第三章(2)

 俺は一人でアンドロイドとのアクションシーンを研究している。留成ひさなりは見学していたけど、スタッフに呼ばれて出て行ってしまった。しばらくアンドロイドを貸すということなので、その厚意に甘えている。


 アンドロイドと稽古を続けていく内に違和感が生じた。それを考えるために稽古を中断すると、部屋の隅に立っている人影に気づく。


「素晴らしいですね。撮影本番も問題なさそうです」


 舞さんが拍手をしてくれている。映画撮影では恥ずかしさなんて微塵みじんもないけど、こうして練習風景をじっくり眺められるとなぜか照れくさく感じてしまう。


「舞さん。見ていたのか」

「末星さんがまだ稽古をしていると聞きましたので……。もしかしてお邪魔でしたか?」


 舞さんに上目遣いでそう訊かれると、なんだか悪いことをしているような気分になる。


「そんなことないよ。いつから見ていたんだい?」

「五分前くらいからですね」


 銃による近接戦闘を始めたころだ。舞さんが見ていたのなら丁度良い。


「舞さん。今の練習を見て、何か感じたことはないかい。どんな小さなことでもいいから言ってほしい」

「そう言われましても、私はアクションに関してはまったくの素人です。それどころか運動も苦手ですし……。私では何の参考にならないと思いますよ」


 舞さんを困らせていることは分かっている。けど俺も無駄と思って訊いているわけではない。むしろ舞さんが一番の適役とさえ思っている。


「そんなことはないよ。舞さんは俺のアクションをよく見てくれているし、俺が調子悪そうなことにはすぐ気づいてくれるじゃないか」


 舞さんはとても目が良い。おそらく俺の動きの細かい変化を見分けることができるのだろう。その目を見込んで舞さんには頼みたいことがある。


「とにかく見ていてくれ。別に、何も分からなくてもいいから」


 俺は敢えて詳しいことを言わなかった。まずは先入観を持ったまま見てほしくなかったからだ。これでもし効果がなければ、今度は趣旨を伝えよう。


「分かりました。出来る限り頑張ってみます」


 舞さんがそう言ってくれたので、俺は再びアンドロイドと向かい合う。今から稽古するのは、俺がハンドガンを持って、盾を持った敵と至近距離で対峙するというシーンだ。

 本番通りのシナリオ通りで動く。だから最終的に俺が勝つように動くわけだけど、その過程における動作にどんどん磨きをかけるつもりだ。それにしたがって、敵役のアンドロイドが俺の動作を学習していき、台本の範疇はんちゅうは出ないものの、より洗練された動きを身につけていくだろう。


 だから、俺はその過程を知りたい。


 まず俺は真正面から銃を向ける。すると敵は盾を構えるので、俺は銃を構えたまま前進する。

 次に敵が盾を横に振るので、俺はスライディングでその下をくぐり抜ける。すぐに起き上がり銃を向けるけど、敵は既に盾を構えている。とはいえ距離は離れていないので、俺は左手で盾を掴み、右手の銃で敵の頭を狙う。


 この過程を五回繰り返したところで、俺は稽古を中断した。


「どうだった?」

「そうですね。末星さんは調子がとても良いみたいですし、段々と動きにキレが増してきたように思います。力強いこともそうですが、それよりも無駄が少なくなってきましたね。最初は手探りだからなのか、動きが曲がっているように見えましたが、それがどんどん直線的になっていました」


 確かにアンドロイドとの戦闘を重ねていくうちに、攻撃が通る道みたいなものが見えてきたような気がする。アンドロイドの動きに慣れ――学習していったのだろう。

 とはいえ驚くべきはそこではない。舞さんだ。


「舞さん。もしかして今までそんなことを考えながら見ていたの?」

「駄目でしたか? やっぱり私では……」

「違う違う。むしろ凄すぎるよ。アクションディレクターも頼みたいくらいだ」

「もう末星さんったら……。私、過労で倒れてしまいますよ」


 舞さんは俺の期待を遥かに超える分析をしてくれた。さて、本題に入ろう。俺の動きが段々と良くなっていったと舞さんは言っていた。


「舞さん。アンドロイドの動きはどうだった?」


 俺の実感では、アンドロイドの動きも良くなっていった。三回目までは気付かなかったけど、四回目は明らかに違った。俺が背後に回った時に、盾を構えるのが早くなっていた。これが演技でなかったら、その盾で攻撃できるのではないかと思ったくらいだ。


 とはいえ戦っている間、違和感を覚えていて、結局それを拭い去ることができなかった。その違和感の正体を突き止めるべく、外から舞さんに見てほしかったのだ。

 この問いに関しては、舞さんは困ったような表情を浮かべていた。


「すみません。おそらくそういうことだろうと思って、アンドロイドの動きもよく見ていたつもりだったのですが、いつの間にか末星さんの動きについていっているという感じで、その……」

「いいよ。言ってみて」

「アンドロイドの動きの特徴は、見逃していました……」


 舞さんは申し訳なさそうに項垂うなだれる。何も答えを得ていないと舞さんは思っているだろうけど、俺にはそうは思えなかった。

 むしろ舞さんは一つの答えに辿り着いているのではないだろうか。おそらく舞さんは、俺がアンドロイドと戦っていて覚えたものと同じ違和感を覚えた。そして舞さんの一言が、その違和感の解決に繋がったかもしれない。


「ありがとう。やっぱり舞さんは天才だよ」

「いえ、そんな……。私に気を遣わなくてもいいですよ」

「そうじゃない。多分舞さんのお陰で正解に辿り着いた」


 舞さんの言葉が俺の役者人生を救うと言っても過言ではないかもしれない。文字通り、俺は命を狙われているからだ。


 未来視症候群が示した俺の死は、アンドロイドとのガンアクションシーンの撮影現場だ。事故に見せかけて俺を殺すことがやりやすいような状況が整っている。俺が敵側の人間ならばこの機会を逃さないだろう。

 その際、アンドロイドも本番用に学習機能をオフにするのではなく、オンにして俺を殺させようとするだろう。そのためにアンドロイドの特徴をできるだけ掴んでおきたかった。


 そこで舞さんは心配そうに問いかける。


「やっぱり、次の撮影の時なのですよね……。末星さんが視た日は……」


 俺は舞さんの質問に答える前に周りを確認した。留成はまだ戻ってきてない。それでも盗聴器などがあるかもしれない。


「舞さん。今から休憩するから、そこで話そう」

「えっ……。あっ、はい」


 俺と舞さんは一階上にある休憩室に来た。周りには誰もいない。ここなら大丈夫だろう。


「さっきの質問だけど、そうだよ」


 俺は安心させようと、できるだけ平静を装いながら答えたが、舞さんはそれでも世界が終わったような表情を変えなかった。


「本当に、このまま撮影にのぞむのですか?」

「そうだね。敵のしっぽを掴まないと」


 留成のアンドロイドが襲って来ることは間違いないだろうが、その他にもリウァインダーが来るかもしれない。新達は俺の護衛をすると同時に、そいつらを取り押さえるつもりのようだ。


「舞さん。明日の撮影中はずっと徹也と一緒にいてくれ。何かあったら、あいつの言うことを聞くんだ」


 徹也が新の仲間であることは既に伝えている。しかし舞さんが気になったのは別の言葉であるようだ。


「何かあったらって、そんな末星さんが……」

「ごめん。言い方が悪かった」


 舞さんが困惑するのも無理はない。今の言い方だと俺の死が決まっているみたいだ。しかし俺は未来視症候群によって俺が死ぬ未来を視ただけで、その未来が決まっているわけではない。


「そうじゃなくて、どういう形になるかまでは分からないけど、戦いになるとは思うから、そうなったらって意味」


 舞さんは気が休まらないだろうけど、それでも出来るだけ安心してもらえるように、俺は笑顔を作って宣言する。


「俺は勝つよ」


 未来に進むために、俺はアンドロイドに――未来に勝つ。

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