると思っている。そうでなければこんな回りくどい方法で、俺を試すようなことをするはずがない。俺の希望的観測なだけかもしれないけど、きっと留成は決めかねているのだ。


 人類は戻るべきか――。それとも進むべきか――。


「いや、俺達に協力して、【巻き戻り】の阻止に協力してもらう。人間の俺がアンドロイドの進化を超えれば、君が【巻き戻り】に賛同する理由はなくなるのだろう」

「確かにその通りだね。いいだろう。君が勝てば、僕はリウァインダーを裏切って、君たちの仲間になることを約束しよう。知っていることは全て教えるよ」


 留成はさっき、【前宇宙の遺産】について何かを言いかけていた。その続きを聞かせてくれるということだろう。とはいえ今はどうでもいい。

 それよりも目の前のアンドロイドに集中する。


 人間とアンドロイドの命運を分けた戦いが始まる。

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