第三章 終末の文明
第三章(1)
ミノー映像第三研究所の爆発事件は
文後は行方不明ということになっている。あの部屋からは死体は発見されていない。強烈な爆発だったので、死体の損壊はかなり激しいだろうが、全てが
結局、俺は普段通りに生活するようになった。警察が撮影現場に来たが、俺が怪しまれることもなかった。
ということで、
俺は銃を持ち、アンドロイドに照準を合わせる。もちろん本物の銃ではなく、銃の形をしたレーザーポインターだ。レーザーがアンドロイドの胸を照らす。
そしたら別のアンドロイドが右側から殴りかかって来た。殴りに来る役のアンドロイドは、柔らかい素材の拳が装着されている。本番の撮影でもそうだ。もし回避を失敗したとしても俳優が怪我をしないように作られている。
弧を描くように振るわれた拳を、俺は首の動きだけで避けた。それから銃をそいつの額に向ける。レーザーを当てたところで稽古を中断した。
「君の動きは、男の僕でも惚れ惚れするねぇ」
近くで見学していた白衣の男が、ゆったりと大袈裟に拍手をする。
「これで本番も大丈夫そうだね。もう調整はいいんじゃないかな」
留成はそう言うが、俺は首を横に振った。
「いや、駄目だ。アンドロイドの攻撃が甘すぎる。六番の掌打をもっと直線的にしてくれ。いくら下っ端の役だからって、あれではただの間抜けだ」
映画はあくまで筋書き通りの物語なので、俺が演じる人物が勝つことは決まっているのだけど、それでも最初からそう決まっていることを観客に
「厳しいね。けど、そうしたら避けられないかもしれないよ」
「いいよ。どうせ痛くないだろ。避けられないなら、避けられるようになるまで俺が練習するだけだ。どうしても無理だったらその時に調整すればいい」
俺達の目的は究極のアクション映画を作ることだ。なら、アクションシーンのクオリティを極限まで高くする義務がある。妥協なんて許されない。
「まったく、君はアンドロイドと戦争でもするつもりなのかな。心配しなくても、【巻き戻り】が起きるまでは技術的特異点なんて来ないよ」
「ああ、人工知能が人間を超えるっていうやつだったか」
技術的特異点。英語だとシンギュラリティと言う。アンドロイドが賢くなって人間に反逆する物語の映画に出演したことがあるから、その言葉はよく覚えている。
「間違ってはいないが、その説明だと全然足りないね。もっと詳しく言うと、人工知能が自分自身よりも賢い人工知能をつくり、無限に知能の高い存在が出現することだ」
言われてみればそうかもしれない。あの映画でもアンドロイドがアンドロイドを作る工場を経営していた。とはいえ、【巻き戻り】が起きるとされる二千二百五十二年まではそんな事態に陥らないだろう。
今のアンドロイドでもありとあらゆる動作を人間のように行うことはできない。無数に存在する情報から関係ある知識だけを取り出すということは非常に困難だからだ。人間と同じようになんでも知覚して、同じようにどんなことでも行動に移すようなアンドロイドができるのは、まだ何百年も先だと言われている。
「けど、アンドロイドが戦闘で人間に勝つのは、そう遠くない未来だろ」
確かに現代のアンドロイドは万能ではない。しかし特定の動作ならば学習することができる。アクション映画に使われるアンドロイドは、アクションの演技を徹底的にインプットしたものだ。
「そうだね。おそらく今の政府は、アンドロイドとの戦闘に関してはかなり
世界の【巻き戻り】が予測されてから、国家間の戦争なんて一度も起きていない。もし戦争があるとすれば戦闘用のアンドロイドが使われると言われているが、その機会がない。だからアンドロイドの戦闘を対策しようがない。
「でも、アンドロイド側だって同じだよ。戦闘する機会がないんだから、戦闘を学習することはできない」
留成と出会った当初から耳にタコができる程聞いてきたことだ。
人工知能の本質は学習だ。
人工知能は情報を入力していき、その情報を基に学習していき、機能を向上させていく。だからその学習のためのデータが必要になる。
「まあ、僕のアンドロイド達は、いつも君と戦っているから、戦闘に関する学習はしているね。もしかしたら実戦でもいくらか戦えるかもしれないよ」
あくまで映画撮影用のアンドロイドだけど、ただの演技を学習しているだけとは言い
俺はこんなことを訊いてみた。留成がリウァインダーでなくても、一度訊いてみたかったことだ。
「君がアンドロイドを引き連れて政府と戦争するとしたら、勝てると思うか?」
そこでずっとへらへら笑っていた留成の態度が変わる。相変わらず笑っているのだけど、動きが止まり、ずっと俺の瞳を見据えている。眼は全然笑っていなかった。
「なんだい。僕がそんなマッドサイエンティストだとでも言うのかい?」
「たとえばの話だよ」
留成は少し鼻で笑ってから答える。
「アンドロイドは人間との戦闘を知っている。政府はアンドロイドの戦闘を知らない。アンドロイド側が有利だと思うね」
理屈で言えばそうだ。知っているということは戦闘においては大幅なアドバンテージとなる。映画の中でそんな話をしてきたが、これは現実でも変わらないだろう。
とはいえ留成はこう付け加えた。
「でもアンドロイドの戦闘に詳しい人がいれば話が変わるだろうね。まあ、そんな人間、世界中探しても君か、君の友達の
人間とアンドロイドで戦闘シーンを撮影している国は、実はかなり少ない。海外ではアクション専門の俳優が多く、人間とアクションを補助する技術で高水準の戦闘シーンを成立させているところもある。それか、全てのアクションシーンをアンドロイドの任せているかのどちらかだ。人間とアンドロイドの共演が主流になっているのは日本くらいなものだろう。
だからこそ、俺はアンドロイドとの戦闘シーンをさらに突き詰めたい。
「留成。少しの間、アンドロイドの機能向上を有効にしてくれないか」
今のアンドロイドは学習をしても、その学習結果を機能に反映させないように制限されている。その制限を解除すればアンドロイドは学習を元に動きを向上させる。
「もう撮影まで残り少ない。今更シーンの変更をするなんて監督に怒られるよ」
「変更するまではいかないつもりだ。ただ、アンドロイドがどういう風に戦闘を学習しているのかを知りたい。もしかしたらアクションをもっと磨かせるヒントになるかも」
嘘ではないけど、別の目的もある。次の撮影で、アンドロイドが俺のことを殺しに来るかもしれないのだ。そのための対策を考えたい。留成もそれは分かっているだろうけど、止めることはないだろうと俺は確信している。
案の定、留成は満面の笑みでこう答えた。
「いいよ。撮影用のバックアップは取っている。人間対アンドロイドの勝負を楽しんでくれ」
これはいずれそうなると言う宣戦布告だろう。俺を殺そうとしているはずなのに、留成はただ楽しく遊んでいるだけだと言わんばかりに無邪気な笑みを
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