第三章(3)
俺が死ぬとされる日。
俺はなぜかその日を知っている。見たり聞いたりして知ったのではない。いつの間にか頭の中に情報として入って来たという感じだ。それでいて、その未来の出来事に関する日時、場所、状況を鮮明に思い浮かべることができる。
その時がついに来た。ガンアクションシーンの撮影だ。
敵の組織の構成員とビルの一室で銃撃戦を行うシーンである。敵の組織の構成員に
この撮影では、撮影現場となる部屋に俺とアンドロイドしかいない。あらかじめ部屋のいたるところに設置されたカメラが、指定された場所で戦う俺とアンドロイドを撮影する。監督やスタッフは部屋の外から撮影現場を見守っている。
そんなことを特殊な撮影方法を行う理由はいろいろあるけど、一番の理由はやはり、俺が本物の拳銃を使うからだろう。
実際の戦闘を再現したいということで、できるだけ本物に
俺にとってこれが初めての撮影方法ではない。危険ではあるけど、可能な限り安全に撮影できるように計画されている。ただ、アンドロイドが持つ銃に、本物の拳銃が混じってしまっていることを除けば――。
とはいえ、その実銃を持っているアンドロイドは未来視のお陰で分かっている。そいつが現れるまでは台本通りに演じればいいだけだ。
撮影が始まる。俺は台本通りに敵を銃で撃ち殺していく。問題のアンドロイドは六体目に相手するやつだ。五体目まではやはり何の問題もなかった。
そしてついに、俺を殺すアンドロイドと対面する。棚の陰から現れて、俺を銃で狙う。
俺が死ぬか生きるかその刹那、確かに俺は見た。
持っている銃が違った。あれは未来で視た銃ではない。本番前に確認したゴムで作られた銃の模造品だ。だからあのアンドロイドは本来の台本通りに動いている。
どうして未来が違う――。
未来視症候群で視た俺の死は、アンドロイドが実銃を誤って持っていたことによる事故だと考えられていたけど、
俺はそう考えていた。しかし違うのかもしれない。こうは考えられないだろうか。
未来視症候群で視た俺の死は、本当にアンドロイドの誤射によるものだった。それを何らかの方法で知った留成が、俺がその未来を知っていることを前提に考えて、その未来と外れる行動を取ったとしたら――。
だとしたら、誤って撮影現場に
俺は台本通りに、正面のアンドロイドの額を撃ち抜く。しかしここで撮影は中断だ。俺は生き残るための行動に移った。
俺は正面を向いたまま反対側に銃を撃った。台本でも次に銃を撃つ場所だ。そして銃で俺を狙うアンドロイドが配置される場所だ。俺を殺すつもりで実銃を持たせるとしたらそいつだろう。そいつは台本よりも早く俺の前に現れるはずだ。
だから俺も早めに撃ち、正面へと駆ける。そして倒れかけているアンドロイドを盾にした。
その直後、俺が盾にしているアンドロイドに銃弾が命中する。見なくても分かる。やはり本物の銃を持っているのは、茶色の長髪をしたアンドロイドだ。そいつを含めてあと四体のアンドロイドがいる。ここからは台本通りの配置はしていても、台本通りの行動をしてこないに違いない。
状況から考えると、敵の実銃は一丁だけだろう。複数あるのならば、未来視で俺を殺した方のアンドロイドにも持たせればいいはずだ。ならば俺にも勝ち目がある。アンドロイドの対策を知らないわけではない。
戦闘においてアンドロイドには二つの弱点がある。
一つは、危険でないものまで危険だと判断してしまうことだ。
二体のアンドロイドがこちらに接近している。どちらも何も持っていない。右側から一体のアンドロイドが迫っていたので、俺は正面のアンドロイドの額を打ち抜きながら、ポケットからあるものを投げた。
そして右側を確認する。案の定、そのアンドロイドは俺の投げたものを必死になって殴っていた。しかしそんなことに何の意味もない。ただ大きな隙を
俺が投げたものは、ただのハンカチだ。
アンドロイドはありとあらゆるものを完璧に分類することはできない。留成が造った人工知能といえども、特定の基準でしか安全か危険かを判断することはできないはずだ。おそらく物体の速度が関係しているのかもしれない。
だからたとえそれがハンカチでも、ある程度の速度で向かってきたらアンドロイドは迎撃してしまう。要するに、デコイに引っ掛かりやすいのだ。
俺はアンドロイドの腕を引っ張って、強引にその身体を引き寄せる。そのアンドロイドの足を引っかけて転ばせた。そしてそいつの足を踏みつけて、右腕を思いっきり引っ張る。盾にするためだ。
銃を持ったアンドロイドが姿をさらす。撃ってきたけど、俺はアンドロイドでそれを防いだ。すかさず俺は撃ち返し、実銃を持ったアンドロイドを仕留める。その後に、引っ張っている方のアンドロイドを銃弾で壊した。
アンドロイドは残り一体。
アンドロイドのもう一つの弱点は、奇抜な攻撃に反応できないことだ。
俺はマガジンを取り出す。しかしリロードするためではない。
俺の動きに釣られて正面から突撃してきたアンドロイドに対して、俺はマガジンを突き立てる。アンドロイドの視覚レンズを貫いた。それから最後の一発でそのアンドロイドの頭部を打ち抜き、視覚レンズに刺さったマガジンを取り出して、今度こそリロードした。
アンドロイドは攻撃をいくつか分類化していて、相手の攻撃が何に該当するかを判断する。反対に言えば、それらの分類に属さない攻撃をすれば、アンドロイドは全く対応することができず、ただ攻撃を受けるのみとなる。
マガジンで攻撃をするというデータがアンドロイドには登録されていなかったのだろう。こういう奇抜な行動がアンドロイドには通りやすい。案外、酔拳なんかをしてみたら、楽にアンドロイドを倒せるかもしれない。
銃を構えつつ周囲を見回したが、やはりアンドロイドは向かって来ない。念のため、俺は徹也に通信を繋げて確認する。
「徹也。アンドロイドは隠れているか?」
『いや、いないぜ』
アンドロイドは全て倒したようだ。俺は「舞さんを頼む」と言い残して通信を切る。
ここで、安全だと判断したのか、監督やスタッフ達が撮影所に次々と入って来た。まず監督が俺に声を掛ける。
「末星。怪我は……」
「動くなっ!」
俺は銃を監督達に向けながら怒鳴った。監督だろうが目上の人だろうが今は関係ない。この中にも俺を殺そうとしている者がいるかもしれないのだ。
監督が両手を上げながら俺に訴えかける。
「末星。落ち着いてくれ。こんなこと俺も……」
「留成はどこだ?」
俺は監督の言葉に構わずに訊いた。アンドロイドに俺を殺させようとしたのは留成に違いない。まずは彼を探すべきだ。撮影する直前までアンドロイドの調整をしていた。まだ近くにはいるはずだ。
周囲を探していると北側の出入り口に留成の姿を認めた。
「留成!」
留成が外へ出て行く。俺は留成を追いかけながらも、通信機の電源を入れて新に連絡しようとした。しかし通信機からは多くの銃声が流れてくる。その銃声の上から覆い
『末星。すまねぇ。リウァインダーと交戦している。
「じゃあ、撮影所の北側にいるのか?」
『いや、南側だ』
留成は自分の仲間がいる場所とは正反対のところに行こうとしている。銃撃戦の最中であることを知っていたとしても、遠ざかっていくのは不自然だ。
それでも留成を追わないわけにはいかない。俺は撮影所を出ると、すぐに留成を見つけた。向かいの建物のドアを半開きにしたまま立っている。
「留成!」
俺が叫ぶと、留成は建物の中に入った。ついて来いということだろう。絶対に罠がある。それでも留成を逃がすわけにはいかない。
留成と決着をつけるため、俺は迷わずに彼の後を追った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます